第44話 冒険者ギルドⅡ

 冒険者ギルドについて、どの程度を知っているか。


 その答えはすぐに返せる。


「そうですね……、基本的なこと―――それこそ、ビオラさんから教えて頂いた事ぐらいですよ。ギルドカードのことやランクのこと、クエストの進め方ぐらいです」


「ふーん、一般のFランクと同程度、ぐらいかな。じゃあ、それ以外……ギルドの成り立ちとかは?」


「申し訳ないですけどさっぱりですね」


 支部の長相手に嘘をついても仕方が無いので、ここははっきりと正直に言う。ただ、本当にそれしか知らないので、ギルド憲章とやらは一度確認しておいた方がよかったかもしれない。


「んー、それじゃあ将来有望な冒険者の君たちに支部長の僕が少しギルドについて補則を入れておこうか」



●●●



「まず、基本的なところからいこうか。そうだね……冒険者ギルド、その中心たる『本部』があるのはどこだと思う?」


「こちらが知っている情報は先程述べたとおりですが……その上でこちらに問うのは無意味では?」


 ゼルシアは言葉を返し、半目でヤーガンを見るが、フードを深くかぶった状態だと意味の無い行為だとすぐに自覚する。


 向こうからみれば、こちらの表情は読み取れない。見えるのはせいぜい口元ぐらいまでだからだ。対し、こちらは魔法による補助でこの状態でも普段と変わらない視界の広さだ。


「まあ、そうなんだけど予想とか聞きたいじゃない。というかあれだね、ようやくゼルシアちゃんも口を開いてくれたね」


 今の今まで、対応をサキトに任せてしまっていたが、つい口を出してしまった。が、サキトからは何も無いので、問題ないということだろう。


「―――それで本部という話でしたか。そちらの要求どおり予想を述べるというのであれば……無難な答えとしては、ヴォルスンドの王都ヴォルムトでしょうか」


 このフランケンはヴォルスンドの中でも有数の都市だと聞いているが、それでも支部止まりだと言うのならば、単純に考えてそれよりも人が集まるところ、つまりはこの王国の首都である王都ヴォルムトが適切だ。


 だから、そのように答えてヤーガンを見たゼルシアは、直後に眉をひそめた。


 彼が笑みを深くしたからだ。それも、端的に言えば、ニヤケ面をだ。


 それはつまり、


(正解ではない……そういうことでしょうか)


 どうもこの男は言動から真意を測りにくい性質の人間だ。今までサキトに付き添いながら過ごしてきた世界でも、こういったタイプの人間は多々居たので対応できないという事はないが、やりにくいのは事実だ。


「……冒険者ギルドのような組織の場合、人口が最も多いであろう首都に本部を作るのが基本であり、例外としては本部機能を持つ施設を造る土地が無いなどの物理的要因があるか―――」


 もしくは、政治的な要因があるか、だ。


 そう思うと同時、隣に居るサキトが、あー、と言葉を作った。


「そういう話はよくあるけど、今回は違うと思うぞ」


 腕を組んだサキトが一つの回答をした。


「そもそもヴォルスンドじゃないんだろう、冒険者ギルドの本部があるのは」



●●●



 一つの組織が、複数の国に跨って運営されている。


 これ自体はよくある話だ、と思う。地球においても、多国籍企業や国際NGOなんてものが存在するからだ。


 ただ、『思う』として、断定しないのは、今まで過ごしてきた世界のうち、半分はそうで、半分はそうではなかったからである。


 無論、世界各地を転々とする商人などはよく見たが、あくまで個人単位の話で、ここまでの組織を見たのはそれこそ地球時代、そして最初の勇者時代だろうか。


(まー、うち一つは俺自身で世界征服しちゃったわけだから、人間側に余力はなかったんだけど……)


 そう考えると、その後に、自分で追いやった人間たちの勇者になったあの時が一番物理的にも精神的にもきつかったと思う。


 ちなみに二度目の魔王時代はこの世界と同じく魔王が乱立している世界ではあったが、人類側は人類側で一つに結束していたために『国』という概念は薄いようだったので、今回のケースとはまた違うだろう。


 そして、ここ、フランケンから最も近いであろう国。それは、


「―――神勇宗国、オルディニア」


 俺の言葉に、ヤーガンは先程とはまた異なる笑みをこぼした。


「ふむ……、その様子だと誰かから聞いた、という感じでもなさそうだね?」


「直接的には、ですけどね。色々聞いて回って、フランケンの事情はある程度わかったつもりですし」


 少なくとも、フランケンが持つ役割などは理解した。


(要は『出島』なんだろう、フランケンは)


