第48話 異変と決意
「ガルグード!」
視線の先、呼ばれたガルグードがこちらに振り向いた。
「来たか、ジンタロウ殿。
……ミリア、遅いぞ」
「だってー」
「言い訳をするな、大方友人と会って時間を忘れていたのだろう」
「ガルグード、全くその通りなんだが今は状況確認が先だ。何があった?」
「ああ、すまない。とは言っても、私としても詳しい状況はわからないのだ。ただ、少し前から『臭い』を感じてな」
ガーウルフは人型ではあるが、狼が持つ嗅覚を失ってはいない。ミリアなど、ガーウルフの中でも特別に人間に近い個体は他と比べてその能力は劣っているようだが、ガルグードはミドガルズオルムを通したサキトの眷属化を経ても身体の大部分は毛で覆われているし、顔の骨格なども狼に近い。それ故に、臭いを敏感に感じ取れるのだろう。
「何の臭いだ?」
「最初に感じたのは土、そして煙だ」
だが、とガルグードは表情を険しくして続ける。
「つい先程からそれらに加えて火の臭いを感じる。
――それと、
「!?」
予測した事態の一つがジンタロウの頭に浮かぶ。
「今、ハールズに偵察に行ってもらっている、時間的にそろそろ……、ああ、噂をすれば」
上に視線を送ったガルグードにつられて、ジンタロウは空を見上げる。
そこにいたのは、雌のハーピーだった。両の手が羽で覆われた彼女――ハールズは羽ばたきながらジンタロウとガルグードの間に下りた。
「あら、ジンタロウさんまで」
「私がミリアに頼んで呼んだのだ。それでどうだった?」
ガルグードの問いに、ハールズが首を横に振る。
「ガルグードさんの見立て通り、人間が争っていました。装いからして、集落を襲っているのは賊の類かと」
「サキトが言っていた盗賊か! だが、あいつは撃退して脅しておいたと言っていたが……」
「そこまでは
「……どうするジンタロウ殿」
「決まっている、救援に行く」
問われ、ジンタロウは即答する。
サキトからはアルドスの人間には見つからないように、と言われているが、この事態は想定の外だ。ただ、問題なのは、
「――では、私たちはどうすればいい?」
魔物たちだ。
言ってしまえば、自分を含めてアルドスの人間は赤の他人だ。
第一の優先は人命救助だが、戦闘の可能性だって大いにあるのだ。ミドガルズオルムには魔物たちの力を借りるかもしれないと言ったが、実際にそれを強制させることは出来ない。なにせ、彼らは自分の『教え子』なだけだ。
(俺一人で事足りるならそれでいい。だが、救助となると一人だと無理がある……)
どうしたもんか。そう思ったとき、横にいるミリアが手を挙げた。
「私は一緒に行くよー、ジンタロウさん」
その軽いノリに、思わず眉を上げる。
「……遊びに行くんじゃないぞ」
「わかってるってー」
本当かよ、と思うこちらの前に移動したミリアは言う。
「だって、ジンタロウさんがこれから行こうとしてる所は、私たちの町と同じなんでしょ?」
この場合の『町』とは、サキトの眷属になる前、魔物たちだけで暮らしていた場所の事だろう。
帝国軍特殊部隊に襲われた町。
サキトと自分たちは、そこに強襲をかけ、帝国軍を討つ事で捕らわれていた魔物たちを解放した。そこからの流れで、今がある。
「――だったら、行くべきだよ」
●●●
ミリアは言った。助けに行くべきだと。
その言葉は、自分の過去の経験からくるものだ。
少し前、自分たちは人間に襲われた。
未知の力を持ったその人間は、突如現れ、町の魔物たちを襲い、殺していったらしい。町全体がパニックになり、そこに追加で人間がやってきた。そしてあっという間に自分たちは捕らえられた。
これから自分たちはどうなるのだろうか。その不安で押しつぶされそうだった。周囲の大人たちも抵抗無く捕まり、どうしようもなかった。否、抵抗する者はいた。だが、そうした者たちは、既にこの世にはいない。だから、皆はただ従った。
おそらく兄も自分の事を探し回っているだろうが、自分を捕らえた人間たちの装備は良質な物で、出来ることなど高が知れていた。だから、兄には自分の為に危険な事をしないで欲しいと、そう思った時、状況が変化した。
サキトたちが現れたのだ。
圧倒的な力で人間たちを倒していく彼を見て、他の皆がどう思ったのか、聞いたことは無い。
