第35話 午後の鍛錬場にてⅠ

 俺とゼルシア、そしてジンタロウがフラウの依頼で帝国特殊部隊から魔物たちを守り、ついでに最新鋭の軍用魔導飛行艦を奪ってから一週間が経った。


 驚いた事に、あれ以来、帝国の影も形も無い。帝国の勇者とやらが特殊部隊の最後の目撃者であり、何をしていたかわかっているはずなので、帝国本国がそれらを知らないという可能性は低いはずなのだが、何かしらの事情があるのかもしれない。油断はできないが、こちらとしては内部の強化に目を向ける事ができるので、よかった。





 そしてこちら、要衝地の森の中。この一週間で一つの集落といえるものができていた。


 魔物たちの種類は全部の把握はできている。


 フラウをはじめ、彼女の家族含めてリザードマンが十体。ガルフという狼型の魔物が二足歩行へと進化し、人型へと変異したガーウルフが八体。スライム系が六体。ゴブリンが十五体。オーガが五体。ハーピーが二体。サボテンのようなものが三体。カエル型が五体。


 いずれも、多少の違いがあるが、通常種よりも人間に近い姿だ。ミドガルズオルムの眷属ではあるが、大本の『親』である俺の影響を強く受けているようだ。


 そして、共同生活は安定の道を細々とではあるがたどっていた。住居を建築する事を選んだ者たちは、俺の機工人形の力を借り、既に完成が見えている者たちが出てきていた。


 森の中、木の上や洞穴を自らの住居と決めた者たちも、建築をしなくて済む分、食料調達にまわってもらっていた。目下、次に解決すべきは食料問題そこだろう。


 幸い、以前から農業を営んでいた者たちもおり、森の中で農地に一番向いている土壌を《鑑定博士》で探し、そこを耕してもらった。あとは一番消費の激しいであろう穀類をメインに、必要なものの種子や苗を手に入れて育てるところに移行すべきだろう。


 そして、種子や苗の入手もかねて、俺はゼルシアと共にもう一度フランケンに行く事になった。ついでに、人間側の最新の情報も仕入れておくべきか。


 そして魔物たちの中、志願や選抜された者たちから成る戦闘系。後々は役割や状況に分けた戦い方を学ばせたいところだが、とりあえずは基本の戦闘方法を身につけてもらうということで、ジンタロウが教官となり一括して訓練を行っている。俺は基本的に相手を殺す事に重点を置いた戦い方のため、その辺りはどうしても守る戦いを理念にしたジンタロウのほうが向いていると思う。適役だろう。



●●●



「ということで、俺とゼルはフランケンに行ってくるから。ジンタロウ、留守番監督頼んだぞー」


 森の午前も終わりに近い頃、俺はゼルシアを連れてジンタロウに言った。


「何がということなのかは知らんが、まあ行ってこい。あ、俺の頼んだ物も忘れるなよ」


 森の広場。俺とゼルシアはジンタロウと向かい合っていた。周囲、各々の仕事をする魔物たちも居る。


「たぶん最低でも三、四日は帰ってこないと思うけど、魔物関連で何か緊急なことがあったらミドに言えばいいから。最悪、ミドの瞬間移動で俺たちにも事情は伝わるし」


「そんなことしたらフランケンのど真ん中に魔竜が現れて大騒ぎになるだろうが」


 滅竜王国などと銘打っている手前、騒ぎどころではなくなる気もするが、配下たちの異常を見過ごせる訳でもないので仕方がない。


 実際は、再顕現せずに俺の脳内で会話しておけば大丈夫ではあるのだが。


「それじゃあ、そうならないようにがんばってくれよ。俺たちがいない間、最高責任者はミドだけど、あいつは基本その辺りの事は投げ出すからな。実質ジンタロウが監督してないといけないからな?」


 告げた言葉に嘘は無い。出会った当初からミドガルズオルムは独りで、眷属にした魔物たちも俺に管理を任せてきていた。俺と出会う前のことはあまり訊いた事がないため、昔はどうだったかはわからない。


「まあ善処はするさ。あいつらも筋は良いし、真面目だ。問題を起こすこともないだろう」


「魔物って意外と律儀だったりするからなー。そこらの人間より義理堅いと思うぞー」


 一概に言えることではないが、その点は付き合っていく中で解っていく事だ。


「とにかく、頼んだ」


「ああ。お前たちも早く行け。フランケンまでは飛んでいったって距離があるんだ、日が暮れるぞ」


「おー」


「それでは行って参ります」


 急かされ、魔物たちに見送られながら俺とゼルシアは森を出るのであった。



●●●



「そろそろ午後の鍛錬を開始するから集まってくれ!」


 サキトとゼルシアが森を離れてから一時間後。各々の住居が立ち並ぶ広場から少し離れた場所でジンタロウは声を張り上げた。


 視界には様々な魔物が映るが、それを見て思う事といえば、


(人間っぽいのが増えたな……)


