第52話 土壇場の強襲者Ⅱ

 戦闘系所属の魔物たちにおいて、その実力を発揮するのはなにも直接戦闘の場だけではない。その際たる例がフミリルだった。


 彼女が持つスキル:《隠れ消える者インビジブル》は端的に言えば、姿を隠すスキルだ。ただ、それは光学的な範囲には留まらない。音やニオイ、魔力的な部分まで、《隠れ消える者インビジブル》は隠し通す。


 格上の相手であれば、見破られる可能性も高いが、幸い今の相手はそこまでではない。


 そして、フロッガーム自体の能力として、自身の体液に何種類かの毒を混ぜて吐き出すことが出来る。これを利用して、フミリルは誰にも見つからず、且つ途中数人を時間差で麻痺させる毒をこっそり付着させ、向こうの現場に着いたら無力化してしまうという彼らにとっては悲しい事実を作りながら、牢獄までやってきたのだ。


 フミリルが得意とするのはそれだけではない。彼女は魔力通信も己のものとしていた。


 それを活用して、先程ジンタロウに報告を入れたのだ。


 ついでに報告する事もある。


『そちらに大きい斧を持った巨漢が向かったので、気をつけてくださいです。多分盗賊のリーダーかと』


 自分の方で他の盗賊と同じく毒を仕込んでおこうかとも思ったが、相手は一応リーダーである。他と違ってこちらに気付くかもしれないし、自分の第一優先は子どもたちの捜索だ。ゆえに、そちらはジンタロウたちにまかせた。


「――よっと」


 声と共に、フミリルは牢獄の入り口で《隠れ消える者インビジブル》を解除した。今、牢獄を見張っている盗賊は居ないし、周辺、子どもたち以外に人気ひとけも無い。おそらく、全員がジンタロウたちの元に行っているはずだ。


 牢というよりは広い一画を牢代わりにしているのですねー、と思いながら姿を現したフミリルに対し、いきなりの出現と声に、囚われていた子どもたちが悲鳴を上げる。


「なっ、何だ!? どこから!?」


「きゃああああ!?」


 何もそんなに驚かなくとも。というか騒ぐと人が来るかもしれないので止めて欲しい。


「ボクもフラウたち程じゃないにしろ、人間っぽく見えるはずなんですけどねー」


 ちょっと心が傷つくのは、自分もただの魔物から『進化』しているということだろうか。そう判断しよう。


(まー、この状況で知らない人間が、何も無い空間にぽっと出したら誰でもびっくりしますですよね)


 反省する。した上で、次の行動に移る。


 まずは警戒を解かなければならない。


「みんな落ち着くですよ」


「うわあああ、可愛い女の子だと思ってよく見たら舌なげえ!?」


(あ、結構うれしいですね、可愛い言われると)


