第50話 土壇場の救援者Ⅱ

 ジンタロウは、前方、ミリアの蹴りが盗賊の一人を吹き飛ばし、飛ばされた盗賊がさらにもう一人を巻き込んで湖の方に転がっていくのを見た。


 というのも、自分より瞬発力が優れる彼女に、自分を踏み台にさせる事で先行させたのだ。こちらの右手のガントレットにミリアが乗り、彼女が跳躍する瞬間に自分が押し出すことによって、跳躍力と速度を出し、一気に距離を詰めさせた。


 少し遅れて、現場に急行しながら思うことは、


(あー、あるよなあ。日曜朝帯の変身ヒーローモノで、必殺技する時に上に跳んで斜めに蹴り入れながら落ちていくやつ)


 現実的に考えて法則無視でおかしいのだが、あれはヒーローパワーでなんとかなっているのだろう。


 そして今、ミリアが行った動作も構図としては似たようなものだ。上昇角度としては約六十度。通常であれば、あとは自由落下するだけであり、そこからさらなる横への加速は出来ない。では、どういうことか。


 カラクリは簡単だった。


 スキル:《遮る者》。ミリアがつい最近、身につけたスキルだ。


 効果としては端的に言えば、『壁』を作る。無色透明、厚さは約一センチ程で、壁というよりは板に近いとも言えるが、強度は生成時に込めた魔力によって決まるため、それなりの魔力を使えば、盾としての役割も果たす。


 生成可能領域は、ミリアの周囲一メートル程。既に存在するモノへの上書きはできないらしく、生成を利用した切断攻撃などはどうやらできないらしい。しかし、空中――空気を押し退けて生成されているところを見ると、何かしらの条件があるのだろう。


 ミリアは上昇中、前方に壁を生成し、同時にそれを蹴り、一度空中で身を翻した。そして、間髪入れずに後方足元にさらに壁を生成し、それを蹴る事で、前方下方への加速を得たのだ。


 後は先程の流れだ。


 しかし、それについて思う事と言えば、


(死角からの蹴り――あれは死んだのでは……?)


 角度変更の際にミリアの速度が落ちたため、当たり所が悪ければ、という程度かもしれないが、大丈夫だろうか。


(いやまあどうでもいいか)


 勇者だからと言って万人に気を向けられる聖人ではないのは、まだ自分が『人間』が根本にあるからだろうか。


 とは言え、今は考えるよりもすべき事がある。


 残り一人。横二人が吹き飛ばされた盗賊がまだ残っている。だから、己の力を行使する。


 左手に持つ大盾、神盾 グランアイギス。それは何も防御にしか使えないわけではない。自分は今、それなりの加速を持っている。そこから繰り出されるシールドバッシュは、大の男一人などいとも簡単に吹き飛ばす。


 結果として、残りの一人が仲間たちの元へ飛んでいった。


 それを見送る事も無く、ジンタロウは息を吐いた。


「……もっと早く来るべきだった」


 ほぼ全滅だ。


「でも、は間に合ったよ」


 ミリアが言った。それは確かだ。それを確かめるために、ジンタロウは言葉を作った。


「大丈夫か?」

 

 どう見ても大丈夫では無いのだが、彼らからすれば、いきなり現れた自分たちも不審者である。むしろ、盗賊たちを難なく無力化する手前、危険視されてもおかしくは無いのだ。


 だから、まずは声をかけて、警戒を解かねばならない。


 眼下、子どもたちを守っていた中年の男が、片膝をつき、剣を支えにしながら、こちらを見上げている。


「お前……たちは……?」


 何と言うべきか。


「あー、なんというか……ご近所さんだよ」


 嘘は言っていない。言っていないが、さすがに説明不足と感じ、頭を掻きながら続けた。


「――前にここを訪れた二人組がいただろう? 黒髪の男と銀髪の女が」


「……確かにいた。ここへの支援物資を運んでいた……商人を助けた青年と少女――サキトとゼルシアと、名乗ったか。

 ……まさか?」


「ああ。協力者と眷属……あー、めんどくさい。仲間だ、一応な」


  自分の中では、まだそのラインにあるかという疑問が湧くが、対外的に説明するのに、やはり面倒なのは事実だ。


 その時だ。


「――ごふっ……」


 男が口から血を吐き出した。


「ジョルトさん!」


 自分たちを守っていた男の異変に我を取り戻したのか、守られていた子どもたちのうち、おそらく年長と思われる少年が、声をあげた。


(ジョルト……確か、アルドスの難民たちのリーダーだったよな……?)


