第55話 アルドス

 俺は、ジンタロウの言った意味が解らなかった。否、言葉の意味自体は理解できる。だが、


「人間じゃないって……どう見ても人間じゃねーか?」


 俺の反論に、ジンタロウが目を細めた。


「……やはり、わからんか。お前ほどなら気付くと思っていたが」


「すっごい腹立つ。――説明、してくれるんだろうな」


 一応、勇者と魔王を歴任した身である。その俺から見て、ジョルトたちはただの人間にしか見えない。瞬間的に魔法検知をかけてもみたが、多少のブレはあれど、人間と変わらない、とそう思う。


 だから、言葉を待つと、それが来た。


「――エルフって知ってるか?」



●●●



「……ああ、知ってる」


 自分の言葉に、サキトが頷くのを見た。


 彼は右の人差し指を立て、


「あれだろ。長い耳してて、魔法使うのに長けてて、ジャンルの一つ」


 待て、最後のは何だ一体。


 気になるが、サキトの言動にいちいちツッコミを入れていたらキリが無いので話を進める。


「勇者をやっていた頃に仲間の一人がエルフだった。なんとも特徴的な魔力の感じだったから割と覚えがあるんだが、それをジョルトのおっさん含めアルドスの人間から微かに感じるんだよ」


「……へえ」


 サキトがジョルトたちに鋭い視線を向けた。子どもが怖がるからやめろと言ったら怒るだろうか。


「無論、サキトが言うように俺の知っているエルフにも外見的特徴があったが、あんたたちはそれが無い。的外れの事を言っているなら申し訳無かった。

 だが、こちらとしても、『何』を助けたのか、知っておきたいのが本音だ」


 これは暗に、何かあるなら話せという促しだ。


 腕を組んで見た先、ジョルトが少し間を空けてから言葉を作った。


「……まさか、異世界の者がエルフについて知っているとは。驚いたぞ」


「それじゃあ、正解って訳か」


 確認に、ジョルトが頭を縦に振った。


「ああ、確かに私たちはエルフの末裔、つまりは一応『亜人』という分類だ。とは言っても、既にその血は薄く、ヒューマンと呼ばれるような人間とそう大して変わらないだろうがね」


「……」


 無言を、続けろというサインとする。


「エルフは亜人の中でもその外見は人間寄りだった訳だが、しかし、人間と交わる事を良しとしていなかった。

 だが、ある時、既存の習慣とは異なる考えを持った一派が出てきた。それが私たちアルドスの人間の祖先という訳だ」


 なるほど、とジンタロウは思った。これもまた、よくある話だ。言ってしまえば、自分やサキトの故郷である地球においても、それはあった。民族問題や宗教などだ。


 今回の場合、極端に言えば純血を守るか否かで分派したのだろう。


「ということは、俺の考えるとおり、あんたたちは『亜人』として各国から虐げられた存在が集まった集団ということでいいのか」


「外れではないが、正解でも無いな、今の言は」


「違うのか」


「――そうか、先程の話からするに、君たちはこの世界に来て、そう時間を経ていないのだったな」


「あ? ああ、そうだな。サキトは一ヶ月も無いし、俺もほぼ似たようなものだと言っていい」


「ならば、そもそもにおいて、『アルドス』とは元々何かというところからの話をしたほうがいいか」


「……? 難民の集落においての便宜上の名じゃないのか?」


 こちらの問いに、ジョルトが否定した。


「――国だ。今はもう、無いがね」



●●●



「国だと?」


 ジョルトたちを正面に見据え、俺とジンタロウは驚きを得ていた。


「だけど、もう無いって言うのは……」


 俺の声に、ああ、とジョルトが相槌を打った。


「約十五年前に滅んだ」


 端的な一言だ。


「始まりは先ほど言ったとおり、エルフの一派が分派した事だ。元の――純血であるエルフたちが住んでいた所が何処かはわからないが、人間と交わる事を選んだ私たちの祖先は、この緩衝地の南を自分たちの領土として選んだ」


「ヴォルスンドとオルディニアの間か……。だが、当時、そこに国を構える事自体、認められたのか?」


 ジンタロウの言いたい事はわかる。


 大国二つが、そこに亜人なる存在を受け入れる事を簡単に認めるとも思えない。


「これは聞いた話だが、当時はオルディニアもここまで大きくは無く、もっと東にあったらしい。ヴォルスンドも竜たちとの戦争をその頃から続けているらしく、亜人とは言え、人間側の勢力が竜側への牽制になると考えたのだろう。

