第53話 インターバル:邂逅


 時間は少し遡り。


 ジンタロウたちがアルドスに関わる一連の動きを始めた頃、サキトとゼルシアは未だフランケンに居た。



●●●



「――ゼル、ちょっといいか?」


 アルカナム試作の作業をしていた俺は、ふと、同じくこちらの手伝いをしてくれていたゼルシアに声をかけた。


「何でしょうか、サキト様」


「東方、俺たちの森とアルドスの間に張った結界、ここから探査できるか? 精査でなくてもいいから」


 いきなりの要求に、しかし、ゼルシアは当然出来るという風に頷き、既存の作業を中断した。


「少々お持ちください」


 眼を閉じたゼルシアが言って、数秒後、また口を開く。


「――完了しました。

 ハールズがアルドス側に出たようです。その他の者は普段どおり、森の中にいるようですが……」


「そっか……」


(何でこのタイミングでアルドスに……)


 森の中にアルドスの人間が入ってきたために、偵察に出たのか。しかし、それならば、ハールズが出る理由は薄い。それに、ゼルシアは人間が森の中に入ってきたとは言っていないのだ。つまり、アクションを起こしたのは、こちら側という事だ。


「……何かを感じられたのですか?」


 そもそも、何故俺がゼルシアにこんな事を頼んだかといえば。


「あぁ、うん……。なんかざわめきっていうか。眷属の感情が上下したりするとたまにあるんだよ。ゼルは……まだ無いか」


「そうなのですか。私の方、未だ眷属はフラウだけですので、そういったものはまだ……」


「まあ、そうだよなー。

 フラウが上手くいってるし、ミリアやアサカ、あとフミリルとかもだけど、スキル持ちで人間に近い個体は『親』の設定をミドからゼルにしてもいいかもな」


 言葉に、ゼルシアが驚く。


「可能なのですか? 眷属の繋がりの先を変えるなど」


「普通は出来ないよ」


 だが、


「現状を正確に言えば、本来俺と魔物たちあいつらが直接に眷属の契約を結ぶところを、ミドとゼルというハブを介して接続してる状態だ。

 で、ミドは元より、ゼルも俺の身体と相性良いようになってるから、その辺り自由にできるはずなんだ。できなかったらスキルでどうにかするけど」


 最後、力押しな気はするが、結果が良ければそれで良い。


 ただ、前提として、


「もちろん、ゼルとミリアたち双方の気持ちは尊重する。ハブって言ったって負担はあるし、ミリアたちがミドの方が良いって言うなら現状維持だ」


 その部分は大事にしていきたい。別に俺は何かを強制するために彼らを眷属にした訳ではない。


 言った先、ゼルシアが言葉を返してくる。


「私としてはそちらの方が合理的ならば進めるべきだと思いますし、ミリアたちもサキト様の言葉ならば従うでしょう」


 それに、とゼルシアは一言おいて表情を緩める。


「負担があるというならば、その分サキト様に癒して頂きますから」


「――あー……、その辺りは別にいつでもどんとこい、って感じだけど」


 少し照れくさくなって頬を掻く。


「話が逸れた。俺が感じ取ったのはそういう感じのものだ。ジンタロウが狩猟解禁とかそういうことをしたからテンション上がって、っていう可能性も大きいけど、それならアルドス側にハールズが出る意味が無いよな」


 だから、何かがあった可能性が高い。


「……いかがなさいますか?」


「んー、一番手っ取り早いのはミドをここに呼ぶことだけど……」


 ミドガルズオルムの再顕現。だが、滅竜王国に魔竜を呼び込むなど、大胆すぎる。


「あっちの方で『判断する側』が居なくなるのもなあ。ジンタロウもそっち側ではあるけど、現場の状況次第では判断に困る事もあるだろうし」


 ともなれば、残る手段は一つ。


「元々明日の午前中には帰ろうと思ってたし、半日早まったとしても問題は無いか」


 物資の調達などは既に終えている。


「……よし、決めた。ゼル、荷物整理だ。今から拠点に帰還する」


「かしこまりました」



●●●



「――っと、忘れ物は無いな」


 荷造りも、基本は異空間倉庫に投げ入れるだけなので、時間はかかっていない。ゼルシアには、先に関門に向かってもらった。俺が到着する頃にスムーズに出国できるようにしてもらう算段だ。


「いきなり帰るなんて言うから驚いたよ! まあ、御代はもらってるからいいんだけどね!」


「すみません、リンさんモデっさん。急用ができちゃいまして」


 俺は両手を合わせて、リンナとモデルトに頭を下げた。


 奥の方、厨房では今晩の料理が既に出来ている


 その中には当然、俺たちの分も含まれていただろう。


「いいのいいの。サキト君も色々忙しいのは見てれば解るから」


「そうですよ。それにサキトさん、数ある宿の中で、フルムうちを御贔屓にしてくださるのは、こちらとしても本当にありがたいんですから」


「ありがとうございます」


 俺がこの宿を気に入ったのも、この二人の人柄が大きい。


 俺たちがグレイスホーンの一件に絡んでいる事も知っているはずだが、特に何も言ってこないし、それについて周囲に漏らしている様子も無い。個人情報云々という話をしてしまえば、当然の事ではあるのだが、それが現実に守られる世界というのはそう多くはないのだ。


「それじゃあそろそろ行きます。また来るのでお元気で」


「あいよ! ゼルシアちゃんにも、よろしく言っておいて! 可愛い子にはサービスしちゃうから!」


「ははは、ちゃんと伝えておきますよ」


 言って、玄関に向かおうとした時だ。


 入り口のドアが開き、二人組みが入ってきた。


 青年と少女の二人組みだった。


「あら、いらっしゃい!」


 リンナの挨拶に、二人の内、青年の方が一礼を返す。


「二人なんですが大丈夫でしょうか?」


「はいはい、もちろん。部屋は相部屋? それとも分ける?」


「――」


 その時だ。少女の方が、顔を曇らせた。だが、それを隠すように青年が一歩前に出て、微笑みながら言った。


「では、相部屋をお願いします」


「それじゃあ、部屋の方に案内する前に御代もらってもいいかな?」


「先払いですね、少し待ってください」


 青年が懐に手を入れる。


 その横をするりと通り過ぎながら、


(―――)


 俺は表情を一切崩さず、しかし内心で舌打ちする。


 先程、可愛い子にはサービスしちゃう、などと言っていたリンナが、


 青年もさわやか系イケメンという感じだが、それ以上に少女の方、かなりのルックスだ。少なくとも、このレベルを探すとなると、国中探しても簡単には見つからないだろう。というのが、俺の見立てである。もちろんゼルシアには敵わない。


(視覚に直接作用する系か認識阻害系―――どちらにしろ、が使うものじゃない)


 オーディアの刺客かとも思ったが、不意打ちの強襲をしてこない手前、無関係の者か。


 どちらにしろ、何かがあってもモデルトとリンナを巻き込む訳にはいかない。


 向こうの様子、こちらを気にしている素振りは無い。純粋に、フルムを利用しにきただけだろう。


 ならば、俺が取るべきは早々に立ち去るぐらいだ。


「――では、俺はこれで」


「あ、また来てねー」


 カウンターから手を振ってきたリンナとモデルトに最後の一礼をして、ドアを開け、外に出る。


 その時、俺は聞き逃さなかった。


 青年の方が少女の名を呼ぶ事をだ。




「――先に食事を頂こうか? クリム」

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