「あんた、とりあえずこれを飲め」


 言って、腰のベルトから下がった小瓶を取り出し、そのまま手渡した。


 中の半透明な液体にジョルトが目を細めたので、補足を入れる。


「安心しろ、サキトの野郎が作ったポーション、薬だ。放って置いても死ぬ相手に毒なんて渡さん」


 言葉に、それもそうか、と思ったのか、ジョルトが小瓶を受け取った。


 子どもたちは大丈夫か、と思い、ジョルトを視界の中心から外した時、ふと言うべき事があるのを思い出す。


「――あ、それ勇者とか魔物用で効果高いらしいからまず一滴舐めてからにしろよ――」

 

 見れば、ジョルトは既に飲んでいた。完飲である。



●●●



 瞬間だった。


 ミリアは、ジョルトが急速回復――を通り越して、身体にそれ以上の変化を起こすのを見ていた。


 それは、もはや回復というよりは、


(なんか……若くなってる?)


 この言葉が正解だろう。


 白髪が多かった頭部は、黒の色がメインとなり、皮膚のしわなどもほぼ無くなった。ぱっと見た感じの年齢層は、


「ジンタロウさんと同じくらい?」


「いやいやいや、何だこれは!?」


 疑問の言葉に、疑問が返ってきた。


 それはこちらも同じだし、そもそもポーションを渡したのはジンタロウだ。だから、彼が何か言うだろうと顔を向けてみれば、真顔だった。


「え、若返りの薬……? あいつ、また何か面倒なものを俺に押し付けてきたのでは……」


「……ジンタロウさんも苦労してるねえ」


「お前らの主のせいだよ!」


 否、私らより付き合い長いじゃん、とも思うが、言ったらまた嫌な顔をされそうだ。


「何が、どうなっている?」


「……まあ小言は本人サキトに言ってくれ。

 で、何があったか、詳しく聞いていいか?」


 釈然としないジョルトだが、しかし、今は優先するべき事があると割り切ったようで、話し始める。


「――見てのとおりだ。盗賊に襲われたんだ」


「……」


「以前からここへの支援物資などを襲撃してくる事はあったんだがな。ついに直接の略奪をしてきたというわけだ」


「……被害は?」


 ミリアの問いに、ジョルトは首を横に振った。


「わからん。急襲に対して守れたのはこの子たちだけだ……」


「……そっか」


 ではやはり……と、ジンタロウと顔を見合わせた時だ。


「姉ちゃんたちが……!」


 それは、ジョルトに守られていた子どものうち、先程も声をあげた少年だ。


「姉ちゃんが、他の皆と一緒に、やつらに連れて行かれるのを見た……!」



●●●



「カイ、それは本当か!?」


 ジョルトが少年に問うのを、ジンタロウは聞いた。


「うん……、ジョルトさんに助けてもらう少し前に見たんだ……。でも俺、怖くて……」


 動けなかった。悔しいと。そう言いたいのだろう。


 そして、自分には気付く事があった。


「……ここに来るまでの遺体の中、子どものそれが無かった」


「攫われたと、そういうことか!?」


 そういうことだろう。


「おそらく、売られるか慰み者にされるか。どちろにしろ、碌な事にはならんだろうな」


 それは、何処の世界でも同じだろう。


 助けに行かなければならない。だが、ジョルトだけでは到底無理だ。


 ならば、どうするか。


「――力を貸してもらいたい!」


「元より、そのつもりでここに来たさ」


 当然、救援には行く。


 だが、一つ、懸念もあった。それは払拭するために、


「……ただし、条件がある」


 その言葉に、ジョルトが顔を曇らせる。


「何だ? 先に言っておくが、こちらは満足がいくような物など碌に無いぞ」


 物品を要求されると思ったのだろう。それも当然の反応かと思うが、自分たちにはそんなものは要らない。


「そうじゃないさ。

 ……条件ってのは、『俺の仲間を見て怖がるなよ?』、それだけだ」


「どういう……?」


「……この娘を見て、違和感は無いか?」


 言って、ミリアを示す。それに従うようにミリアを見たジョルトたちは、


「別に何も……あった!」


「耳がついてるー!」


 子どもたちが騒ぎ出した。


「ど、どういう事だ!?」


「どうもこうも無い。つまりは、そうだな……」


 一拍おいて、ジンタロウは口端を上げながら言った。


「――魔物に助けられる覚悟はあるか、って事だ」

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