第37話 ジンタロウVSフラウ(模擬戦開始)

 周囲、誰もいない森の中。ジンタロウは息を潜めて、木の陰に立っていた。その姿はフル装備。鎧などもそうだが、前世からの相棒であるグランアイギスを左手に持っている。


 今、ジンタロウはフラウとの模擬戦を開始したばかりだった。というのも、フラウと、その得物である『試作型魔導ライフル ヴィンセント・ゼロ』なる物が、今も遠くの鍛練場で行われている魔物たちの訓練において有用か、また安全かを見極めるためだった。


 ルールは簡単。フラウは非殺傷モードで発射される魔弾をジンタロウの頭か胸に当てられれば勝ち、対するジンタロウはフラウの場所を把握し、彼女の身体に触れれば勝ちだ。非殺傷型魔弾も、事前に確認していて、ゴム弾程度のものだと把握はしている。とは言え、それが遠距離からの狙撃で放たれるとそれ相応の威力になるので、鎧を着けているわけだ。


 だが、それだけならばグランアイギスまで持ち出す必要は無い。グランアイギスは通常の武具ではない。女神であるオーディアから賜った神盾。クラスで言えば、サキトのアルノードやゼルシアのグングニアルと同じものだ。


(……まあ、あれらはサキトが改造を施してさらに上位武装になってるって話だが)


 とにかく、ヴィンセント・ゼロがいくら強力な武装だろうが、全て防ぎきれる武具なのだ、グランアイギスは。


 それをこの模擬戦において持ち込んだ理由。簡単な話だ。ジンタロウがフラウを完全に信用し切れていないからだった。否、フラウだけではない。ガルグードやミリアたち他の魔物とて、同じだ。


 一週間前まで、ジンタロウにとって、魔物は害悪存在という認識でしかいなかった。もしかしたら、この魔物たちがいきなりこちらに牙を剥く可能性だって無いわけではない。

 

 そう言った感覚自体は彼らと交流を続けてきた中で薄れてはいるが、やはり心のどこかで懸念は残っているのだ。


 そして、それは彼らの主サキトに対しても抱いていた。それもそのはず。こちらは魔王というものに良い思いは抱いていない。元勇者でもあるが、元魔王でもあり、今は魔物たちを束ねる存在ともなれば、気持ちとしては微妙である。


 実際、魔物の町での、サキトの帝国軍人相手への対処には納得はしていない。同じ元日本人だが、今まで歩んでいた人生は大きく異なると思うし、価値観だって同じなわけは無いため、当たり前と言えばそうなのだが。


 それでもジンタロウがここにいるのは、サキトがそういった価値観の強制をしなかったのもあるだろう。


(仲間でも下僕でもなく、あくまで協力者……。どういうつもりなのかはわからないが)


 聞いた話では、サキトは他人のスキルをコピーするスキルまで持つという。ジンタロウの力だけを求めているならば、既には必要が無いはずだ。だが、彼はジンタロウのスキルをどうこうするわけでもなく、どちらかといえば、機工人形などで支援をしてくれている。


(……まあ、人使いは荒いから恩を感じるかといえば別だが)


 今だって、元をたどればサキトが原因なので、本当に一言言うべきだろう。


「―――考えても仕方が無いか。今はこっちに集中しないとな」


 模擬戦は既に始まっている。


「さて、どうしたものか」


 状況として、ジンタロウはフラウが何処にいるのかはわからなかった。少し前、フラウには遠くに隠れてもらっていた。その際、ジンタロウは彼女がどちらの方角に行ったかわからないように目を瞑っていた。


 それから、ハンデとして魔力感知も封印している。さすがにそれを使うとフラウが不利になりすぎるからだ。


 ただ、フラウもフラウで、ジンタロウの居場所は正確には掴んでいないはずだ。彼女と別れた場所も、模擬戦開始の合図として光魔法を打ち上げた場所も、今居る場所もそれぞれ微妙に異なる。おそらく、彼女からジンタロウの姿は見えていないはずだ。


 だからこの模擬戦、本当の意味での始まりは、ジンタロウが動く事でスタートする。それを、ジンタロウ自身が分かっている。


 だから、ジンタロウは動いた。木々の間を縫うように移動する。


 ヴィンセント・ゼロの基本スペックは完全に把握していないが、フラウの習熟度具合も含め、射程が数キロに及ぶような事はないはずだ。


 だから、こうして動き回っていれば、いずれフラウと出会うか、もしくは―――。


 直後だった。数秒前までジンタロウの胴体があった近くの木の幹が抉れた。


 フラウの狙撃だ。



●●●



 ジンタロウがいる場所から数百メートル離れた場所の大きな岩の上。


(―――あたしのバカ! 初弾を外すなって言われてたのに!)


 スコープを覗くリザードマンの少女、フラウは心の中で己を叱咤した。サキトから、何度も言われていた事だったというのに失敗した。


 武器の性質上、連続性のある攻撃はできない。加えて、相手がこちらの位置を把握して接近して来た場合、状況は極端に不利になる。故に、最初の一発で勝負を決めるのが鉄則。


 しかし、今それは失敗した。本来なら、反省すべきだが、今は次の行動に移るべきだ。なにしろ、これは模擬戦とは言え、フラウの力を測る目的の試験でもある。だから失敗を重ねる訳にはいかない。


 再度、スコープの先に意識を集中させるとジンタロウの姿はまだ確認できる。今しがたの攻撃から、こちらの場所を割り出そうとしているのか、大きく動いてはいない。今なら先程よりも簡単に狙い撃てる。


(ジンタロウさんには悪いけど……!)


 これで終わらせる。非殺傷とは言え、頭は危ないので、胴体を狙う。その方が当たりやすいのも事実だ。

 

 距離にして一キロの半分も無いが、狙撃手としてまだまだ未熟であるフラウにはかなり難しい距離だ。故に、ヴィンセント・ゼロがその真髄を発揮する。


「ヴィンセント、補正お願い!」


『―――了解。目標との距離を算出、自動補正を開始―――』


 男の声が魔力通信で脳内に響く。よくわからないが、サキト曰く、『ヴィンセントは補助AI持ちだからどんどん頼っていい』と言われたので、声の主はそのエーアイとかいうやつなのだろう。


『―――完了』


 フラウは引き金を引く。同時に魔弾が射出された。次の瞬間には、着弾し、勝負がついている。


 ―――はずだった。


 だが、フラウの視界には、胴を撃たれるジンタロウの姿が映らなかった。


 ジンタロウが盾で魔弾を防いだからだ。


 スコープから目を離し、フラウは顔をあげて、


「うそ……!?」


 ジンタロウはこちらの位置を知らないはずだ。だが、スコープごしに見ていた限り、偶然で防いだわけではない。魔弾が射出され、それが着弾するその合間に、盾を構え、魔弾をはじいたのだ。


「っ……! なら、もう一回!」


 呟きと共に、再度スコープを覗くが、すぐに変化に気づいた。


 ジンタロウの姿が無い。二発も狙撃されたのだ。姿を隠したのだろうか。


 思い、ジンタロウの姿を捉えようとした時だ。


『―――警告。対象存在がこちらに急接近。早急な対応を推奨―――』


 それは、ヴィンセント・ゼロからの警告だった。


……?

 ……まさか!?)


 もう一度、顔を上げたフラウは、現実を見る。ジンタロウがものすごい勢いでこちらに向かっているのだ。


 そう。フラウは失念していた。


 ジンタロウもまた、サキトと同じく、普通の人間ではない。勇者という特異な存在であった事を。

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