 と、魔物的にはNO、女子的にはYESな感想を抱いていると、


「何くねくねしてるんだお前」


「うわびっくりしたです」


 いきなりの声に一瞬警戒するが、知っている声だ。


「――ジンタロウさん、ちょっと早くないです? ボスっぽいの居たはずですけど」


「あー、居たな。面倒だからグランアイギスで吹き飛ばしてそのままだな」


 つまり、彼はここに来る途中、駆けつけてきた勢いでリーダーを轢いてきたという事か。


「やっぱり勇者って魔王並におかしいです」


「よせよ、俺はだ。

 ――それに、他の勇者や魔王と違って俺は常識人だからな」


「常識とはいったい何処の常識なんですかね」


 半目でジンタロウを見るが、そこにジョルトが追いついてきた。息を荒げた彼は、こちらを見るなり、


「ジ、ジンタロウ君! ちょっと――かなり早すぎるぞ!」


「……一体どんな速度でここに来たんです?」


 狭いアジトだが、入り口からここまではそこそこ距離はあったはずだ。


「普通に走ってきたが」


 今度はジョルトと一緒になって半目を向けるが、これはもう、だから仕方が無いのかもしれない。


 と、そんなやり取りをしているこちらに対し、いきなりの状況に困惑していた子どもたちは落ち着いてきたのか、ジョルトの姿を見て、様々な反応を見せる。


「ジョルトさん! 助けに来てくれたの!?」


「なんか若くなってない?」


「というかこの人たち誰……?」


 戸惑いの声も聞こえるが、やはりジョルトの姿を見て安堵した雰囲気が感じられる。


「みんなを助けに来た! 捕まった子はここにいるので全員か!?」


 ジョルトの問いに、フミリルが答えた。


「ん、このアジト自体、最近出来たみたいで区画も少ないからここにしか無いと思うですよ」


「――魔力感知でもここ以外に人の気配は無いな」


 それを裏付けるように、


「連れられてきたのは私たちで全員です。最初は分けるみたいな話をしていたんですけど、場所が無かったみたいで……」


 年長と思われる少女が言った。


「なら、とっとと脱出するぞ。フミリル!」


「合点です」


 言って、フミリルは腰の帯からナイフを取り出した。


 ジンタロウ、フミリル、ジョルトが数十人居る子どもたちを解放していく。



●●●



「これで全員か!?」


「そのようだ!」


 人数としては四十人前後。よくまあこれだけいるなとジンタロウは思いつつ、皆に声を向ける。


「先導は俺がするから、みんなはついて来てくれ。殿しんがりはジョルトのおっさん、フミリルで頼む」


 それで子どもたちがはぐれないように連れて行ける。


 入り口付近、制圧完了の報告は既に入っている。



●●●



 入り口までは難なく移動できた。


 後ろ、見てみれば子どもたちきちんとついて来ている。


 彼らは盗賊を制圧している者立ちの中、アサカのような人間の装いをしている者も居れば、ガルグードのように魔物にしか見えない者も居るのを見て、困惑する。


「――みんな、正直に言って怖いと思う子もいると思う。だけど、彼らは私たちを助けてくれた恩人だ。それは心に留めておいてほしい」


 ジョルトの言葉に子どもたちが頷くのを、ジンタロウは見た。


「……さすがに信用されてるな」


「まあ彼らを纏めてた方ですからねー」


 こちらに呟きに、フミリルが言った。


「それよりもジンタロウさん。一つ気がかりが」


「何だ?」


「さっき、ジンタロウさんは盗賊のリーダーを吹き飛ばしたと言ってましたが……姿?」


「――!」


 言われ、ジンタロウは目を見開いた。


(確かに見なかった! くそ――)


 フミリルも見なかったという事は、おそらく自分が倒した場所から移動している。


 逃走したのか、それとも――。


 思った時だった。


「てめえらぁ!」


 いきなりの声だった。


 瞬間的に振り向いた先、男が立っていた。それも、一人の少女を連れ、その首元にナイフを当てながら、だ。


「リイナ!?」


 子どもたちの内、一人が叫んだ。


「嘘、リイナは捕まってなかったと思ったのに!?」


「はっ! てめえらとは別に捕まえてたんだよぉ。こいつは俺だけで楽しもうと思ってたからなぁ」


 盗賊は泣いている少女、リイナの頬をべろっと舐めながら続ける。


「ったくよぉ。これから愉しもうっつー時に、よくもやってくれたなぁおい!

 ……まずは縛ってるやつらを解放してもらおうかぁ? おっと! 変な事は考えるんじゃねえぞ! 少しでもおかしな動きしやがったらこのガキの命は無ぇと思え!」


「っ!」


 ジンタロウは舌打ちした。


『全員下手に動くな!』


 魔力通話でこちら側の総員に通達する。


 この場合、自分が動くべきだ。だが、己の瞬間移動は予備動作が発生する。そこを盗賊に見られたらリイナが危険だ。


 だから、気付かれずに行動を起こさねばならない。


『――フミリル!』


『了解です』


 あの盗賊のリーダーは、フミリルの事には気付いていない。ならば、フミリルが盗賊の手からナイフを排除、その瞬間に自分が盗賊を制圧する。それが最善だ。


『……行くです』


 ジンタロウの後ろに移り、フミリルが《隠れ消える者インビジブル》を発動、徐々にその身体が消えていく――その瞬間だった。




「――――さかとし」




 声と同時にリイナが魔法障壁に包まれ、加えて何かが盗賊の脳天を直撃する。


 そして、次の瞬間、何者かが盗賊の腕からリイナを掻っ攫っていった。


「何だ!?」


 魔物の誰かがやったのか。しかし、自分は指示していない。


 ならば、誰が。


 打撃を受けて気絶した盗賊が倒れ、ジンタロウはその姿を現した者を見た。


「……んな、サキト!? お前、何でこんなところに!?」


 サキトがいた。



●●●



「――それは俺の台詞だってーの」


 人魔刀剣アルノード・リヴァルの刀身――ではなく、その長い刀身を収める鞘による打撃によって、盗賊のリーダーをノックダウンさせた俺は、そのままアルノードを肩に担いで言った。


「なんか胸騒ぎがすると思って、こっち戻ってきたら戦闘系は総出だし……。ゼル、その子、大丈夫か?」


 横を見る。


 そこにはリイナを腕に抱えたゼルシアが立っていた。


「――はい。ナイフによる損傷も無し。無事の確保と判断します」


 その言葉に、よし、と返し、ジンタロウたちの方に向きなおす。


「まあ、諸事情は後できっちり訊くとして。怪我してるのも居るし、とりあえず戻るぞー」


「待て、サキト。子どもたちも居るんだ。まずは盗賊たちが今まで奪ったであろう馬車を――」


「要らない要らない。馬車だと結構かかるし、もう『足』は呼んである」


「何?」


 『足』はすぐに来た。それも、空からだ。


 風と共に羽ばたくそれら。


「サラマンダー、リンドヴルム、ジルニトラ」


 ミドガルズオルムに遠距離魔力通信をし、こちらに向かわせた、十メートルを超える巨躯に進化した三体の竜。魔物たちならば、この三体で事足りる。


 では、ジョルトを含む、人間たちはどうするか。


 その答えを示すために俺は指を鳴らした。


 合図と共に、追加で姿を現したものがあった。光学迷彩を徐々に解除していくそれは、


「……なっ!?」


 ジョルトが目を見開いた。


「――ガイウルズ帝国の魔導飛行艦オキュレイス。改造は未だ途中ですが、遠隔操作も問題無いようですね」


 ゼルシアの言葉に、ああ、と頷く。


「さすがにこれだけの人数だと手狭だけど……まあ、すぐ着くから我慢してくれると助かるかな?」


 唖然としているジョルトたちに向けて、俺はそのように言い放つのだった。

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