第51話 土壇場の強襲者Ⅰ

 アルドスから南に、馬の脚で一時間ほどの場所――そこからさらに東に行った山岳地帯の入り口。そこに、盗賊たちのアジトがあった。


 天然の洞窟を利用したアジト。


 本来、もっと南に居を構えていた彼らは、しかし、ヴォルスンドやオルディニアの賊討伐により、北に追いやられていた。


 組織の規模としては数十人規模。正規の軍相手では、練度もそうだが、物量で負ける。ゆえに、略奪を行うのに適さないこんな僻地に拠点を構える事になった。


 だが、ここから北に、難民が集まっている集落があることは知っていた。それも、ヴォルスンドのフランケンから援助を受けているときた。


 今までは、物資を運搬している時を狙っていたが、一部からはこれだけでは足りないという声が上がっていた。そこからの今だ。


 正直、集落一つを潰してしまえば、そこへの援助も無くなる。ということは定期的な襲撃機会も無くなる。この先どうするのだ、というのが、何人かの面倒を任せられていた古株の男の本音だった。


 だが、思ったよりも『収穫』があった。


 今は、略奪を終え、その『収穫』を倉庫や牢獄にしまっている。それらをどうするかは自分たちを率いているリーダーの判断だが、大部分が金になるのはわかっている。それだけである程度は食っていけるだろう。


 そして、その中には自分たちが手を出してもいいと思うものもある。それを示すように、自らの仕事を終えた男たちが、こちらに問うてきた。


「なあ、やることやったんだ。遊んでもいいんだろ?」


「……ああ。頭からは仕事を終えたら売り物にするモノ以外は好きにしていいと聞いている」


「よっしゃ!」


「へへっ、行こうぜ!」


 下衆な笑いをしながら奥の牢獄に向かう男たちを見ながら、


(まったく。それしか能が無いのか……)


 思うが、そんな者だからこそ、盗賊などという存在に身をやつしているのだろう。そしてそれは、同じ存在である自分にも言えることだ。そんな事実に多少の嫌悪感を覚えた、その時だ。先日こしらえたばかりの門が叩かれた。


「……あ? やっと最後のやつらが戻ってきたか。

 おい! 門開けてやれ!」


「へいっ」


 残っている手下の男が、命令に答え、門の取っ手に手をかけた、その瞬間だった。


「――ほげゃっ!?」


 門が外側から爆破されたのだ。爆風によって門が粉々となり、大きな破片に門付近にいた者たちが巻き込まれる。


「何だ!?」


 門は急造だが、簡単に破られる代物にはしていない。だが、それを破った者は、煙の中から拠点内に踏み込んできて言った。


「――――出前のお届けだ!」



●●●



(今の、絶対通じないよなあ)


 爆風を起こし、一声と共に盗賊のアジトに侵入した男が思った。


 ジンタロウだ。


「否、別に笑うところじゃないからいいんだが……」


「独り言です?」


 そして、そんなこちらに対し、疑問の声を投げてくるものが居た。


 フロッガームの少女、フミリルだ。


 フロッガームは本来、大型の蛙というシンプルな魔物だったはずなのだが、隣に居るのは、やはり人間の少女と同じ体躯である。ところどころに蛙っぽさを残しているから一応フロッガームじゃね? というのがサキトの見解だがそれでいいのか元魔王。

 

 サキトの眷属であるフロッガームは全部で五体。全員が親子であり、構成としては、フミリルと、彼女の父母と弟が二体。フミリル以外は生産系に所属しているが、彼女だけはスキル持ちという事と、フミリル自身の希望で戦闘系所属だ。


「まあなんだ、一種のネタだ。あながち間違ってないしな」


 後ろの方に振り向けば、多くの戦闘系の魔物たちがおり、アルドスで倒した盗賊も生きてはいたので、縛った上でそのあたりに放置している。


(まあ三人とも入ったから当分起きないだろうがな)


「――で、どうしますです?」


 アジトの中、いきなりの襲撃に混乱している盗賊たちを、フミリルがその赤目で眺めながら訊いてきた。


 ここには、戦闘系所属の魔物たちの内、三分の二が集まっている。残りは、アルドスにて、ジョルトが助けた子どもたちの保護、そして他に生き残りが居ないかの捜索に回ってもらっている。


 ジョルトにも、これから救出する子どもたちが魔物たちを見てパニックにならないよう付いてきてもらっている。


 そんな彼らにも聞こえるように声をあげた。


「予定通りだ。二体――否、二人一組になって各個撃破。捕らえられた子どもたちを救出次第、俺たちの森に撤退する!」


 加えて、言わなければいけない事もある。


「全員! 先程も言ったが、目的はあくまで人命救助だ、無駄な殺生はするな! だが、自分の命を一番に優先しろ!」


 相手を生かそうとする戦闘ほど難しいものは無い。だから、無理そうなら、自分を生かせと、いつもそう教えてきた。


 真面目だが変な正義感を持ち合わせていない分、魔物たちの心配はしていない。


(むしろ、初の実戦経験――こう言ったらアルドスの人間には悪いが、良い演習の機会だ)


 この相手が、それに相応しい相手かはともかく、ジンタロウは確信している事がある。


 この戦いは早く終わる、という事だ。



●●●



 一方的だった。


 数では盗賊たちの方が多い。


 だが、練度が違った。魔物たちが戦闘というものを学び始めたのは、約二週間という短い期間だ。しかし、教官が元勇者というのは大きかった。


 もう一つ言えば、魔物たちが持つ武器が強いというのも大きな要因だった。見た目は一般的な武具と大差ないそれらはしかし、あのサキトが、自らの研究過程で作り上げた武器が倉庫に余っているからと投げて寄越した物だ。


 サキトのアルノードやジンタロウのグランアイギス等の神創武装には大きく劣る訳だが、人間や魔物が持つ武装と比べた場合、その位置はどこにあるか。


 答えは、実際の戦闘で出ていた。



●●●



 ジンタロウは教え子である魔物たちが、続々と盗賊たちを無力化していくのを確認していた。横にはジョルトがいるが、


「……すごいな。まるで正規の軍隊のようじゃないか」


「あんまり褒めると調子乗るから程々にしてくれ」


「む、そうか……? しかし、持っている武器も一見普通だが、賊の物と打ち合うと砕いてしまうとは……。一体どんな素材で出来ているんだ」


「その辺りは作った本人に訊くしかないな。まあ、サキトのことだが」


 言うと、ジョルトが眉をひそめたが、わかるその気持ち。自分も最初はそうだった。


「……ところで、私たちはこんなところに居て良いのか? 攫われた子たちを探すべきでは……?」


 確かにその通りではあるが、


「今、囚われてる場所を割り出してもらってる」


 その時、脳内に声が響いた。


『ジンタロウさーん、フミリルです。捕まってる子たち、発見したですよ』


「ん!?」


「でかした! 今から急行する!」


 ジョルトにも届いたそれは魔力通信。フミリルからだ。

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