第46話 冒険者ギルドⅣ

「―――いや、すみません。そう思われてるとは想像してなかったもので」


 ヤーガンが初めて見せたその表情に、おっ、と思いつつ、先に詫びを入れた。


「正直なところ、どう答えたものか困ってるんですよ」


 ただ、まずヤーガンの想定は否定はしておく。


「先に言っておきますが、俺は帝国の勇者ではないですよ」


「……その証拠は示せるのかい?」


 当然の疑問だ。


「いえ、その辺りは何も。ただ信じてくれとしか」


「ふむ……」


 ヤーガンが口元に手を当て、こちらをじっと見つめた。


 判断しかねているのだろう。俺たちが自分の『敵』であるか否かを。


 だから、まずはその迷いを断つ必要がある。


 ヤーガンは愚直なタイプの人間ではない。それゆえに、俺たちをいきなり拘束という手段ではなく、このような場を用意して、こちらを見極めようとしている。ならば、ある程度を開示し、信用を得た上で『味方』にしてしまえばいい。


 ただし、肝心の部分である女神オーディアとの関係や現状、魔物たちを率いているということは伏せておいて、だ。


「……ヤーガンさんは『転生者』というのはご存知で?」


 問いかけに、数秒間を空けてヤーガンは頷いた。


「……知っているよ。異世界で生を終えた者が、その自我をそのままに別の世界に生れ落ちる―――それが転生だ」


 僕も最初は御伽噺だと思ってたけどね、と付け加えたヤーガンは自分の分の茶を飲み干した。


「まさか……君たちがそうだと?」


「そう言った方がそちらとしてはまだ説得力があるんじゃないですか?」


 問いに、俺は問いで返した。


 ふと、隣を見れば、ゼルシアがこちらを見ている。何も言ってはこないが、言いたい事はわかる。それを言ってしまって良かったのかと。何故なら、


「しかし、僕の知っている限り、転生者とは別世界から召喚された勇者の事を指す。それだと君たちが勇者だと自分で言っているようなものだけれど」


 この言葉から解るのはオルディニアの勇者は、少なくともヤーガンが知っているものは全員、異世界から召喚されている存在ということ。


(ますます面倒な国っぽいな)


 だが、今はヤーガンを言い包める方が先だ。


「転生した者全てが勇者という訳ではないですよ」


「……へえ、それは初耳だ」


 ヤーガンが自らが知らぬ事に興味を示したのか、身体を前のめりにする。


「というよりも、前世で何かしら力があった、もしくはその後に何かがあった者が転生者となる―――まあ、自分の事になって知った話ですけどね」


 嘘ではない。事実、俺の場合もこれに当たる。


「ということは君たちは……」


では勇者をしていましたよ」


 本当は前の前だが、今ここで魔王をやっていたとか話がさらに複雑になるので、簡略しておく。


「勇者時代は基本戦いに身をおいて休まる時はほぼ無かったんですよ、悲しい事に。で、色々あって、先日気付いたら妻と共にこの世界に降り立ってました。さすがに驚きましたよ」


「それはまた……、だから、ヴォルスンドに入るのも苦労したと?」


「そうですね。幸い、この世界に転生してから出来た縁で難を逃れましたけど」


「……ふむ。モンドリオ氏を賊から救助したという一件だね?」


「拠点にしたところを中心に散策していたら、丁度遭遇したんですよ。流石に放ってはおけませんでしたし」


「……聞いていた話とは合致しているね」


「加えて言うなら、この世界に来た時、周辺に召喚した者は見かけませんでしたし、今の今まで接触もない、という事は俺たちはこの世界においては勇者としての役割は持っていないんでしょう」


 ヤーガンが一度目を閉じた。おそらく、頭の中で、今まで入れていた情報と、今仕入れた情報を整理しているのだろう。


「勇者だった、ということは、サキトさんたちも何かしらの力を持っているという事でいいんですか?」


 横、ビオラが、ヤーガンが置いた容器を回収しながら問うてきた。


(やっぱり聞かれるか……。さて、ここはグレイスホーンの件に絡めるなら馬鹿力を持っている、とかでもいいんだろうけど)


