第56話 魔人と亜人

「おい、サキト」


 唐突な提案をした俺に、ジンタロウが声をかけてきた。


「意味を解って言ってるんだろうな? というか、以前この手の提案に対して一番渋っていたのはお前だぞ」


 魔物たちの時だ。あの時、俺は己の置かれた状況から、魔物たちを配下とするのを随分迷った記憶がある。


「いやあ、魔物たちもそれなりになったし、いざとなれば、俺が身体張ればいいだけだなーと考えたら別にいいかと」


 これはもはや極論ではあるが、今回の件で魔物たちに力がついてきている事もわかった。ある程度の相手なら任せられるだろうし、それが無理な相手ならジンタロウを含めた上位の人員を、数で押されても俺やミドガルズオルムが出れば簡単な話なのだ。


「それにエルフって俺見たこと無かったし。ポーションの副作用の件もあるから、ちょっと気になるしなあ」


 ジョルトたちの正体について、俺が気付かず、ジンタロウが気付いた理由もそこにあった。俺は今までの人生において、エルフと出会った事が無かったのだ。


 この辺、異世界転生したとしても必ずじゃない案件なのは意外だよなー、と思う。


「お前まさかそちらが本音じゃなかろうな」


 言われ、考えてみる。


「十本音の内の二本音ぐらいだからおまけみたいなもんだって!」


 ジンタロウとジョルトたちが怪訝な目で見てきたけど何故だろうか。



●●●



「実際、選択肢の一つとして捉えてもらえればいいよ。すぐに結論を出せとも言わないし」


 俺はジョルトと後ろに座っている大勢の子どもたちに向けて言った。


 一番現状に困惑し、判断に迷う存在は子どもたちだ。それに対し、急かすつもりは無い。


「ここに残るって言うなら、俺の管理下に入るしそれなりの仕事はしてもらう事になると思うけど、安全面とか衣食住は保障する。

 ――ただ、普通の生活ではなくなるからな?」


 まず、これだけは説明しておく。


 子どもたちを人間社会に適合させたいとかそのような思いがあるならば、あまり好ましい提案ではないだろう。なにしろ、魔物との共同生活となるのだ。数多ある異世界の中にはそういうのもあるかもしれないが、それを鑑みても珍しいというかあまり無い事例だ。


「基本的に扱いは魔物だろうが人間だろうが、みんな同等。まあ、役職というか、責任者として俺やゼル、ジンタロウと後で紹介するミドっていう竜が居るけど、ここに居たいならそれは了承してもらう」


 これは大前提だ。俺としては、魔物だろうが人間だろうが、そこに優劣の差など無いとしている。


 と、ジンタロウが補足を入れる。


「それと、先程俺たちのここまでの流れの説明でも言ったが、基本的に味方となる組織なんてものは無い。存在自体はバレてはいないだろうが、事実として帝国の特殊部隊を壊滅させてる。一つの大国を敵に回す可能性が高いわけだ。

 さらに、その上をいくのが、女神オーディアの存在だ。勇者と魔王を作り出せるあの存在に対して、この馬鹿は『休みをもらいたい』という事で傷害事件を起こし、敵対関係になっている」


「否、だって何回勇者と魔王させるんだって話だろ。ゼルと濃い生活するかーと思ったらもう一回世界統一しろを三回以上とかうっかりサクッとやりたくなるよ」


「……このように、トップが神を敵に回してる異常なやつだ。相対しても討てる自信はあるらしいが、そういう事があるのも覚えておいてくれ」


「……神と敵対していると、改めて聞いても腑に落ちんな……」


「それはまあ、わかる。俺もあの女神からはよく思われていないだろうからどうこうは言えないが」


「そうだそうだー」


 茶々をいれるとジンタロウがため息を作った。


「こいつも最初に言ったが、あくまで選択肢の一つとして考えてくれ。今回は状況が状況だ。子どもたちだって落ち着いて考えたいだろう」


 結局、これに尽きる。どちらにしろ、最終的には自分で結論を出さねばならないが、


「腹も減っただろうし、とりあえず飯にでも――」


「――あの、私……」


 そこで、俺の言葉を切るものがいた。


「……リイナ?」


 ふと、子どもたちの中で立ち上がった者がいる。


(最後に助けた子か)


 見れば、長い金髪を持つ少女だ。年齢としては十代後半。その容姿は、エルフと言えば確かにその通りだ、と思える。


 これステレオタイプだよなー、と思う先、リイナが言葉を続けた。


「ここに……ここに居たいです。居させて下さい!」


「お、おい! 姉さん!?」


 弟いるのかー、と声の方を見れば、確かにリイナに似た少年がいる。なんだあれ、お姉さん系に可愛がられそうな男子だ。いわゆるショタか? ああん?