 アルドスはアルドスで、国というものに属していなかった人間たちを取り込んでいき、勢力を拡大していった。エルフの技術を売りにして、ヴォルスンドや周辺諸国とも交易等で関係は良かったらしい」


「……最初はなあなあで、しかし上手くはやっていたと。だが、何故滅んだ?」


 問題はそこだ。


 国が滅ぶ理由は様々あるが、最も解りやすい理由があるとすれば、それは、


「――オルディニアの侵攻か」


「何故そうだと?」


「ジョルトさんの話から、ヴォルスンド含め、周辺諸国とは関係が良かったんだろ? なら、それらを除外して、当時と現状で大きく変わったのは何だ、って話になるだろ」


 昔はもっと東にあったというオルディニア。裏を返せば、ヴォルスンドに隣接するほどまでに『拡大』したということだ。


「まあ、帝国や魔族領を考えてない事や関係がこじれていない事前提の話にはなるけどな」


「いや、青年の言うとおりだ。十五年前に、アルドス含め国力の小さな国はそのときにすべてオルディニアに併合された」


「しかし、ヴォルスンドはそれを黙って見過ごしたのか。話からして同盟とまでは行かなくとも、友好国だったのだろう」


「詳しい話はわからないが、当時、ヴォルスンドはヴォルスンドで勇者関連で大きな事件があったらしい。内部での処理に手一杯だったのだろう」


 その辺りはジョルトがわからないのであれば、現状の人員で分かる者は居ないだろう。


「侵攻後、多くのアルドス人がオルディニアに組み込まれた。私は祖父の代からの縁で付き合いがあったフランケン領主のヘルナルに助け舟を出されたが、多くの者はそうではなかった」


 占領された国の民がどういう生活を送るかは、占領した側によるが、


「扱い自体はそこまで悪くは無かったらしい。実際、今でもアルドス出身でオルディニア人として暮らしているものは多い。

 だが、そのように振舞えない者たちも居たのだ。この子たちは、そういう者たちの子孫だ」


「なるほど」


 子どもたちを見ながら、俺は考えていた事を口にした。


「じゃあ、オルディニアに保護してもらうっていう線は無しだなー」


 ジョルトたちの今後としては、大国二つに保護してもらうのが最も良いかと考えていた。だが、今の話でオルディニアに送るという話は現実的ではなくなった。


「……そうだな、そもそも難民として出てきた身だ。向こうとて受け入れないだろう」


 実際送って、どのような扱いを受けるかもわからない。


 だが、その言い分で言えば、とジンタロウが言った。


「ヴォルスンドも怪しくないか。厳しい言になるが、ヴォルスンドで人を受け入れるとなれば、フランケンになるだろう。だが、ジョルトのおっさんはヘルナル伯爵の保護からあえて離れている身だ」


「……ああ、彼には本当に悪い事をした。わざわざ助けてもらった上で我がままを働いたのだからな」


「うーん、そこはあんまり気にしないでいいとは思うけどなあ。会った感じ、どちらかと言えば、ジョルトさんを気にしていた感じだったし、実際モンドリオさんを通しての支援は受けていた訳だろ」


 ジョルトが想定しているような状態であれば、あのような支援をする事は無いだろう。


「俺はジョルトさんに関しては問題無いとは思う。問題は子どもたちだよ」


 俺の言葉に、ジンタロウが頷く。


「そうだ。フランケンで受け入れられるとしても、現実はそんなに甘くない。無償でなんてありえない。仮にヘルナル伯爵がどうにかするとしても、四十人強の子どもたちを養うのは領主と言えど、経済的にも厳しいし、そもそも他国の難民を私費とは言え、囲うというのは体外的な体裁を考えるとな」


 つまりは、


「良くて、ギルド加入による労働。だが、年齢的に厳しい子だって居る上に、今の精神状態では無理だろう」


 彼らは親を失ったばかりだ。


「厳しいが生きていくためには仕方が無い。残された大人として、この子たちを見捨てる訳にはいかないからな」


 ジョルトが言った。


「うーん、そうだなー……」


 どうしたものか。


 考えはある。それを言葉にした。


「とりあえず――俺らと合流するか?」

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