第42話 二回目のギルド訪問

「……調子良さそうだなぁゼル」


 俺は、隣を歩くゼルシアを横目で見ながら言った。


 場所はフランケン中央通り、祭りかと思うぐらい人がごった返す中―――ではなく、その一本隣の通りを俺とゼルシアは歩いていた。


 時間が午後。昼前に目覚めたゼルシアを身支度させ、市場で物資の価格調査を兼ねて昼食を取り、今はギルドに向かっている。


「……はい。サキト様からうば……頂いた魔力の完全変換が完了しましたので」


「否、別に言いなおさなくても事実は変わらないって」


「…………」


 そのまま言い返してこないのは、多少強引だったと反省しているからだろうか。


「――まあ、昨日も言ったけどさ。別にゼルが俺に何かを要求するのは悪い事じゃないし、ゼルがそういう風に変わるのは俺は嫌じゃないんだよ。まあ、いきなりクーデレ天使からワガママお嬢様とかになったら狼狽うろたえるけどさ」


「……はい」


 ゼルシアの素直な返答に、真面目だなーと苦笑する。だが、そこがゼルシアの良いところだと思うし、無理に変わる必要も無いだろう。


 と、前方に大きな建物が見える。以前、訪れた時と変わらぬ人混み具合の施設。ギルド、フランケン支部だ。


「ほら、もうギルドにつく。市場の方は直接俺の顔を見ても騒ぐやつはいなかったけど、今度はそうもいかないと思うから、ゼルも気をつけてくれよ」


 俺たちがギルドに向かう理由は二つ。


 一つは情報収集のやり易さだ。市場の方もそうだったが、人が多ければ多いほど、情報は集まりやすい。その分、真偽を見極める事は必要になってくるが、単なる噂話でもこの世界の事についてあまり知らない俺たちにとっては重要な情報源だ。


 二つ目が、俺の扱いがギルドにおいてどのようになっているかについての確認だ。ギルドに加入し、最低ランクのFランクから始めたあの日、Cランク―――それもその中でも特殊な部類に入る魔物、グレイスホーンを一人で退けた事で大騒ぎになり、その後ギルドで軽い聴取を受けた。その後は、大金も手に入った事で一回も立ち寄っていないので、あの件がどうなっているかがわからないのだ。町を救った手前、そこまで悪い扱いではないはずだが、だからと言って油断はできない。


 付け加えて言うならば、フランケンにいる間に、何かしらのクエストを受けても良いとは思う。ヴォルスンド銅貨自体は、手に入れた一万枚の一割も消費していないが、今後のことを考えると金はあっても困らない。そして、クエストを受けたていで、フランケン周辺を実際に散策してみるのもアリだろう。地図である程度把握はしているが、実際に歩くと何かを発見することもある。


「入国の時にギルド証が使えた時点で、警戒するような扱いはされないとは思うんだけどな」


「はい。ですが、警戒はしておくべきかと」


 俺とゼルシアは、そう言葉をかわしながら支部に入った。



●●●



「思ったよりも人はいないようですね」


 支部に入り、一階、フロントを見渡したゼルシアがフードの下から言葉を発した。


「昼は過ぎてるし、クエストに行ってるやつも多いんだろうな」


 冒険者に休日があるとしても、それは各々が勝手に取るもので、定例日のようなものはないはずだ。


「まー、人が多かろうと少なかろうとやる事は変わらないし、用事を済ませちゃおうか」


 まず向かうべきは受付だ。そこでの反応で、俺の処遇が今現在どのようになっているかが粗方わかる。もし、悪いものであれば、面倒事になる前に立ち去るべきだろうが、果たしてどうだろうか。


 空いている受付に行くと、一人の受付嬢が対応してくれる。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件で……しょうか……って、貴方たち!?」


「はい?」


 いきなりの大声に、なんだと顔を上げてみれば、女性の顔には見覚えがあった。それは、初日にも俺たちの対応をした、


「あー……あの時の受付のお姉さん。というか声、大きいですって」


 どうするんだこの空気。受付嬢の大声で周囲一帯の目がこちらを向いているのが見なくても分かる。


 それを受付嬢も解っているのか、やってしまったという顔をしている。そして、数秒考えた後、どうするかを決めたようで、後ろにいた職員らしき男に何か話した後に、


「あなたたち、ちょっとこっちに来て」


 カウンターから出た受付嬢が、こちらに言い放つ。


(……このままここにいても目立つだけか)


 俺がグレイスホーン退治の冒険者だと気付かれるのも時間の問題だ。その前にさっさと移動するべきだろう。


 受付嬢の後に続くと、個室に案内される。


 部屋の構造は至って普通、家具等の配置から応接室のようなものか。


「―――二人とも、ここで待っててください。何処にも行かない事、いいですか!?」


 命令口調なのは、いまだ興奮状態にあるからだと判断する。


「はあ、わかりました」


 こちらが頷き、置かれていたソファーに腰掛けると、受付嬢は個室から出て行った。


 それを確認してから、隣に座っているゼルシアが言葉を作った。


「室内に盗聴系などの魔法は無いようです。

 ……しかし、宜しかったのですか? 素直に従ってしまって」


「んー、あの様子からして俺らの訪問はあまり予期してなかったみたいだし、そもそも何かしらの罠があったとしても、破壊していけばいいだけだし」


 ここから、何かしらの攻撃行為がこちらに向けられたとしても、容易く掻い潜り、逆に制圧する事など、簡単な話だ。そう言えるような自信も力も無ければ、ここまでの人生を続ける事など不可能だ。


「―――確かに、杞憂でした」


 要らぬ心配だったと、目を伏せるゼルシアに、俺は肩をすくめる。


「警戒は大事だからいいんだけどさ。面倒なことにならないのが一番だよなー」


 さすがにこの後の展開がどう転ぶかまではわからない。いくつか、予想は立てているが、そのいずれにも当てはまらない展開も有りうる。


 さて、どうかね、と思った矢先だ。ゼルシアが部屋の入り口に顔を向ける。


「―――部屋に近づく生体反応二つ。一つは先程の女性でしょう」


「もう一つは……知らない魔力だな」


 言っている間に部屋のドアが開き、受付嬢が入ってくる。


「待たせてごめんなさいね」


 多少の落ち着きを取り戻したのか、こちらに一礼をした受付嬢にこちらも言葉を返す。


「いえ、待つというほどでも」


 実際それほど待ってはいない。一分あるかないかくらいだろうか。


「―――急で悪いのだけれど、実は貴方たちに会いたいという方がいるの」


「……そこにいる人ですかね?」


 言って、部屋の入り口―――未だ開いたままのドアを見る。


「えっ!?」


 俺の反応に、受付嬢が驚く。


「―――いやはや。気配を読まれてるとはねえ……」


 言葉と共に、新たな人影が部屋に入ってきた。


 それは、どこか草臥くたびれた様子の男だった。

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