第41話 フルムの朝

 朝。早朝ではない、しかし、まだ朝と言っても差し支えないだろう時間に、俺は部屋を出た。


「……疲れた」


 そう言って部屋の方を一度振り向く。部屋の中では、ゼルシアが寝ている。数刻前、まあこんなところでしょうか、と言って、気付いたら寝てしまっていた。


 こちらはこちらで、水浴び場で生成したお湯で簡易シャワーでリフレッシュし、そのままアルカナム製作の作業を続けて今に至る。


 つまり寝ていない。


 元々、極論を言ってしまえば、睡眠も食事も要らない身体に改造してしまっているため、要らないと言えば要らない。魔力で代用できるからである。ただ、有ると無いとでは、人間としての心持ちとか、精神的な豊かさが異なるので、やはりその辺り大事だとは思う。


(朝飯は何だろうなー)


 階段を下りながら思案する。


 モデルトの料理は俺が食べてきた物の中でも、指折りだ。勇者時代、それなりに豪華なものを食べる機会はあったので、その俺がそう思うなら相当な部類だと思う。無論、『豪華』という意味合いで言うならそうでもないが、食べてみれば身体に染み渡るあれは、美味いという言葉がまさに的確だろう。


(……まー、ゼルもあの調子で頑張れば、同じかそれ以上になりそう)


 どうせなら、弟子入りして、二人の料理の食べ比べとか色々楽しそうではある。


「それも目下の心配事を解決してからだなー―――っと、リンさん、おはようございます」


 一階に下りて、フロント兼食堂を見れば、リンネルが受付で作業をしている。声をかけると、顔を上げた彼女はにっと笑い、返事を返してくる。


「おー、おはようさん! どうしたの、ちょっと遅いんじゃない?」


「そうですかねー。まあ、ちょっと作業してたんで」


 前回宿泊した時は大体朝早く起きていたので、その時を基準として見れば、だいぶ遅いだろう。


「モデっさん、います? 腹減っちゃって」


 いつの間にか愛称で呼ぶようになるのは自分の癖なのだが、どうやらこの夫妻はそれを許してくれたらしい。問いに、リンネルが頷く。


「うん、厨房にいるよ。あなたー! サキト君の朝ごはんお願いー! ……って、あれ? ゼルシアちゃんは?」


 いつもサキトのそばに控えている少女がいないことに違和感を覚えたリンナが首を傾げる。


「あー、ゼルはまだ寝てます。たぶん、昼まで起きないと思うんで、一人分お願いできます?」


 ゼルシアも俺と同様、睡眠や食事が必須というわけではないが、無理に起こす必要も無い。仮に早く起きてきたなら、出掛けがてらに外でとればいい。


「はいはい、一人分ねー。珍しいね、あの子がサキト君の隣に居ないの。ゼルシアちゃんってきっちりしてると思ったんだけど」


「……ゼルは俺より遅くまで本を読んでいたみたいで、仕方ないです」


 というより俺も寝ていないのだが、と内心でツッコミを入れて、席に座る。


「温めなおすだけだからちょっと待ってなー」


「すみません、リンさん。お手数かけます」


「いいのいいの」


 厨房に向かうリンネルに手を合わせて見送る。そのままぐだーっと、姿勢を崩した俺は、異空間倉庫から白紙とペンを取り出した。今後の予定を改めて確認するためだ。まさか人前で《絵描き人ドローイング》を使う事はできないため、このようなものも常備している。


「……問題は資材やらの物資だな」


 俺とゼルシア、ミドガルズオルムにジンタロウだけで考えていたのが、いつの間にか大所帯になっている。木材や石材などの建築などに使うものはいいとして、やはり食料が問題だ。


(フラウたち曰く、リザードマンの主食は魚、カクターグやフロッガームは虫を中心とした雑食。ゴブリンやオーガ、ハーピー、スライムなんかも割と雑食だから穀物でも大丈夫。問題はガーウルフと竜たちか……)


 狼が元の魔物だ。さすがに穀物や魚だけというのは無理がある。竜なんて言わずもがな。


 ちなみにカクターグはサボテン由来、フロッガームはカエル由来の魔物だ。


(今は果実や森にいる小動物を環境が変化しない程度に狩ってもらっているが、いつまでもそれだともたないな……)


 今、森の中で始めている菜園の他、家畜という選択肢も視野に入れねばならない。もしくは魔物たちの情報で、森の北部に広がる草原や別の森に多数いると言う草食動物を狩猟するか。狼と竜、という種族のことを考えると後者のほうが楽だろうか。


(とにかく、全部を全部購入するってわけにもいかないか)


