第38話 試験の勝敗

 ジンタロウは疾駆していた。


 目標フラウは既に見つけた。彼女は数百メートル離れた、大岩の上に居る。


 最初の一発、初撃を当てなかったのはフラウの大きなミスだった。その時点で、ジンタロウは、フラウがいるであろう位置の、ある程度の予測はついていた。あとは簡単だ。第二撃を目視で確認、グランアイギスで防ぎ、魔弾が飛んで来た方向に行けば、狙撃手とのご対面だ。


 その一連の流れができている事自体が人間としておかしいのだが、ジンタロウにその自覚は無い。


 フラウもこちらの接近にすぐ気付いたのだろう。こちらの進路を塞ぐように魔弾を放ってくるが、


 おそらく、フラウはかなり焦っている。馬鹿正直にこちらを狙ってくるのであれば、少しずれるだけで射線から外れる事ができる。


(別に当たったところでどうこうはしなさそうだが……)


 盾の勇者、などと呼ばれた事もある身。殺傷モードの狙撃程度が当たったところで、傷は負わない自信はある。





 ジンタロウのスキルである《防ぎの光》は、実はパッシブタイプだ。常時身体を強固なものへと強化しているが、その出力を上げると光が発生するというもので、まさに堅牢そのもので、ただの刃物や銃弾程度ではジンタロウに傷をつけることはできないだろう。


 しかし仮に頭や胴体に当たるとこちらの『負け』になるので、当たらない。その考えもやはりおかしいわけだが、もはや今更だ。





 ジンタロウが加速を開始してから約三十秒、フラウはもう目と鼻の先だ。ここまで接近を許すと狙撃手はもう致命的だろう。サブウェポンを装備していたとしても、体勢の変化を始めとして、基本の動きが大きく変わる。実際の戦闘において、それを実践できるのは熟練者だ。


 だが、残念ながらフラウはそうではない。言ってはなんだが、まだ彼女は素人の域を脱するか否かの具合であるはずだ。


(あと数秒もすれば、終わりだ)


 そう予想したジンタロウに、しかし、予想外の声が届いた。


「―――ヴィンセント! ブラストモード!」



●●●



「ヴィンセント! ブラストモード!」


 もう間に合わない。そのように判断したフラウは既に狙撃の体勢を変えていた。同時、相棒に対し、一つの命令を投げたのだ。


『モード:ブラスターの要請を受諾―――』


 それはいわゆるモード変更。ヴィンセント・ゼロがただの武装であれば、模擬戦は程なくして終わるだろう。


 しかし、だ。


 女神を討つほどの力を持つサキトが、ただの武器をわざわざ試作するだろうか。


 答えは否だ。


 ガシャンガシャンという、機械的な音を立てて、ヴィンセント・ゼロは己の身体を組み替える。数秒の後、出来上がったのは、元の―――狙撃のための機構とはまったく別、どちらかと言えば突撃銃アサルトライフルに近いだろうか。ただ、そこから放たれる魔弾は、連射性のあるものというよりは、


「―――」


 フラウが引き金を浅く引いた直後、銃口付近に光が集っていく。それは彼女の魔力をヴィンセント・ゼロが熱エネルギーへと変換、集束させているのを表している。


「―――今!」


 声と共に、フラウは浅く引いていた引き金を、今度は深く引いた。


 それは発射の合図。非殺傷状態とは言え、地に穴を開ける程度は簡単に出来るエネルギーの塊が放たれた。


 狙いはジンタロウ、ではなくその進行方向にある地面。


 ブラスターの魔弾は、狙撃のものよりも弾速が遅い。直接狙っても回避されるのがオチだ。故に、その手前。それだけでもジンタロウを急停止させる事は可能だ。


 ドーン、と。着弾と共に轟音と、土埃が舞った。


「っ!」


 その反動はフラウにも影響を与えるが、今は気にしている暇はない。ジンタロウはこの程度で退くはずがないからだ。


 大岩から降りて後ろを取られないために大岩に背を預けた形のフラウは、


「ヴィンセント、索敵手伝って!」


『了解―――』


 周囲、後方を除いて土煙のため、視界は不良だ。状況的にジンタロウとの距離を再度開けることが最善ではあるのだが、ここでこの場からの離脱を選択すれば、ジンタロウに背を向けることになる。そうなったら、確実に狩られる。


 だから、ここで逃げを選択はできない。至近距離からの一撃を当てるしかない。そのためには、こちらから先に仕掛けるべきだ。


(何処に……!?)


 今更ながらに、こちらの視界も奪うブラスターの運用は悪手だったと後悔する。反省点の一つだろう。


(……そうだ! スキル!)


