第45話 冒険者ギルドⅢ
「―――Fランクの冒険者と言ったはずですが?」
室内の空気が一気に張り詰めたものに変化するのを俺は悟った。
まさかダイレクトに聞いてくるとは思わなかった。
正面、ヤーガンの表情は変わってはいないが、しかし、
(眼が笑ってないな)
殺気は感じない。が、得体が知れないものに対してすぐ動ける―――そんな様相が彼からは感じ取れる。
「別にそれが違うとは言ってないさ。だけど、僕らも僕らで管理責任があるし、君たちは普通じゃない事を成し遂げてるからね。こっちも仕事として、一応君らの事は調べさせてもらった。
その上で、君たちにはいくつか気になる点がある」
ヤーガンが言葉を続ける。
「まず一つ目。さっきの話から繋がるところもあるんだけど、冒険者ギルドってオルディニアの友好国や周辺国には必ずあるんだ。ヴォルスンドと―――あとはガイウルズ帝国が例外なだけでね」
そして、
「ギルドの知名度は高い、田舎の村の子どもたちですら知ってる程だ。だけど、君たちはそうじゃないときた。オルディニア側からフランケンに来た旅人としてはかなり稀なんだよ、有り得ないと言ってもいい」
「……」
わかってはいた。オルディニアをよく知らないヘルナル伯爵やモンドリオ相手ならば、今まで使っていた言い訳は通じた。だが、オルディニアを知っている人物相手にそれは使えない。
「二つ目だ。君たちは初めてヴォルスンドに入国する際、少々特殊な方法で入国したそうだね」
「……まあ、はい」
モンドリオの手引きによる特殊な入国。言ってしまえば、不法入国に当たる。
「おかしいんだ。お金は持ってないとしてもね? オルディニアを出る時には必ず出国手形が配布される。フランケンに入るだけなら、それがあれば認められるし、説明もされる手筈になってる」
ということは、
「君たちがオルディニアから来た可能性はかなり低くなる。ヴォルスンドとオルディニアの間にはいくつか集落もあるけど、そこは既に人口調査もなされてて、グレイスホーンを片手で追い返すような若者は確認されていない」
指を二つ立てたヤーガンは三つ目を立てる。
「最後。端的に言っちゃうとね、
至極全うな意見が来た。
『……いかがいたしますか? サキト様』
隣、身体を一切動かさずに、ゼルシアが訊いてくる。
『……向こうはこちらの実力を知らない。だから、いきなり敵対する選択肢は取らない筈だ』
グレイスホーンを撃退したことから読み取れる俺の戦闘力はあくまで、最低これくらいはできるという『下限』だけだ。『上限』がわからないまま、迂闊に戦いに移ればどうなるかぐらいヤーガンがわからないはずがない。
それでも問うてきたのは、俺たちにここで暴れだすメリットが無く、しかもそれを俺たち自身が理解している、とわかっているからだろう。
『だから悩むんだよな……、この人に下手な嘘は通じない。かと言って……』
正直に答える、と言う選択肢は無いだろう。実力者とは言え、ヤーガンはあくまで普通の人間だろう。そんな者を相手に、俺たちの今までと現状を話したとして、信じるものだろうか。
(というより、魔物を率いている以上、客観的に見れば俺は人間の敵側だ)
無いとは思うが、あの森にギルド総勢でやってこられたら、面倒どころではない。
そして、それ以上に俺が懸念していることがある。それはヤーガンがオルディニアの人間だということだ。話の流れからして、彼がかの国から派遣されたというのはわかっている。
オルディニアについて、俺は嫌な予感がするのだ。その国名と多くの勇者を抱えているという点が、どうしても
仮にこの予感が的中したとして、ヤーガンがオーディアと直接繋がっているとは考えにくいが、こちらの情報が伝わる可能性もある。
そうなった場合、オーディアは俺を殲滅するために何かしらの手段を講じるはずだ。しかも、自らの手ではなく、手駒を使ってだ。そうなると、俺としては単なる無駄骨になる。
さて、どうしたものかと考えていると、こちらから言葉が返ってこないからか、ヤーガンが口を新たに開く。
これは予想でしかないけど、と前置きをして、
「……僕はね、君たちがガイウルズ帝国の勇者かもしれないと睨んでいる」
●●●
普通の人間にはできない事も、何らかの力を持った者たちならば、それも容易だ。だから、単純な思考ではあるが、この者たち―――少なくとも青年の方は勇者である可能性が高い。
それが、ヤーガンの出した答えだ。
ただ、勇者と言っても、根本は人間だ。個々によって、その性質は変わるし、なんなら所属する場所によっても変わってくる。
オルディニアの勇者が一概に良いとは思ってはいない。なにしろ、数が多い。何人かとは面識があるが、誰もが善人というわけではなかった。正義感がある者もいれば、自らの欲を満たすために働くものもいた。
しかし、あくまでオルディニアの統制下において、認められている範囲であり、そういった意味ではまだ管理下に置かれていると言えよう。
ヴォルスンドに関しては、勇者は一人しかいないことは確認済みだ。既に面識もある。
しかし、ガイウルズ帝国に関してはそもそも国自体が未知な部分が多い。勇者を有している、という情報はオルディニアでも手に入れているが、それがどういった者なのか、また、人数はどれくらいかなどの情報は手に入れていないはずだ。
そして、帝国は攻撃的な国家であるのも大きな特徴といえよう。
現在でも、オルディニアとガイウルズの国境では、小規模な小競り合いが起こっている。
そんな国から間者がこのフランケンに派遣されているのはむしろ当たり前の事だ。それが、勇者だったとしたら驚きではあるが。
(でも、現状で言えばそれ以外考えられないのが実際のところだよねえ)
ヴォルスンドの勇者が有り得ないとして、オルディニアから勇者が来訪しているということも無いだろう。
なにせ、ここは冒険者ギルドが置かれたとは言え、ヴォルスンドだ。そんなところにオルディニアが勇者を送り込んだとなれば、国際問題になる。勇者とは言い換えれば、人間の姿をした戦略兵器と言ってもいい。
それに、自分に話が来ていない時点でそれは無い。
(……
逆に自分に、勇者の管理という面倒な仕事を真っ先に押し付けてくるはずだ。
第三国、という線も薄い。今のところ、周辺国で勇者を召喚しているのは、ヴォルスンド、オルディニア、ガイウルズの三国だけで、他は勇者召喚を公表していないし、勇者召喚に成功したとすれば、国家の威信を発信する意味でも公表はするはずだ。
と、なれば、やはりガイウルズの勇者という選択肢しか残らない。
(……だけど)
実は、ヤーガンにはそれ以外にも想定している可能性があった。
否、正しく言えば、想定外とも言えるだろうか。
それは、
(この二人が勇者ではない―――そもそも人間ではなかった時の事だ)
―――魔物。
淫魔や吸血鬼が人型の個体を取るのは周知の事実だが、それよりも上位の存在が人の姿を模倣しているという可能性は無いだろうか。
杞憂ならば良い。
だが、そうだった場合、勇者相手とはまた別の意味で面倒な事になる。
だから、少なくともこの者たちの正体は知っておきたい。
(まあ、正直に話してくれるとは思わないけれども)
そこはそれ、自分の力の見せ所というものだろう。
さて、どう返してくる。そう思ったときだ。
「……は……」
返ってきたのは苦笑だった。
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