 いくら、銅貨が何千枚あるとはいえ、物によってはそこそこの値段もするし、手持ちのヴォル銅貨だけでは足りない可能性もあることを考えると、やはり市場などよりも先に、ギルドの方で少し稼いでおくべきだろうか。


「ってか、俺の事、ギルドの方だとどういう扱いにしてるんだろう」


 冒険者として、ギルドに登録してしまった手前、『冒険者サキト』という個人の情報は存在してしまっている。そして先のグレイスホーンの一件は、その日のうちにギルドに伝わってしまっている。


「初日以来行ってないもんなー、ギルド」


 改めて考えるとそれもどうかと思うが、初日で大金を稼いでしまったため、ギルドには用事が無かった。しかも、行けば行ったでどうせ、グレイスホーンの話で持ちきりなのは目に見えていて、それに巻き込まれるのはごめんだった。


 今はあれから一週間以上経っている。さすがに沈静化しているだろうし、情報を集めるのにも、うってつけの場所だ。向かうべき場所の一つとして数えてもいいだろう。


「あとは……モンドリオさんも訪ねてみるか」


 俺とゼルシアがこの世界に来て初めて知り合った人間で、フランケンを預かる領主ヘルナル伯爵お抱えの商人である。そして、

 

「兄さんがどうかしました?」


 モデルトが言いながら料理を持ってくる。モンドリオは、フルムの主人であるモデルトの、実の兄だ。とは言っても、歳は離れているようで、似ていない兄弟なのは確かだ。


「あー、いえ、昨日は遅くにフランケンに入ったので、モンドリオさんに挨拶とかできなくて。数日はいるつもりなので、そのうち挨拶に行こうかなと」


 実際、昨日はフランケンに入ったのは夕方で、ほぼフルムに直行だった。既に貸し借り無しの関係だが、モンドリオはその立場上、繋がりを保持しておいた方が何かとお得だ。それに、そういった損得勘定無しに人間付き合いするのも悪くは無い。


 そのような事を考えた時、リンネルも厨房から戻ってきた。追加の料理を持ってきた彼女は、それらを俺の前に置くと、


「あれ、でもこの時期って確か領国会議やってるはずだから、義兄さんはフランケンにいないんじゃないかい?

 あ、これスープね」


「ありがとうございます。ところで、領国会議って何ですか?」


 問いに、リンネルが一度首を傾げたが、数秒置いてから口を開いた。


「あぁ、サキト君はヴォルスンド民じゃないから知らないか。領国会議っていうのは、半年に一度、各地の領主が王都ヴォルムトまで行って、王様にそれぞれの領地の財政状況の報告とかするらしいんだ」


「もちろん、フランケンからはヘルナル様が参加されるんですが……、モンドリオ兄さんはお抱えの商人として随行するんです。ヘルナル様の補佐として、また、王都での買い付けもしてるみたいですね」


「なるほど……ん、やっぱモデっさんの料理は美味いですね」


「はは、ありがとうございます。ですから、今、兄さんを訪ねても無駄足になる可能性が高いんです」


「わかりました。いつ戻ってくるかもわからないんですよね?」


「例年なら会議自体はもう終わってるはずなので、そろそろフランケンの近くまで戻ってきているかもしれませんね」


 ならば、この数日中には再会できる可能性もある。それに、王都で買い付けをしてくるというならば、王都でしか買えない物や情報なども入ってくる可能性もある。


(それにしても、領国会議、か……)


 スープを飲みながら、今しがた聞いた言葉を思い返す。ヴォルスンドは地図を見た限り、国土はかなり広い方だと思う。その分、国内の問題―――例えば経済などを始めとして、アルドスのような難民や貧困問題、治安維持、農業など問題は多いだろう。

 

 そして、北方には国の名の由来とも言えよう、魔竜が存在している。


 そういった要素を考えると、そのような会議が定例で行われている事は自然な事だ。半年に一回というのは聊か少ない気もするが、それも国土が広い分、各地の領主が王都まで往来する回数が増えるとそれだけで疲弊に繋がるからだと理解できる。


 さすがにその辺りの事は機密だろうから、モンドリオがこちらに喋る事はないだろう。


(ともすると、今日は市場の方とギルド。どちらにしろ、午後からだな)


 上階、ゼルシアはまだ眠りから目覚めてはいない。無論、呼べば起きるだろうが、無理に起こす気もないし、朝食を取り終えたら彼女が起きるまでアルカナム製作の続きをして待つつもりだ。


「とりあえず今日は午後から出掛けます。あ、部屋の方はそのままでいいので」


「はいはい、御代はもらってるから二人の好きなように使って」


「ありがとうございます」


 言って、俺は食事に集中することにした。

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