 この土埃はあくまでの結果。魔法やスキルによるものであれば、常時発動している《暴く者》が自動的に視覚的な不利を打ち消すが、その力が大きく働くのは、あくまで人為的なものだけだ。


 だが《見通す眼》との同時使用。そして、魔力を使うことで、その出力を上げたのならば。例え、自然的な隠れ蓑だったとしても、フラウの眼からは逃れられない。


 だから、フラウは眼に魔力を集中する。


(些細な動き、それだけでも空気の流れが変わるからわかるはず……―――っ!?)


『接敵注意!』


 フラウが見つけたのと、ヴィンセント・ゼロの警告はほぼ同時だった。前方の土煙から、大男が飛び出してきた。



●●●



「―――!」


 数秒前、フラウの持つヴィンセント・ゼロが狙撃銃スナイパーライフルから砲撃銃ブラスター・ガンに変形したのを見た時はさすがに、SF映画かよ、とツッコみたくもなったが、フラウが悪いわけでもないし、そもそもあの魔導飛行艦の技術を応用していると言う話だ。あれくらいが普通なのだろう。


 そして、今。ジンタロウは横でも上でも、後ろに回るでもなく、正面からの突進を選択した。


 フラウはスキル持ち。しかも視覚強化系だ。この状況を最終的に作り出したのは彼女自身で、狙ってやったのかはわからないが、魔力探査を封印している分、視覚に頼った戦いはジンタロウの方が不利だ。


(セオリーは上からの奇襲。だが、この距離、勝敗条件、武装―――正面から最短で近づくのが最善だ)


 再度、ブラスター弾を撃とうとしても弾速は遅いし、一度その速さも見ている。それにこの距離でジンタロウに当たったとしても、フラウ自身に返る余波が大きい。それでは


 だから、ジンタロウは純粋に気になった。フラウが、どのような選択をしてくるか、ということについてだ。





 答えは、至近距離による、狙撃だった。




「はっ!」


 ジンタロウは笑いをこぼしてしまった。


(真面目か……!)


 思い返してみれば。ジンタロウが告げたフラウの勝利条件は、ジンタロウの頭部か胴体に『狙撃』を当てることだった。つまり、それに沿うならば、先程のブラスト弾や、他にあるかもしれないモードによる攻撃は厳密にはではない。


 だが、それをまともに受け取っているとはジンタロウは思っていなかった。


 正面、フラウは片膝をつき、中腰で狙撃体勢に入っている。本来、あのような構えはありえないのだろうが、反動などはヴィンセント・ゼロがどうにかするのだろう。


 あと五秒もしないうちに、こちらの手はフラウに届く。


 だが、未だ、攻撃が放たれない。


(―――接射するつもりか!?)


 この段階で何も無いと言う事は、ジンタロウがフラウに手を伸ばす、その瞬間に撃つつもりなのは間違いない。


(別にその銃の性能とこの距離なら発射と同時に着弾するだろうに)


 だが、フラウは今までの狙撃を全て外している。それが、彼女の心理に大きく影響しているのだろう。


 そして、それに対応した対処法をしなければならないのはジンタロウも同じだった。


 故に、ジンタロウは右の拳を握り締めた。右手がフラウに接触すればそれで終わりだ。


 瞬間。


 轟音と共に、衝撃がジンタロウを襲った。



●●●



(終わらせる!)


 ジンタロウが右手を握った瞬間、フラウは覚悟を決めた。


 このタイミング。ジンタロウがこちらにアクションを起こす―――その瞬間に引き金を引いた。


 距離にして十メートルも無い。ヴィンセント・ゼロ モード:スナイパーの攻撃ならば、発射と同時に着弾する。ジンタロウの盾も左腕に装着されており、今からでは防ぐ事もできないはずだ。





 絶対に当たる。


 だから。だから撃ったというのに。


「そんな……」


 フラウの射撃はジンタロウに当たらなかった。


 否、当たりはした。だが、それは勝利条件である胴体ではなく、


「―――っ! やはり、衝撃はすごいな」


 ジンタロウの左の手の甲。それが、彼の腹に当たるはずだった魔弾を受け止めていた。


 防がれた。


 そして、


「―――!」


 ジンタロウが右手を振り上げた。


(やられる―――!?)


 だが、今となってはフラウに対処の術はない。フラウは目を瞑る。




 ポン、と。ジンタロウの右手がフラウの頭を撫でた。


「……あれ?」


「なんだ? 思い切り殴られると思ったか?」


 目を開けてみれば、ジンタロウが目の前に立っている。


 流れ的に思い切り殴り飛ばされそうだったのだが、


「一応『教官』を任されてる身だしな。生徒を殴るわけにもいかんだろ。

 ……まあ、実戦ありきなら考えるが」


 言葉に、フラウが身体の力を抜き、地面に腰を落とした。


 試験の勝敗が決まった。

 

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