 より説得力を持たせるなら、それに加えて『モノ』を見せるのが良い。


「ええ。スキルで、という形なら、こういうのがありますね」


 言って、俺は左腕を横に伸ばす。その動きに、ヤーガンと、そしてビオラが警戒の動きを見せようとするが、それよりも先に俺は動作を終わらせる。


 光と共に俺の手にあるのは、


「……人形?」


 ビオラが、間の抜けた声で言った。


「機工人形―――俺のスキルで作った魔法の人形ですよ」


 テーブルの上、置かれた機工人形が自立する。


「う、動いた……! これ、魔法なんですか!?」


「正確に言えば違いますけど、説明が面倒なのでそうとってもらって結構です」


 テーブルから飛び降りた機工人形は、くるりと振り向いて今まで自らが乗っていたテーブルを持ち上げる。


「ほう、この大きさなのにこのテーブルを持ち上げるのか。動きもそうだけど、力もすごいんだね。魔力を感じないから、君が魔法を使っているという訳でもない」


「はい。この機工人形は一例ですけど、先日のグレイスホーンを止めたのもこのスキルで作った物の結果です」


 これは嘘であるが、今見せた機工人形がこの嘘を真実へと押し上げてくれる。


「―――これで俺たちが元勇者だと信じてくれましたか?」


「……そうだね。君たちの話には整合性はあるし、よく考えたら帝国の間者がこの状況になる事を想定しないで、あんな事をするわけも無いか」


 グレイスホーンを止めてフランケンを救い、こんな状況に陥るとしたら相当間抜けな間者だ。少なくとも、諜報には向かないことは確かだろう。


「……君たちが帝国の者ではない、ということはわかった。しかし、その上で、僕には新たな懸念が出てくる」


 それは、


「元勇者様の目的だ」


「単純な話です。隠居生活―――と言ってしまえば極端ですが、落ち着いた生活ですよ。先程も言いましたが、俺らは前世ではまともな夫婦生活も送れませんでしたからね」


「それだけかい?」


「まあ、そうですね。あとは、今ここで話したことを他言しないでくれると助かりますね」


 言葉に、ヤーガンが目を細めた。


「何故だい? 一応、冒険者ギルドの支部長としては、上に顛末を報告しないといけないのだけれど」


「ヤーガンさんの方が解ると思いますけどね。

 俺たちは前世で勇者として担がれた―――それは力があったからです。そして今でもその力は失われていない。そんな人材を、オルディニアの上層部が見逃すと思いますか?」


「それは……」


「自意識過剰ならそれでいいんですけどね。でも、聞いている限り、こちらに何かしらの接触をしてくる可能性の方が高い。まあ、これはオルディニアに限った事ではないでしょうけど」


 おそらく、ヴォルスンドも俺たちの事を調べてはいるはずだ。そうなると、ヘルナル伯爵、またモンドリオとの接触も注意しなければならないだろう。


「率直に言いましょう、俺たちはいかなる組織、国家の接触も拒否しますよ。冒険者ギルドが例外なだけです。生活をする上で金銭は必要ですから」


「……それこそ、勇者としてオルディニアに行けば、衣食住は保障されると思うけど」


「そうでしょうね。だけど、絶対にをさせられるのは目に見えている」


「……」


 


「この話を聞いたのは、ヤーガンさん、そしてビオラさん、貴方たち二人だけだ。つまり、貴方たちが黙っていれば、少なくとも今の話が広がる事はない。言い換えれば、オルディニアから何かしらの接触があれば、貴方たちを疑うしかない」


 実際はそうではないが、今はこの言葉だけでいい。


「―――僕らを脅迫するつもりかい?」


「取引と言って欲しいですね。俺たちは、そちらが必要であれば、仕事―――クエストとしてなら、場合にもよりますが請け負います」


 Bランク以上の人材が少ないこの地域で、先のグレイスホーン襲撃のような事があれば、その時は駆けつける、と。


「代わりに、君たちの事は黙っている……、いや、誤魔化しておけと。そういうことだね?」


「ご明察です」


 俺は、ヤーガンが目を伏せ、手を額にやるのを見た。


(さて、どう出てくる……?)


「―――いいだろう。サキトくんの誘いに乗ろうか」


「支部長!?」


 ビオラが驚愕の顔をヤーガンに向ける。


「ビオラさんも。このことは胸の中にしまっておくようにね」


「……しかし……」


 不服そうなビオラに、ヤーガンが肩をすくめる。


「駄目だよ。この場合、『敵』を作らない方を優先させるべきだ。少なくとも、この二人を『敵』そこに配置するとね、危険だって僕の感が言っている。

 これでも、そこそこ潜り抜けてきているんだ。それはビオラさん、わかってるでしょ?」


「……っ……、わかりました。支部長に従います」


「うんうん、ありがとうねー。

 君たちも、これでいいんだろう?」


「ええ。賢明な判断、ありがとうございます」



 ここに、俺たちとヤーガンたちの密約が出来上がった。

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