 全員がそうというわけではないが、この一週間だけで見ても、外見が人間のようになった、もしくは擬態できる者が確実に増えている。それもこれも、ミドガルズオルムを通したサキトの眷属化の影響だろう。


 従魔契約や隷属化などとは異なる、眷属化。『親』の影響を受ける、とサキトたちは言っていたが、こうも大きな影響を受けるのか、と思う。なにしろ、個体によっては、身体の構造から変化しているのではないかという者までいるからだ。人間では考えられない事態ではあるが、


(魔物の、進化への柔軟性がすごいのか、はたまた『親』であるあいつらがすごいのか……)


 きっと、どちらもなのだろう。そう思った時だ。近くで声が生じる。


「―――ジンタロウ殿。ガーウルフ族とオーガ族、集合完了した」


 顔を上げれば、目の前に一体のガーウルフが立っている。


「ガルグードか。了解した。あと十分ほどしたら鍛錬を開始するよう。皆に伝えてくれ」


 ガルグードと呼ばれたガーウルフが頷く。


 そのまま、皆のところに戻るかと思えば、何か言いたいようで、


「どうした?」


 ジンタロウが問う。


「ああ、いや……。サキト様とゼルシア様は人間の町に向かわれたと聞いたが……、人間の町とはどのような場所なのだろうと思ってな」


「興味あるのか?」


「そうだな、以前ならばそのような感情は持たなかっただろうが……。今はこのような状況、多少の興味はある」


「ふむ、そんなものか」


 自分が魔物とこうした関係になって、覚えたものと一緒なのだろう。しかし、その興味も実際に行動を起こすわけにはいかない代物だ。自分もこの世界に流されてから、ある程度の町や集落を見てまわったが、やはり魔物と人は相容れない関係が普通だった。


「普通の魔物の町、っていうのが分からないからなんとも言えないが……。

 市場や宿屋とかの一般的なものや、冒険者ギルドなんてものもあるな」


「ほう。一度は訪れてみたいものだな」


「狼男が町に現れたら大騒ぎになるだろうけどな」


 ガルグードは二本足で立っているものの、顔は狼そのものだし、全身は毛で覆われている。まさに狼人間というやつだ。ガーウルフなどは本来、ガルグードのような容姿の者が一般的だ。しかし、ここにいるガーウルフの半分は、人間に獣の耳が生えたような者たちである。


「―――お前の妹ならギリギリじゃないか?」


 そう言って、ガルグードの肩越しに、彼の後方、他のガーウルフたちと話す少女を見た。

 

 名はミリア。ガルグードと同じような外見―――ではない。フラウと似たような、人間の少女のような姿だ。パッと見で異なるとすれば、狼の耳が頭部に生えていることや尻尾があることぐらいだろうか。


(ただ、イヌミミがどうとられるかによるが……)


 日本ならコスプレで通じるが、それは魔物という存在が架空だったからだ。実在するこの世界では脅威存在ととられてもおかしくはない。


「なるほど……。まあ、興味があるというだけで、大切な妹を危険な場所に行かせるつもりは無いが」


 ガルグードとミリアは歳の離れた兄妹だが、その姿は言ったとおり、似ても似つかない。彼らの親は、ガルグードのように普通のガーウルフだったという話なので、ミリアが特異個体ということになる。


「そうしたほうが良いだろうな。

 ―――っと、そろそろ集合終わりそうだな、準備するか」


 鍛錬場、昼の休憩を終えた者たちも続々と戻ってきている。


「そうだな。俺も他の者たちに伝えてこようか」


 言って、それぞれが持ち場に戻ろうとした時だ。


「ジンタロウさーん!」


 少女の声が鍛錬場に響いた。


 ジンタロウは既にこの声の主を覚えている。


 フラウだ。


 それは後方、集落の広場方面からだ。そちらからやってきたのだろう。だから、ジンタロウは振り向いて、


「おう、どうした、フラ―――」


「はい! 今日からあたしも訓練に加わるつもりなので、よろしくおねがいします!」


 元気に放たれた声よりも、気になるものがジンタロウにはあった。


 それはフラウが担いでいる物だ。


 長さが彼女の身長の半分以上はある、黒の塊。




 どこからどう見ても、狙撃銃スナイパーライフルだった。


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