第47話 一方その頃―――
サキトとゼルシアが、彼らが拠点としている森から離れて数日が経った森。そこでは、一見して人間のような姿をした魔物たちが、それぞれの仕事に励んでいた。
建築を選択した者たちは、自分と他の者たちの仮住居が完成した事により、ある程度手透きとなり、土木系に労働をシフトしていた。というのも生活用水のための川が、集落から少し離れているためである。農作物を育てるためには土壌もそうだが、水も重要だ。そういった意味では、やはり必要な事だろう。
現状、この集団の食料供給の手段は、大きく分けて三つ。森に自生している果実や植物、東にある湖での漁、森や北の草原における狩りだ。
これだけで食糧事情は賄えている訳だが、季節が変わればどう転がるか解らない。だから最低限、季節に変動されない食糧供給を目指そうと言うのが、主であるサキトの方針だった。
そのための農作地を作っているのが生産系を担当する魔物たちだ。
しかしこの時期はまさに季節の変わり目で、魔物たちからすれば、季節が変わればその段階で農作物も駄目になるのではないか、というのが共通の感想であったが、どうやらサキトには考えがあるらしく、彼の命に従い、各自作業に励んでいた。
このように、生産系と建築土木系に所属を置いた魔物たちが本日の作業を進めている中、戦闘系所属の者たちは森の北側に散っていた。というのも、狩りをするためである。
森自体はかなり広い面積を誇ってはいるが、生態系や動物の頭数など、完璧に把握出来ていない状態で長く狩りを続けると資源が枯渇する可能性がある。そのため、サキトやジンタロウの協議により、しばらくは控えるようにしていた。
とは言え、ずっとそのままではフラストレーションが溜まるということで、留守番監督であるジンタロウの下、魚肉で我慢していた肉食系の魔物たちが歓喜の声をあげていた。
●●●
そんなこんなで二時間前に狩りを始め、終わったのがつい今しがた。時刻としては夕暮れ時。各々が持ち帰った獲物は、集落中央の広場に集められているのだが、それを見たジンタロウの第一声は、
「――こりゃあまた……集めたなぁ、おい」
その数は魔物五十七体と人間一人で食べる量ではない。三体のドラゴンが他より圧倒的に量が多くなるのは算定しても、そもそもその他の五十四体の内、草食や雑食の者たちだっている。ミドガルズオルムも本人――否、本竜? の話だとサキトからの魔力供給で成り立つらしいので省いていいという。となると、かなり余るのではというのがジンタロウの見立てだった。
そうなると心配なのが乱獲したのでは、という事態なのだが、同行している分に、そのような感じは無かった。
また、魔物たちが報告を偽るという可能性も低い。自分に対して嘘をつくことは、転じてサキトに嘘をつくことと同じだ。短い間だが彼らと接してきて、そういう行いをする者たちではないとわかっている。
つまり、この森や北の草原にはそれだけの動物たちが住んでいるという事だ。
考えてみれば、そもそも魔物たちが町を作れるほど、この一帯は資源は豊富なのだ。それに、ミドガルズオルムの話では、この森も集落から見て、北西の方向には大分広いという話だ。計画的なのは良い事だが、慎重になりすぎなのかもしれない。
そしてもう一つ気付く事があった。これについては、ジンタロウしかわからないことだが、
(地球で見たような種が多い、か……)
見たことも無い魔獣も多い中、生前地球で見たような動物もそこにはいた。
無論、細かな種などの違いなどあるだろうが、世界が変わればもっと大きな違いは出てくる。少なくとも、自分が勇者をやっていた世界ではここまで地球生物と似た存在は見なかった。
ジンタロウにとっても、この世界の事はわからないことのほうが多い。というよりサキトたちより少し長く居るぐらいというところが実際のところで、その意味で考えるとフラウやガルグードたちのほうがこの世界について詳しいといっても過言ではない。
ただ、本人談ではあるが、オーディアを追い詰めたというサキトたちがわざわざ送られてきた世界だ。何かしら、ある。それだけは確かだ。
「サキトたちも明日明後日には帰ってくるだろうし、その辺りはその時だな。
……しかし、これどうする。冷蔵庫なんて物はないし……、氷系の魔法は俺含めて覚えてる奴は居ないはずだしなあ」
魔法が使える魔物たちがどの程度のものを使えるかは一通り確認している。威力、規模で言っても、あまり魔法が得意ではない自分よりも低い者しか居なかったので、当てにはならないだろう。
「――あれ? ジンタロウさん、どうしたんですか?」
声に振り返ってみれば、そこにいたのはフラウとミリア、そして、
「アサカか」
オーガの少女だ。オーガは、額より少し上、髪の中から一本または二本の角を生やした魔物であり、全員が、サキトの眷属になる前から人間の姿に酷似していた。
