第57話 文明開化を始めようⅠ

「生活水準のレベルを引き上げまぁーす!」


 いきなりの宣言だった。


 場所は森の中にある集落、その広場。時間にして、あと少しで深夜に入るかという時間帯。


 しかしながら、広場では多くの者が動きを持っていた。


 サキトたちによる、一種の宴だ。


 魔人と亜人、その他含め、お互いの交流を図る事や、そもそもの腹ごしらえという事で、魔人たちが狩りで入手した肉類を中心に、皆で食事をしているという塩梅だ。


 亜人側、肉親を亡くした者が多く、そのような雰囲気ではないというのが本音ではあったが、魔人側が用意した食事を見ると素直に食事を取っていた。騒動からここまで、何も食べてはいないだろうから当たり前と言えば当たり前だ。


 また小さな子どもたちは既に限界に近く、少しの食事の後、寝てしまったので、広間から少し離れた一画、魔人が自分用にと建てた小屋を借り、そこに寝かせている。



●●●



「――また突拍子も無い事言い出したようだが、言ってみろ」


「俺の買ってきた酒飲みながら偉そうに言うなよ」


 いつの間にか用意されていた壇上から、俺はジョルトと共に酒を飲んでいるジンタロウに半目を向けた。


 他、見てみれば、俺とゼルシアがフランケンで仕入れてきた嗜好品などを物珍しそうに眺めたりしていた魔人たちも、俺が宣言したことにより、姿勢を正してこちらを見ていた。


「今日までフランケンを見たりしてきたけど、やっぱり今のままじゃ俺ら、ちょっと足りないのよな。衣食住、どれにおいてもさ」


 まずは衣類だ。元々、魔人たちは魔物の文化における衣類などを身につけていた。だが、人間ほど細かなものでは無いし、外見的な状態を言えば、けっこうきわどい。特に女子。


 亜人の少年少女が居る今、ちょっとよろしくない。また、先程ジンタロウからフラウを始めとして、そういった方面の教育をどうにかしろと言われたので、とりあえずは衣服から始めようという流れだ。


「第一印象ってけっこう大事なんだよな。身なりが整ってるだけで余計な手間が省ける事もあるし。まあ、逆もまたあるんだけど。この辺り、魔人のみんなはちょい疎いか?」


 魔物で服を着ているというのはあまり聞かない。人型であれば着ているのもいるだろうが、それは『ファッション』というよりも『装備』という色が強いはずだ。


「……魔王軍でも上級クラスはやはり装備を含め身なりなどは整っていました。防具という面で見ても、必要以上に肌を晒すのはよろしくないというのは魔物側でも同じですね」


 言ってきたのはガルグードだ。


「ああ、ガルグードは魔王軍にいたんだっけ?」


「いえ、私というよりは、既に亡き両親が魔王の一体である『人狼王 ガルズベリア』の軍にて、それなりの地位に居たようで、幼少期にそのような話を」


「そうだったか」


 ガルグードの両親は魔物の中でも上位クラスであり、魔王軍幹部でもあったらしい。だが、ミリアという魔物にとっての異形が生まれた事で、彼らはそれを追われる事になったらしい。


(否、聞く限りは両親もミリアを守るために自らその地位を捨て、しかし、何らかの状況で亡くなった、という感じか。そしてガルグードがその後を継いでいると)


 その辺りは詳しく言ってはきていないし、また、俺から問う事も無いだろう。ガルグードが必要と判断したら自分から話すと思うからだ。


「必要以上に羞恥を覚えるのもどうかとは思うんだけど、現状、亜人組の若い男子諸君は魔人女子組について目のやり場に困っている節もあるので、やっぱり改善は必要だよな」


 言うと、亜人男子たちが下を見たので、素直でよろしい。


「逆もまた言えるようではありますが……」


 そう言葉を作ったのは、俺の斜め後ろ、フランケンで入手した調味料などを用いて先程まで料理を作っていたゼルシアだ。彼女は魔人や亜人など数人に教えながらの調理をしていたが、そちらの方は終わったようで、自前のエプロンなど外して立っていた。


「現状、サキト様と私、そしてジンタロウ様は問題無いとして。亜人の皆様も先の騒動で衣服などに乱れはあります。そういった面を考慮してもやはり必要そうですね、衣類の新調は」


