第49話 土壇場の救援者Ⅰ
ジンタロウは森の外縁、そこを突破したと認識した。木々が薄れ、少し背の高い草草が生い茂る草原へと走りの場が移行したからだ。
背の低い草を中心に群生している森の中と比べて走りにくい。だが、この程度の障害は自分にとって障害とまでは言わない。
それは後ろ、こちらの走りに付いてこれているミリアにも言える事だった。
ガーウルフは本来の四速歩行から二足歩行になったことで、移動の面に関しては能力が低下している。その分、前足から進化した両手を使うことができるのはマイナス面を打ち消す以上の事実だろうが、それとは別に、魔力による身体強化のブーストをかける事で獣以上の速力を出す事は容易だった。
それができるように、今まで指導してきた。魔物たちの主であり、自分が協力しているサキトから丸投げされた、と言ってもいいくらいで、教え方としては自己流だが、よく付いてきていると思う。
なにしろ、自分は普通の人間ではない。少しやろうと思えば素手で魔物を倒せる、ある意味ではそれこそ化け物みたいな存在の一人だ。対し、ガルグードのように例外が数体いるが、基本的に皆、戦火から逃げてきた者たちなのだ。そんな者たちを戦いに向かわせるのは気が引けるが、皆その事で不満を口にしているのは見た事が無い。
サキトの眷属である手前、という訳では無いようで、皆が訓練の時に出している雰囲気は真面目なものだ。つまり、力を付ける事に抵抗が無い。
彼らの、戦いというものについて、何かしらの考えが変わったのは確かだ。
(――それだけ、帝国の襲撃において、己の無力に憤りがあった連中って事なんだろうな)
または、彼らを救出したサキトへの憧れか。
いずれにしろ、彼らの力を求める理由がまともである限り、自分も協力はする。
自分が教えるのは、基本は何かを守るための戦いだ。他人を、それ以前に自分を守れる戦いを教えている。無論、戦いにおいてそれだけでは済む訳がないので、ある程度の『攻め』も教える事にした。今はそこまで派生しての訓練が多いが、必要最低限ぐらいだ。
それ以上を教えるのはサキトの判断というか範疇だろう。
ただ、ある一線を越えて暴走するようであれば、それはもう自分の教え子ではなく、討つべき対象になってしまう。
サキトは冷酷な一面があり、その辺りはどうかと思う。
(……あれはあれで、あいつがここに至るまでに培った経験からの行動で、それについて覚悟とかは持ってるとは思うがな)
一方、敵対した自分を協力者に迎えたり、魔物たちをなんだかんだ言って眷属にしたりと面倒見が良い方なのは確かだ。
どちらがサキトの素かと言えば、おそらくは後者の方であり、あの冷酷さを魔物たちにまで伝播させることは無いとも思う。
これは魔物たちにそうはならないで欲しいという我侭だろうか、と思うと同時、後ろから声が聞こえた。
「――見えた!」
既に自分でも知覚している。アルドスだ。
難民たちが集まってできた町。町というには少々建築物の規模などが小さいが、人口は百人を超えているという情報はサキトからもらっている。
その町が、燃えていた。
●●●
(――うわ……)
アルドス入り口付近まで来て、ミリアは顔をしかめた。
町の中、未だに草のせいでどうなっているかはっきり見えないが、それでもわかることがある。
臭いだ。
兄や他のガーウルフと比べると、鼻が良くない自分は森の中ではそれを感じることが出来なかった。しかし、ここまで来れば、嫌でも認識してしまう。
「……焦げた臭い、それと血――」
「――突入する!」
同時、ミリアはジンタロウの後を追って、アルドスに足を踏み入れた。
●●●
「……っ――」
ジンタロウは思わず舌打ちをせずにいられなかった。
想像よりも、状況が悪い。
惨状、という言葉がこれほど的確な場面は久々だ。少なくとも、この世界に飛ばされてからは無かった。
眼前、所々に死体が無残な状態で置かれている。
「……これ、全部……」
「……駄目だな。周囲、生きてる奴は居ない」
長く戦いに身を置いていると、直接確かめなくとも解るようになってくる。無論、訓練された戦士が死を装っているものはこれだけでは見抜けないことも多いが、今見えているのはどれもが服装からして難民たちだ。
歩きながら、周囲を確認する。
建物は火が放たれており、既に全焼している所も多い。
(見る限り、ここに生存者は居ない。
……だが、サキトから聞いた話だと百人以上の規模って話だ。数が合わない)
ここにある死体の数は二十と少しだ。少し奥、まばらに見えるものを含めてもやはり足りない。
ここがアルドスの一画という点から他にもこのような場所があるとしても、やはり足りないのだ。
(何処かに生き残りが集まっているのか……?)
その時だ。耳をぴくりと動かしたミリアが、こちらに叫ぶ。
「――ジンタロウさん! あっちの奥! 剣の音が聞こえる!」
指を指した方角は北側、湖がある方向だ。
瞬間的な加速で、町の中を移動する。
音の発生源はすぐに見つかった。
一人の男が、小さな子どもたちや怪我をした少年など数人を背に、三人の盗賊と剣を交えていたのだ。
●●●
(負けられん……!)
剣を持った中年の男、ジョルトは子どもたちと盗賊の間に立ち、荒い息を吐いた。
既に己の身は立っているのもやっとの状態だ。腹からは出血が酷く、魔力による活力強化で何とか持たせてはいるが、このままでは数十分と持たない。
だが、そんな事をする暇は無い。
眼前、短剣などをちらつかせた三人の男がこちらに対峙している。
と、そのうちの一人が他の男たちに怒鳴り散らす。
「おい! 早くしねえと戻った時、
「わかってる! だけどこのオヤジ、無駄に強ぇ!」
「囲んでボコれ! それで終わりだ!」
言って、三人がじわりとこちらに近づいてくる。
(くそ! なんとか子どもたちを逃がさなければ……)
しかし、ここで子どもたちに逃げろと言って、何処に安全な場所があるのだろうか。
八方塞だ。それを打開するには、少なくともこの三人を倒さなければならない。
(最期の時だ、奮闘しろよ……!)
己に対し、そう思った。その瞬間だった。ジョルトは信じられない光景を見た。
見知らぬ少女が、盗賊の一人に対して死角からの突撃をかけたのだ。
ドロップキックだった。
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