正直に言えば、あの混乱の中、自分もあの光景を見て何を考えていたかは覚えていない。だが、それまでの不安な気持ちは既に無かった。
そして今、あの時の自分と似たような状況があると判断した。
そこに自分が行って、何が出来るかはわからない。
だが、何かが出来るのならば。誰か一人でも、あの時の自分と同じように救えるならば。
行く価値はあると、そう思う。だから、もう一度、はっきりとミリアは言葉を作る。
「私も行く」
●●●
ジンタロウは内心驚いていた。
ミリアが何を思って、自分に発言したかはわからない。
(適当に言ってるかと思ったが、そうでもない)
ミリアには悪いが、彼女はどちらかといえば、ふわっとしていて周囲に流されやすいタイプだと思っていた。だが今、その言葉の力強さは目を見れば何となく解る。
気分でこちらについてくるとは言っていない。
だから、確認の為に、ジンタロウはミリアにいくつか質問することにした。
「行って、ミリアが何か出来るかはわからないぞ?」
「うん、わかってる」
「もしかしたら戦闘になって、戦うことになるかもしれん」
「えー、痛いのやだなあやっぱ行くの止めていい?」
折れるの早いな! と思うが、別にそれでいいとも思う。
と、そこで、言葉とは裏腹に、ミリアの目が変わってはいないことに気がついた。
だから、問いを続けた。
「アルドスの人間はミリアを見て、魔物だと怖がるかもしれん」
「うん、そういう人もいると思う」
「助けなど要らないと、拒絶されるかもしれん」
「うん、言われたら哀しいし、心折れるかも」
「サキトが戻ってきたら怒られるかもしれんぞ?」
「うーん、それはジンタロウさんの保護者責任問題だから私たちはそんなにじゃないかなあ」
(こいつ……!)
言っていることは正論だが、なんか腹が立つ。
とは言え、その決断に変わりないようだ。であれば、
「なら、行くぞ。
――ガルグード、ハールズ。お前たちはどうだ?」
問いに、狼男と鳥女は首を縦に振る。
「元々気付いたのは私だし、ミリアが行くのであれば行かない理由はない」
「まあここまで近所の出来事ゆえ、見過ごすのもどうかと思いますし、私も付き合いますわ」
全員の同意を得た。次にする事は、
「広場の東側、フラウとアサカに戦闘系を集めさせている。ガルグードは、あいつらの中、お前らと一緒で救助に是とした者たちを引き連れてアルドスに来てくれ」
「了解した。詳しい動きはどうする?」
「それは現場を見てみないと解らない。だから、ハールズだ」
それは、
「ハールズは魔力通信が使えたな?」
離れたところにいる相手にも意思を届けられる通信魔法。これはかなり便利だ。使用者の魔力総量や魔力環境にも寄るが、例えばサキトとゼルシア程の存在であれば、自分たちの集落とアルドス程度の距離であれば、意思疎通は可能だろう。
そして、自分も彼らに使用方法を学び、既に習得している。二人とは、魔法体系が異なるため、そこそこ苦労はしたが、これでも勇者をやっていた身だ。なんとかした。
そして、この魔法は魔物たち全員が使えるようになるべきだという判断になり、サキトとゼルシアによる講義などが行われたが、実際難しい魔法のようで、現在習得できている魔物は指で数える程度だ。
その中の一体がハールズだった。
「では、私が連絡役を?」
「そうだ。俺とミリアが先行して詳しい状況を探る。ハールズは森の外縁上空で俺とガルグードたちを繋いでくれ」
「そこで私たちの現場での行動を決めるか」
「ああ。状況の度合いにもよるが、
言葉に頷きが返ってくる。その意味がわかっているということだ。
「あとはまあ、流れだな」
勇者として、最前線で戦う事はあっても集団を指揮したことが無い身としては、現状言えることはこれぐらいだ。
他、探せばあるが、それはこの作戦に参加する全員に言うべき事で今ではない。だから、
「これより、サキトたちが不在ではあるが、俺の独断で救助作戦を開始する。各自行動に移ってくれ!」
言って、ジンタロウは東に走りを開始した。
サキトを頂点にした集団の、しかしその本人がいないところで、初めての作戦が始まろうとしていた。
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