 そもそも、ギルドカードまたは多少の金銭等があれば出入国が簡単な時点でおかしいとは思っていた。普通、一国の出入りには多少なりともそれ相応の審査が必要だ。


 ある程度の自由な出入りとしては、地球のヨーロッパ地域における欧州連合などの実例があるが、このヴォルスンドとその周辺国がそのような状態にあるとは聞かなかった。


 そして、肝心のギルドカードも特に厳しい審査も無く発行されている。これでは、国家の安定を脅かす存在に対し、防衛手段が無い。


 そのように考えたため、実は試しにフランケンから王都などがある南や西側の方に行こうとした。だが、フランケンからは出られなかった。否、フランケン周辺の草原や森などには出れるのだが、その先のヴォルスンド内地への街道には砦が設けられ、簡単に行き来ができないようになっていた。話を聞いてみると、ギルドカードや金銭では行き来できないようで、役所で発行される専用の通行手形が必須ということだった。


 つまり、フランケン周辺には比較的簡単に入れるのだが、そこからさらにヴォルスンド内地に入るには、厳正な手続きが必要だったのだ。


 もちろん、街道以外を通ればいい話も考えられるが、街道自体にもそこそこの魔物が出現することから、街道から外れると魔物出現率は上昇するはず。さすがに街道や砦周辺で強力な個体が早々居るとは思えないが、スパイ活動をする上で邪魔な障害になるのは確実だ。


 そして、フランケンがこのような状況にある中、俺たちはある者たちからとある話を聞いていた。


 それは、他のヴォルスンド都市部や農村からこのフランケンにやってきた者たちだ。彼らは様々な理由でこの土地を訪れていたのだが、そんな中、少なくない数の人間がこう言ったのを覚えている。『ギルドがあり、冒険者になれるから来た』と。


 出身を確認すると各地の農村出身者だけでなく、王都であるヴォルムトや他の都市から来た者たちだった。つまり、そこにいては冒険者になれない=冒険者ギルドが無い。


 よって、ヴォルスンドにはフランケン以外の冒険者ギルド支部が無い、という仮定は事実に近くなる。そして、その場合、冒険者ギルドとは、そもそも何処からきたのかという話に当然なる。


 フランケンから近いのは、隣国であるオルディニアだけだ。緩衝地の向こうまで考えれば帝国なる国もあるが、現状の情報からそれはほぼ無いとする。


「―――まあ、仮定に仮定を重ねただけの答えですけどね。でも、その様子からして当たりみたいで良かったですよ」


(間違えたら間違えたで、むかつく顔で説明されそうだし)


 むしろこっちが本音な訳だが、結果オーライ。


「そうだねえ、まさにサキト君の言うとおりで、冒険者ギルドの本部はオルディニアにある。このフランケン支部は数年前にできたのさ。それが『オルディニア側の要請』だったか、『ヴォルスンドの誘致』だったかは今ここでは言わないけど―――」


 一度言葉を区切り、肩をすくめたヤーガンは、


「Bランク以上の実力者ともなると、既にヴォルスンドの要職についてたりするわけだ。支部長の僕が言うのもなんだけど、冒険者って人によっては生活が安定しないからね。対し、生活が安定してる中、わざわざ国境近くの都市まで来て冒険者になるって人は今のところいないんだよ」


 だから、


「Aランクはフランケンには存在しない、を除いてね」


「―――なるほど、それが貴方だと」


 ゼルシアが言った。


 Aランクになれる指標がどの程度かはわからないが、受付嬢や技師などにAランクを配置するわけが無いので、そこに当てはまるのは必然的に、他国に初めて創設される支部のまとめ役になる。


「そういうこと。まあ、あとはギルドの成り立ちとかも僕としては教えてあげたいんだけど―――」


「支部長」


 ヤーガンの言葉を区切るように、受付嬢ビオラが言葉を作る。その声色は、先程までの彼女のものとは異なるそれだ。


「……こんな風にビオラさんに怒られちゃうからそれは君たちがBランクぐらいになったら教えてあげよう」


「……色々あるみたいですね」


 ヤーガンもそうだが、ビオラもただの天然お姉さんというわけではないようだ。


「そ、色々あるんだよ。

 ……そして、今現在僕を悩ませている問題の中で一番大きいのがだ」


「―――」


 茶を飲み干し、器をテーブルに置いたヤーガンに言われる。


「……力があるだけならやりやすかったんだけどね。今のやり取りだけで、考える力と行動力もそこそこあると判断できる」


「それはどうも」


「だから、この際率直に聞こうかな。

 ―――君たち、何者だい?」

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