第33話 魔物の配下Ⅰ

 俺は集まった魔物たちがミドガルズオルムの眷属、つまりは俺の眷属になるところを岩の上に座って眺めていた。数時間前に始めて、今は約三分の二が終わったというところ。眷属化した魔物たちはすぐには成長するものではないということで、それぞれ、住処の建築や探索に戻らせている。


「まだまだかかりそうか?」


 ふと、ジンタロウの声が近づいてきた。横を向いてみれば、両手に焼き魚を持った彼が、片方をこちらに差し出している。それを受け取りながら、


「ありがと。あと一時間ぐらいじゃないかな。ミドがへばんなかったら」


「元々お前の仕事だろうに」


 的確なツッコミに、口笛を吹く事でごまかす。


「ごまかせてないって。

 ……しかし、改めて考えると、数日前の俺じゃ考えられない状況だな」


「?」


「魔物たちと共存するっていうこの状況だよ。俺としては魔物なんてものはただ倒すべき害悪、としか考えてなかったからな」


「ああ。勇者―――というか人間からしたらそれが普通だと思うよ」


 実際、俺の最初の勇者時代はそうだった。価値観が変わったのは、魔王になってからだろう。


「だけど、こうして見てると人間とあまり変わらない様に見えるな」


 眼前、ミドガルズオルムの眷属となった若者二人が何かを話しながら歩いている。こちらに気がつくと足を止め、深く礼をしてきたので、手を振って返す。


「そうだなー。普通の魔物っぽいのもいるけど、大半は人間体が多いんだよな。フラウの話じゃ、自分たちは弱小個体、ってことらしいけど」


 強者は人間のような外見はしていないらしい。


「……確かに、パッと見は人間に近いやつが多い。フラウにしたってそうだ。リザードマンってもう少しトカゲ顔してるはずなんだが……」


「あぁ。それと、フラウはスキル持ちだしなー」


「へえ、スキルを……―――は!? うっ、げほっ!」


 焼き魚を口に含んでいたせいで、身が飛んでいくのが見えた。もったいない。


「―――ふぅ……って、スキル持ちだと? どういうことだ!?」


「俺だって詳しくわかんないって。ただ、フラウを俺の《鑑定博士》で調べたらそうだった。たぶん、開花してないだけで、スキル持ちのやつは多いと思うぞ、ここだけでも」


 魔物たちが『成長』する段階で、それらは花開くはずだ。その時に、一括で調べてみようと思っていた。


「他のとこの魔物もそうなのかはわからないけど……この世界じゃ、スキルは一部の人間や勇者の特権だって。俺の居た世界でもそうだったけど、ジンタロウのとこは?」


「同じだよ。魔物がスキルを持つだなんて聞いた事も無い」


「……ということはやっぱり、特異個体……もしくは人間体であることが……」


 と、考え込もうとした俺の頭を、ジンタロウが手刀で軽く叩く。


「俺も気にはなるが、その辺りは余裕ある時でいいだろ。今は今後どうするか、考えろよ」


「ジンタロウに言われるのはなんか癪だな……。一応は考えてるんだよ、方針みたいなものは」


 聞かせろ、という顔を返されたので、焼き魚の串を左手に持ち替え、右手を開けて、《絵描き人ドローイング》で文字を書く。相手がジンタロウなら日本語で大丈夫だなー、などと思いつつ、書くのは、


「本格的な動きはみんなの特性をある程度把握してからだけど、役割を分担していきたいんだよな」


 ・生産系

 ・建築系

 ・戦闘系


「生産系はさらに、農業、漁業に分化。余裕あれば、畜産とかも手ー出したいけど、その辺りは状況見てだなー。

 建築系は個々の家ってよりは共同施設。農地開拓とかを生産系と協力したり……あと、これだけ数がいるなら風呂とか欲しいよなーでかいやつ」


「風呂って……魔物って風呂に入るのか?」


「あいつらが入っていたかは知らない。けど、俺の配下になるってなら、その辺りきちんとさせてもらう」


 衛生的にも必要な事である。


「まあ、その辺りはトップであるお前に任せるが……あとは戦闘系か」


 書かれた文字を見ながらジンタロウが言った。


「そう。一応、全員に盗賊ぐらいだったら簡単に倒せる護身術ぐらいは身につけてもらう予定ではいるんだけど……それ以上となると、やっぱりきちんと鍛えないと厳しいからな」


 それ以上とは、人間や魔物の兵隊だ。そして、その上にいる、勇者と魔王。敵対関係になる事は避けたいところだが、こちらが道を進む上で障害になるというのならば、乗り越えるだけまでだ。


 さすがに勇者や魔王クラスは俺やゼルシアで対処するが、その部下だって相当の手練れな筈だ。そんな者たちを相手にするには、それなりの力が要る。


「……ふむ。なら、その戦闘系の教官みたいなもの、やらせてもらっていいか?」


「いいのか?」


 俺としては、むしろありがたかった。こちらから頼もうとしていたところだったからだ。


「俺としての第一目標はオーディアを詰問することなのは変わらないが、それ自体はすぐにどうこうできるものでもないしな。お前さんといれば、その確率が高くなりそうだからここにいるんだ。なら、暇を持て余すよりできそうな事は手伝うのが筋だろう」


 それに、とジンタロウは一息入れる。


「魔物を鍛える、っていうのも中々面白そうだしな。

 ……あいつらだって、何かを守りたいからここにいるんだ。現実はその想いだけじゃ守れるものも守れない、っていうのは俺もよく知ってるからな」


「くさいねえ、さすが勇者様は違う」


 ニヤっとして言った言葉に、ジンタロウが眉をひそめる。


「うるさい。というか強さならお前が一番上なんだから、手伝えよ」


「はいはい。まあ、みんなにはそれぞれ合った武装の選択もさせたいし、もし鍛冶系のスキル持ちがいたら、その方面で手伝う事にはなりそうだけど」


 今でこそ《工房にてクラフター》で簡単にアイテム作成をしている俺だが、そもそもスキルを作った経緯が、俺が武器やアイテムを作成することに手を出したからでもある。


 その辺りを継承できるならば、それはそれで本望だ。


「ところで、ゼルシアはどうしたんだ? お前の隣にいないってのは珍しいが」


「ああ、ちょい野暮用……って、噂をすれば、戻ってきた」


 顎で示した先、ジンタロウが顔を向ける。


 そこには、ゼルシアと……、


「あ……? フラウ、なのか……?」


 そこには、少し前と様相が異なるフラウが居た。

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