 何か余計な雑念が生まれたが、今はそちらよりもリイナだ。


「……それは、ちゃんと考えての言葉か?」


 問う。俺からこの提案しておいてなんだが、


「魔物と一緒に生活だ。例えば、ここの連中、見た目は『人間寄り』も多いけど、それでもまだ『異形』の範疇と言えばそうだぞ?」


「そんなの、関係ないです」


 断言が来て、おや、と俺は感心した。


「確かに狼の男の人や、鳥の人とか、今まで見た事は無くて、緊張します……」


 言葉に子どもたちが頷く。


「でも、姿に関係なんて無かった。少なくとも、私が経験した限り、人間の方が怖かったんです」


 ここに至るまでの間、アルドスの子どもたちがどのような光景を見てきたか。そして、直近。人間の盗賊を見て、何を思ったか。それが今、リイナの言葉に表れていた。


「姿かたちが関係無いんだったら、私は私を助けてくれた方たちと一緒にいたい、です。必要なお仕事はします。だから、ここに居させてください!」


 リイナの言葉が終わり、沈黙だ。


 誰も彼もが、彼女がこのように言うと、このような考えを持っていると思っていなかったという風だ。普段、あまり自分を出さない性格なのだろう。


 それゆえに、という訳ではないが、


「――うん。いいよ。ちゃんとした考えもあるし、魔物たちあいつらにも受け入れられると思う。むしろ、同年代の女子が増えてフラウたちは喜ぶんじゃないかな」


 言った。


 すると、少しして、リイナがへなりと地面に座り込んでしまった。やはりかなりの勇気を出しての発言だったのだろう。


 しかし、こうなると出てくるのは、


「――あ! ね、姉ちゃんがそう言うなら俺も――」


「あー、ストップストップ。誰かに引きずられて決意すると、後で後悔するぞ? それが兄弟関係でもだ。自分の人生なんだから、自分で決めとけって。さっきから言ってるけど急げとは言って無いんだから。まずはリイナ含めて体験コース入って、いけそうなら俺らのところに来いよ、本当の意味でさ」


 人間、先行者がいると追随したくなるものだが、それは止める。


 ともあれ、亜人たるアルドス組の今後はほぼ決まった。


 そこで、一つ変更しておきたい事が俺にはある。


「『亜人』が仲間になるとして。魔物たちもただ『魔物』じゃ、今後、外部のそれと区別つきにくいよな」


 新たな呼称が必要だと、俺は思っていた。


「――『魔人』。俺が自称し始めたこれ、今後うちの魔物たちもそういう方向でいこうと思う。まあ、本たちにはまだ言ってないし、サラマンダーたちの完全な魔物やミドが最初に眷属にして斥候にしてる森の魔獣はそういう訳にはいかないけど」


 つまりは、


「魔人と亜人。他、魔天使やら魔竜やら元勇者とかも居てバラエティ豊かだけどさ」


「トップのお前が一番おかしいだろ」


 言われるが、はっ、と笑って返す。


 そして、最後に言う事があるとすれば。


「とりあえず、楽しくいこうか」



●●●



「――で、本当にどういうつもりだ?」


 ジョルトたちから離れ、先程まで戦闘系の魔人たちがいた場所。既に各々が己の役割を果たすために解散して、誰もいなくなったそこで、ジンタロウが俺に問うてきた。


「ん?」


「亜人――純粋ではないにしろ、エルフであるジョルトのおっさんたちを取り込んだ理由だ」


「言ったじゃん。エルフについての好奇心とポーションの副作用が気になるって」


「それは二割とお前が言っただろう。じゃあ残りの八割は何なんだ」


 二割程度しかないのではれば、それはあくまで付随するものであり、主体は別にあると。そのようにジンタロウは考えたのだろう。


「あー、まあそうだな。純粋に人助けでもあるよ。四割ぐらいは」


 エルフとポーションの副作用の件が二割、純粋な人助けの気持ちが四割。


 では、残りの四割は何か。


「――俺の目的はゼルとの安穏とした生活。これは変わらない。だけどさ」


 だけど。


「オーディアと相対して、ちょっと俺自身ナーバスになってたんだろうなあ、って最近思うんだよ」


「……」


 自分でも気付かぬ内に精神的な不調が出る、というのはよくある話だ。


「別に隠れて生きる――隠居生活も悪くは無いさ。だけど、こちとら養う『子どもたち』も出来た、それもそれなりの人数な。あ、いずれゼルとの子どもも欲しいけどな? 今はばたばたしてるから俺の方でちょっと弄くって出来ないようにしてるけど」


「要点だけ言え」


「なんだよせっかちだな。

 まあ、言いたい事は、俺やゼルたち、子どもたちが狭い世界に押し込まれて外界にびくびくしながら生きるなんて、俺らしくないって思ったんだよ。力には力で対応できるけど、そうじゃない部分もあるだろ。そのために『アルドス』という言葉を都合が良い」






 忘れてはならない。


 魔人サキトが持つ属性として、側面として。


 勇者というものがあり、そして、魔王というものがあることも。


 今のサキトにとって、人助けという行為は無償ではない。から行うのだと。





「――残り四割。ジョルト含め、元アルドス組の存在、というより、持っている肩書きを利用させてもらう。これ、俺たちにプラスに働くようにな」

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