第39話 休憩と、からだのおはなし

「うー! 悔しいー!」


 静かな―――否、遠くから他の魔物たちの声が聞こえる森の中、フラウが尻を地面について言った。


 膝には数日前からの相棒である魔導ライフル、ヴィンセント・ゼロが載っており、


『―――同意。更なる研鑽が必要と判断する―――』


 戦闘時とは異なり、周囲に聞こえる音声が流れた。


 そしてフラウの前には、


「その銃、喋るんだな……つくづく想定外というか……」


 ジンタロウが同じく地面に座っていた。


 彼は鎧などを既に外しており、何処からともなく出した二つの容器に水属性の魔法で飲料水を満たし、片方はその手に、もう片方はこちらの手にある。


「―――まあ、狙撃が外れて敵が接近してきた時点で判断して、戦闘スタイルをその時点で取れるもので一番最適なものに変更したっていうのは評価できるぞ。

 ただ、やはり最初の一撃を外したのは大きな失敗だな。あれで狙撃手としてのアドバンテージを大きく失ったわけだし」


「はい……」


 痛いところ、しかし、事実を突かれる。


「でもサキト様の話だと『数発の狙撃で居場所を特定してくるようなやつは普通はいないから』って言われたんですけど」


 言うと、ジンタロウがふと、あー、と言いながら空を仰ぐ。


「……まあ自分で言うのもなんだが、俺はその『普通』の部類には入らないだろうしな。というかそもそも当のサキトと、あとゼルシアなんかもそこに該当しないだろ」


 もっと言えば、この集団自体が普通じゃないしな、とジンタロウは付け加えた。


 確かにフラウ自身もその思いは持っている。一週間より前、サキトたちの眷属になり、このような生活をするとは夢にも思っていなかった。これは自分の家族や友人たち、知り合いである他の魔物たちも同じだろう。


「よく考えてみれば、この状況を作ったのはあたしがサキト様に助けを求めたからなんですよね……」


「それを言ったら、まずはフラウたちの街を襲った帝国のやつらが悪いとは思うが……どうかしたのか?」


 問われ、フラウは大きく息を吐いてから言葉を作った。


「いえ、なんかサキト様たちは大きな目的があるみたいだし、迷惑じゃなかったのかなって」


 女神と敵対しているとか、一応の事は聞いているが、きちんと理解できている者は魔物たちの中には居ないだろう。ジンタロウはその辺りの事をもっと知っているのだろうか、と顔を上げてみれば、


「ははは!」


「なっ、何で笑うんですか!?」


「悪い悪い。フラウは本当に真面目だなと思ってなー。学級委員長タイプだな」


「い、いいんちょー? なんだかよくわかんないですけど、バカにしてません?」


 フラウは自分自身、学がない方だと自覚している。その分、吸収できることは出来るだけやろうと学ぶことに抵抗感など無い。とは言え、全く知らない用語など出されるとどう反応すればいいかわからないのもまた事実だ。


「いやいや、馬鹿だと委員長なんてできないって。褒めてるんだ。

 それと心配しなくとも、あいつは迷惑とかはしてないだろうよ」


 そもそも、とジンタロウが言う。


「俺が聞いた話じゃ、あいつの最終目的はゼルシアとの安穏な暮らしらしいからな」


「ゼルシアお姉様と……?」


「ああ。その最大の弊害が女神オーディアっていうやつで、俺もそいつに用事があるからサキトに協力してるわけだ。だから、色々ごたごたがあったとしても、全部それ以下ぐらいにしか考えてないだろうよ、あいつは」


「そ、そうなんですか……」


「それに、元々魔王やってた身だ。ゼルシアはこの世界じゃ翼が目立って人間の世界じゃ普通に暮らせないだろうから、案外、自分たちだけの国でも作る気なんじゃないか?」


「国ですか!?」


「まあ、あくまで俺の予想だけどな。

 言いたいのは、フラウが心配する事は無いって事だ。あいつ、本当に要らないものは容赦なく切り捨てる性格してるようだし、それが無いってことはフラウたちが邪魔って認識はまず無いだろう」