「しかし、言うだけなら簡単だが、実際に物はどうするつもりなんだ。お前がスキルで作るのか?」


 ジンタロウの言葉を、俺は首を横に振ることで否定する。


「これ、衣服だけの話に留まらないけど、俺が全部を《工房にてクラフター》で作るのは可能ではあるよ。でも、それだと仮に俺が居ない状況だと生産性ガタ落ちになるだろ」


 要は魔人や亜人たちでもそれらを可能にしなければならない。将来、俺たちがこの世界に留まり続ける保障は無い。無論、眷属化した手前、こちらの都合だけで切り捨てるつもりなど無いが、状況によってはそう簡単には言っていられない事があるかもしれないのだ。


「とは言え、素材やデザインの問題はある。素材はまず供給をどうするかだけど」


「その辺り、俺はさっぱりだがそう簡単に見つかるものか?」


「実はそれっぽいものは目星つけてるのが森の北側にあるんだ。俺も基本は《工房にてクラフター》で自分の物は作っちゃうから、みんなが自作するのに適した物かは精査しないとだけど」


 当然の話ではあるが、スキルと手製では、どうしても差が出てくる。これはどちらが優劣とかいう話ではなく、必要な素材や工程という意味でだ。


「俺の《工房にてクラフター》は生産系スキルの頂点というか『完成』してるからいいけど、みんなはそうじゃないからな。やっぱり何処かでスキル以外の作業は入ってくるだろうし」


 この場合のみんなというのは生産系に所属している魔人たちの事である。


 現状、魔人たちに所属は戦闘、生産、土木建築という三つの分類に分けているが、大まかな比率としては2:1:1という具合だ。

 

 人数が多い戦闘系はガルグードのように、元の魔物に近いがゆえにスキルを発現していない者も多い。


 しかし、生産系は所属全員が何かしらのスキルを発現しているため、今はスキルと手作業を併用してもらっている。


(ここの手を加えるとすれば……)


「あの、よろしいでしょうか?」


「――ああ、ちょうどそっちのみんなに声をかけようかと思っていたところだ、リイナ」


 リイナだ。


 亜人、エルフの末裔であるアルドスの少女であり、子どもたちの中で真っ先にこちらに合流を望んだ子である。


「私と……他の子もそうなんですが、母たちの手伝いで裁縫をやっていたので、素材とかもどこに自生してあるとか聞いていて……。スキル――というものは持っていませんが、お手伝いはできると思うんです」


 言葉に頷くと、ジョルトが手をあげるのを視界に捉えた。


「補足だ、青年……っと、私より年上であったか」


「否、そのままでいいよ。こっちも呼び捨てちゃうからお相子って事で」


「すまない。話を戻すが、確かにリイナの話は事実だ。実際、女性陣は作製した衣服などをモンドリオに買い取ってもらうため、出来うる限りの質の向上などをしていたゆえ、彼女たちの下で手伝いをしていた子たちならば、迷惑をかけることはないと思う」


「なるほど……。確かに生産系と建築系は人数が足りなかったし、こっちから声かけようかと思ってたんだ、職業体験みたいな感じで」


 どうしても薄かったその辺りに人員が入れば、生産効率は上がるし総数が増えても問題はない。


 と、一応の落ちを見つけたところで声をあげる者がいた。


「はいはーい、サキト様。生産系と建築系はわかりましたけど、戦闘系は入る子いないんですか?」


 問いを投げてきたのは、先程まで肉を食いまくっていたアサカだ。彼女もまた戦闘系所属なので、その部分は気になるのだろう。


「あー、もし合流したら自衛程度の武術は覚えてもらうけど、本格的に戦闘系所属は今のところ考えてない。

 もちろん希望があれば、適正あるか見て判断はするけど」


 言うが、今のところはあまり組み込むつもりは無い。入れるとしても後方支援がいいところだろう。


「まあ、亜人組の所属とかはジョルトとも相談して決めるから、とりあえずは交流と体験だよなー」


「そうしてもらえるとこちらとしても助かる、青年」


 ジョルトが一礼してくる。


 いいって、と言いながら、俺は次の話に移る事にした。

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