サキトたちの眷属となった魔物たちは、竜たちなどの例外を除けば、多少の違いはあれど全員が人型である。その中でも突出して人間と見間違うのが、この三体だった。
(フラウは肌と眼、ミリアは耳、アサカは角が目立つ、それさえ隠せば人間の町にも行けそうだな……)
「ジンタロウさん、アサカたちのほう見て動かなくなりましたけど、どうしました? もしかしておなか減りました? わかります、久々のお肉ですもんね」
アサカの問いに、ジンタロウが肩をすくめて言葉を返す。
「俺には責任者として色々考える事が多いんだよ。食い意地なんか張ってないさ、お前らじゃあるまいし」
「そりゃあ、おなか減りますもん。ねえ、フーちゃん、ミーちゃん」
アサカの言葉に、フラウとミリアがうんうんと同意を示した。
「……普通、こういう事言われたら、『ジンタロウさん酷いー! 女の子にそういう事言うとかデリカシー無いです!』とか言うんじゃないのか、年頃の娘ってのは」
「何です? 『でりかしー』って。おいしいんですか?」
「なんかおいしそう!」
アサカからの問いに、ミリアまで乗ってくるので、頭が痛くなる。
「今のは忘れてくれ……、否、あいつが戻ってきたら、そこんとこの教育とかしっかりしろと言わないといかんか」
先日のフラウの件もある。ちょっと年頃の娘として、嗜みとかそれ以前に、色々大事な事が抜けてるのはいけない。
「――それよりミリアってば。なんかジンタロウさんに用事あったんじゃないの?」
フラウが腕を組んでミリアに言った。
「あ、忘れてた」
「そういえばミーちゃんがアサカとフーちゃんに声かけてきたのも、ジンタロウさん探してたからだったよね」
「そうだったのか。なんか用事でもあったのか?」
と、問うてみれば、ミリアが首を横に振る。
「私は無いんだけどねー、なんかガル兄が森の外にある人間の町の事で気になる事があるから呼んできてくれないかって。」
「人間の町……? フランケン――否、アルドスとかいう難民の町か?」
アルドスについては、サキトから話を聞いただけで直接赴いた事はない。むしろ、魔物たちが人間と接触しないように、漁の時など近づかないように注意していたぐらいだ。
しかし、ガルグードがわざわざ自分を呼んでいるということは、判断に迷う事が起きたという事か。
(まさか、アルドスの人間が森に入ってきたとかか? もしそうだったら、下手をすれば、この集落の事が外に漏れるぞ……)
アルドスにはフランケン領主のヘルナル伯爵が、お抱えの商人を使って支援を行っていると聞く。その商人に、この森に魔物が巣食っているとでも報告されると厄介だ。
どちらにしろ、状況確認が優先だ。ガルグードに合流しなければ。
ジンタロウがそう思った直後だ。身震いするような魔力が近くに舞い降りる。
『――盾の勇者よ』
「ミドガルズオルムか。どうした? あんたから俺に声をかけてくるなんて」
『ああ、我としては気に留めることではないのだがな。王と天姫が以前出向いた先だ。何かしらの縁を結んだ可能性も在る故、放置も出来まいと思案してな』
「……えーと、つまり?」
『端的に言えば、
「――それを早く言ってくれ!! ミリア、ガルグードは何処だ!?」
「こっちー、ついてきてー!」
先を行くミリアを追うために、ジンタロウが走り出した。
「フラウとアサカは戦闘系集めて広場東に待機させろ! 各自、武装も携帯して、だ!」
「了解です!」
返答を聞いて、ジンタロウは加速を開始する。
横、ミドガルズオルムが飛翔でこちらに追随してくる。
『……王に知らせるか?』
「否、まだどういう状況かも把握できてない。それに、この時間、あいつらが繁華街に居たら、あんたが行くとかなり面倒事になる」
ヴォルスンドは竜に関してかなり気を張っている。フランケンはその手の雰囲気に関してはまだおとなしい方だが、そんなところに魔王級――それ以上の魔力を持ち合わせた竜が出現したとなれば、面倒では済まないかもしれない。
とは言え、状況次第ではサキトの力と判断が必要になる。自分はあくまで魔物たちの面倒を見てるだけであって『親』ではない。
「まずは俺の方で様子見だ。事によっては魔物たちの力も借りるかもしれんが……」
ミドガルズオルムも、魔力の流れを読んだだけで、実際に何が起こっているかはわからないようだ。ならば、自分の目で確かめる他ない。だが、ある程度の推測ぐらいは出来る。腐っても勇者をやっていた身だ。
『それくらいはかまわんだろう、王とて何も言うまい』
「だろうな。それじゃあ、俺が、俺では無理だと判断した時点であんたに頼む。そうしたらサキトの所に
『承知した。それまではここで待機していよう』
それを最後にミドガルズオルムが後方に離脱する。
対し、ジンタロウは振り返らずに前を行くミリアを追いかける。
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