「それなら、良いんですけど……」


「なんならあいつらが帰ってきたら直接訊いてみればいい。わざわざ眷属にそんな嘘はつかないと思うし」


「はい……。そういえば、サキト様とゼルシアお姉様は―――フランケン、でしたっけ。ニンゲン、いえ、人間の町に行ったんですよね?」


「ああ。人間側の動向調査やら物資の調達のためにな。

 だけど、あいつらのことだ。半分くらいはいちゃつくために行ったんだろうよ。まだフランケンには着いてないだろうが、今夜辺りはよろしくするんじゃないか?」


 ジンタロウの言葉に、フラウはびくっと身体を震わせた。彼の言葉、それが意味する事は、


「―――そそそ、それってつまり、交尾するってことですか!?」


 いきなり話が予想外の方向にズレ始めた。



●●●



 フラウの言葉に、ジンタロウは吹き出した。


 こちらとしては、二人で町をのんびり散策するとかそういった意味合いを想定して言っただけで、そんな直接的な事まで考えていったわけではない。


(というか、交尾って……)


 否、リザードマンなら表現としては正しいのだろうか。それに、フラウは人間で言えばもうすぐ成人に近い年齢だ。同じ国でも時代でそういった辺りの倫理観は異なってくるし、種族が違えばそれはさらに多様だ。魔物のことは知らんが。


「だ、誰にそんな話を聞いたんだ?」


「えと、お母さんに昔、成長したらつがいと交尾して子孫を増やすのよ、って」


「そ、そうか……」


 親が言った事ならこちらはどうにも言えない。


「でも、その辺りの事で最近気になってる事というか……心配事があるんです」


「ん?」


「……ゼルシアお姉様の眷属になってから、身体に違和感というか」


「違和感?」


 何か変化があったと言う事だろうか。しかし、眷属化や魔物についての知識はほぼ無いに等しい。


 もし、重大な事が起こっているなら、ミドガルズオルムを通して、サキトたちを呼び戻す事も検討するべきか。


 そう思案するジンタロウをよそに、フラウは言葉を続ける。


「気になって自分で少し確認したんです。そしたらお腹の下辺りとかが、ミドガルズオルム様の眷属になったお母さんと違う感じになっちゃったりして。なんか見た感じ、ミリアとかと同じような感じっていうか……。ちょっと確認してもらえます?」


「―――ほあっ?」


 我ながら情けない声が出たとジンタロウは自覚した。目の前でフラウが衣服に手をかけたからだ。


 そのまま放置すれば、どのような構図が出来上がるか、わからないジンタロウではない。


「待て待て待て。ストップ。落ち着け」


 半ば、自分に言い聞かせるように言って、ジンタロウはフラウの行動を止める。


(魔物の倫理観どうなってるんだ!?)


 この場合、フラウがおかしいのか魔物がおかしいのか、わからないから迂闊な事が言えない。


「そ、それはサキトには報告したのか?」


 問うてみれば、彼女は首を横に振った。


「いえ、ここ数日、サキト様ってば、何かの絵みたいなものをしきりに描いたり消したりしてて、お邪魔したら悪いかなって思って」


「また、何か作ろうとしてるのかあいつ……」


 と、今はそれどころではない。


 フラウの言葉。聞いた話を整理してみて、わかること。それは、フラウの身体の分類が変わったと言う事―――大雑把に言えば、爬虫類から哺乳類へと、変容したとい言ってもいいだろうか。生物学的にあり得ないが、フラウたち魔物の元々の特異性、サキトたちの特異性、そして眷属化という行為の特異性。それらが合わさり、現実化したものの一端だろう。


「……とにかく、俺じゃ判断がつかないから、サキトたちが戻ってきたらすぐに報告すること。ただ、それまでに痛みとか、そういうものがあったら俺かミドガルズオルムに言ってくれ。ゼルシアが眷属化する、っていうのも初めてだったみたいだし、何かあったら困る」


「はい……」


 フラウが頷くのを見て、ジンタロウは息をつく。


(色々、問題というか、考える事は多いな)


 わかってはいたが、渦中にいると、やはり忙しくはある。一週間前、サキトの提案に乗った時から覚悟はしていた分、まだいいだろうか。


 ただ、あのまま独りでオーディアを追い求めて彷徨うよりはマシだったか、とも思うのだ。


 遠く、未だ魔物たちの声は聞こえる。


「―――もう少し休憩取ったら皆のところに戻るか。さすがに今日のメニューに即組み込むのは無理だけど、フラウの実力もある程度把握した。明日から参加できるよう、考えてみよう」


「はい! お願いします!」

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