第54話 夜の森の中

 夜だ。

 

 夜行性の者たちが活動を開始する時刻。


 灯りを必要とする者たちは徐々に眠りにつき、灯りがともるような場所はだいたいが人間の住まう地域、それも都市部だけとなっていく。


 対して、辺境の地はそもそもにおいて灯りが無いことが基本なのだが、そのうちの一つ、人間の勢力も魔物の勢力も手を出さない地帯であり、その中に存在する暗く広大な森の中、一点だけ灯りがともっている場所があった。


 サキトを始めとする面々の拠点だ。


 既にそれぞれの簡易住居が完成し、次なる施設が造られようとしている場所。その中央付近に、多数の者たちが集まっていた。



●●●



「――――で? 正直言って、俺とゼルってば状況掴まずに来たから割とどうしたもんかー状態だけど。そこんとこの説明というか釈明というか、あるか?」


 サキトが問うのは正面。胡坐をかいているジンタロウ、正座をしている戦闘系所属の魔物たちだ。


 その奥、こちらから一定の距離を置いて、ジョルトたちが子どもたちに現状の説明をしている。


 その間を、生産系や建築系の魔物たちが行ったり来たりしているのは、治療のためだろう。子どもたちもそうだが、魔物たちも戦闘の結果で、多少の傷を残しているからだ。


(んー、ポーション出しとくかー)


 目が合った魔物を手招きし、ポーションを手渡して使うよう指示する。


 人間相手でも、薄めて使えば大丈夫な代物だ。


 そのように考えていると、ジンタロウが言葉を作った。


「……まあ、なんだ。

 ガルグードがアルドスの異変を察知。調べてみたら盗賊に襲われていたから、俺主導で介入した。

 それで、子どもたちが攫われたという事で延長戦だ」


「とてもわかりやすい説明どうも。まあ、そんなところだと思ってたけど」


「じゃあ訊くなよ……!?」


「否、俺、最高責任者だし、仮定と事実の刷り合わせって大事だからな?」


 ともあれ、思うことは、


「生き残りはあれだけか……。えらく層が若いというか」


「……基本、大人連中は駄目だった。アルドス捜索組が見つけた生き残りも、連れ去られた子どもたちとそう年齢は変わらん」


 ジンタロウがアルドスに残した魔物たちは二名の生き残りを見つけていた。どちらも男子。まだ少年という感じで、重傷だったため、今はゼルシアの回復魔法を受けている。


「だいたいが十代、二十いってるのは数人ってところか。あとはまあ、ジョルトさんぐらいで」


「そうだな。あのおっさん、死にそうだったから、お前からもらった薬渡したら全飲みして若返ったぞ」


「……は? 何言ってんの?」


「俺が訊きたいぐらいだよ!」


 確かにジンタロウに渡したポーションは試作品というか、品質が高いものだ。良く言えば高級ポーション、悪く言えば劇薬一歩手前。それをただの人間が飲んだとしても、泡を吹いて倒れるならまだしも若返るなどという効果は出る想定はしていない。


「……とは言うものの、少し俺に心当たりがある。俺としては、お前が知らないという方が不思議ではあるが」


「……?」


 どういう事だろうか。


 問おうとして、しかし、ジンタロウが立ち上がって、先に言った。


「とりあえず、なんだ。お前、代表なんだし、面識もあるんだ。こっちの説明とか必要だろ」


「まあ、この状況で何の説明も無し、は無いけどさ。

 あ、みんなは楽にしてていいぞ」


 俺の言葉に、瞬間的に魔物たちが脱力するのを見た。かなり緊張していたのだろう。だから、付け加えて言うとすれば、


「別に怒ってる訳じゃない。というより、ジンタロウ含め、みんなは『正解』の行動をしたと思ってる」


 そう、どちらかと言えば、褒めてやりたいところだ。


 だが、何故か皆、正座でこちらに頭を下げているので、構図としては完全に叱る者と叱られる者たちが出来上がってしまった。


 そんな流れに思いつくことは、


「俺ってそんなに怖いか……?」


「お前の今までの行動において、どの部分を見たら怖くないやつっていう判断が出来るんだよ」


 ジョルトたちに近づく中で、ジンタロウが返してくる。


 はて、そんなにやらかしただろうかと思い、スキル:《絵描き人ドローイング》を用いて空間に文字を書き出す。


 勇者→魔王→勇者→魔王→女神オーディアに反乱、思いきり斬る→この世界に飛ばされる→モンドリオを襲っていた盗賊を半殺し、撃退→グレイスホーンを撃退→帝国軍特殊部隊を殲滅→魔物たちを眷属化→身内が盗賊相手にヒャッハー→イマココ


 ところどころを省略しているが、こんな感じだろう。


 改めて簡略化されたとは言え、己の行動を振り返ってみて、出てくる感想は、


「うーん、普通じゃね?」


「最初から最後まで普通じゃない!」


「否、最後は俺じゃなくてジンタロウのだよ」


「…………」


「おい、こっち見ろよ」


 言うが、こっち見ないのは俺からの逃亡、つまり、


「俺の勝ちかー!」


「君たちの会話は何か難しくて敵わんなあ」


 いきなりの声に前を見れば、既にジョルトたちのところに届いていた。


 ジョルト含め、子どもたちがこちらを見ていて、感覚としては教師ってこんな感じだろうか。



●●●



「ちゃんとした挨拶はまだだったなー、ジョルトさん久しぶり。とは言ってもまだ二週間ちょっと?」


「ああ、久しぶりだ、青年。まさかこんな形で再開するとは。

 それも魔物を率いているというじゃないか。こちら、まだ詳しい事は聞かされていないが……」


「……そうだなー。魔物たちも大分だいぶ関わっちゃったし、ジンタロウもいいか?」


 問うと、ジンタロウは腕を組んで頷きを返してきた。


「その辺りはお前に任せる」


「おっけー、了解。

 それじゃあ、まずは俺とジンタロウの正体と『これまでの世界』の話からいこうか」



●●●



「――という感じだな」


 そう言ってジンタロウが言葉を終えるのを見た。


 ジンタロウがアルドス騒動の介入までの流れを説明し終えたところだ。


 対して説明を受けていたジョルトたちと言えば、


「……言葉が見つからないというのはこういう事を言うのだろうな」


「一般人に、神とか異世界とかは縁遠い話だからなあ」


 これは大概何処の世界もそうだ、というのが俺の認識だ。


 直近においても、勇者という存在を多数保有している国、オルディニアから派遣されてきたギルド支部長のヤーガンですら、そこまで詳しい様子ではなかった。


 だから、その辺りについて、いきなりの理解を求めない。


 ただ、この状況下で問題があるとすれば、


「今、問題なのは、あんたたちの今後だろう」


 俺が言う前に、ジンタロウが口にした。


「アルドスにおける人口の半分以上が失われた。しかも、残った面々で大人という枠組はあんただけだ」


「……ああ」


「実際、どうする?」


 率直な問いだ。


 だが、その前に、


「あー、ちょいストップ」


 止めた。


「その前に、ジンタロウ、さっき言った事の説明してくれ。

 想定の無い副作用とか、製作者としてはかなりな案件だし、今配ってるやつだってそれ薄めたやつだぞ」


 ポーションによるジョルトの若返りについてだ。


 以前、会った時は五十前後という様子だったが、今は三十後半。だいたいジンタロウと同じだ。


「悪い。それも含めての話にするつもりだった」


「再度だけど、どういう事?」


「ああ。まあ、これ、あくまで俺の推測だから外れていた場合はかなり失礼に当たるんだが」


 前置きの後に続けられる言葉。それは俺にも予想外の言葉だった。


「……ジョルトのおっさん、あんた、本当に人間か?」

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