第32話 眷属化Ⅱ

「―――さて、今から眷属化の儀式を行おうと思う」


 俺の言葉に、皆の注目が集まった。


 森の広場、ジンタロウ率いる食料調達組が戻ってきたタイミングで、俺が集合をかけたのだ。眼前には魔物の皆、横にはゼルシア、ミドガルズオルム、ジンタロウ、そして先程俺が名づけた三体の竜たち。


 見れば、皆は神妙な面持ちで座りながらこちらを見ている。期待でざわつくと思っていたが、そうでもないらしい。


(そんなホイホイするものでもないしなぁ、眷属化は……)


 思った時だ。挙手があった。それは前方―――ではなく、隣に居たジンタロウだ。


「少しいいか? 結局『眷属化』ってのは何がどうなるんだ? 言葉の意味からある程度は察してはいるんだが」


「ジンタロウが居た世界じゃ、そういう魔法は無かったのか?」


「人間側なら、弱い魔物を使役できるものはあったが、魔物の事情はさすがにわからんなぁ」


 よく考えれば、俺たちが知っていて今考えている眷属化と、この世界の魔物たちが思っているものにも齟齬があるかもしれない。一度、ジンタロウへの説明もかねて確認を取ったほうがよいだろう。


「それじゃあ、再確認の意味もこめて軽く説明から入ろうか」


 俺は立ち上がり、岩の上に上がった。同時にスキル:《絵描き人ドローイング》を起動する。


「とは言っても、ほぼ言葉通りなんだけどな。魔物が下位の魔物を従属状態にする、っていう」


 俺は《絵描き人ドローイング》で空中に簡単な棒人形の絵を縦に二つ描く。それらを一本の線で結んだ俺は、


「区分というか、例えとして、眷属化した方が『親』、眷族にされた方が『子』っていう扱いになる。そこにいる三体の竜、サラマンダー、リンドヴルム、ジルニトラはミドガルズオルムの『子』ってことになるな」


「なるほどな……、じゃあミドガルズオルムはサキトの『子』ってことになるのか?」


「んー、今はスキル扱いになってるから厳密には違うけど、初めの魔王時代はそうだったな。めんどうだから、同じって事にしてもいいんだけど」


 雑じゃないか……? というジンタロウの呟きに内心苦笑しながら、説明を続ける。


「だから、俺からしたらサラマンダーたちは『孫』っていう扱いになる。で、ここからが本題なんだけど。

 眷属化すると、基本『子』は『親』に縛られる。ある程度の自由は利くけど、根本の部分では逆らえない、ていう感じかな」


「そこは大方予想通りだな……。ただ、それならいろんな魔物を眷属化していったら簡単に軍団が出来上がるんじゃないのか?」


 ジンタロウが顎に手をやり、言葉を投げてくる。


「んー、眷属化の他に、隷属化っていうのもあるんだけど、今、ジンタロウが言ったみたいに下位の存在を一方的に奴隷化するのは後者だな」


「眷属化は『親』と『子』、双方の合意が無ければ成し得ませんから。その代わり、隷属化よりも強い結びつきが出来上がります」


 ゼルシアの言葉に頷いた俺は、先程描いた図をもう一つ描く。片方は上下の棒人形の間にある線を下向きの矢印に書き換える。そして、もう片方は、両矢印にする。


「眷属化を行った場合、『子』は『親』の影響を受ける。まあ、簡単に言えば進化だ。さっき、サラマンダーたちも進化したし。よく見てみ? 昨日と細部が異なるだろ?」


 言って、皆がサラマンダーたちを見た。


「おぉ、確かに角とか、変化があるな……」


 ジンタロウを筆頭に、魔物たちが感嘆の声をあげる。


「と、まあ、眷属化についてはこんな感じだ。まとめると、眷属化した場合、俺をトップにした支配下に加わる事になって、基本的に俺の命令は聞かなきゃいけなくなる。その代わり、俺の力もみんなにわけてやる―――そんな感じだ」


 一度、眷属となった場合、簡単にそれを解くことはできない。だから、俺は再度の確認をする。


「こんな感じだが、それでもまだ、俺の眷属となりたいやつだけ残ってくれ。別に今からやっぱり止めると言ってもそれはそれでかまわないから」


 そう言って、俺は岩の上に座った。


 俺としては、今の言葉は本心だ。この状況自体、俺が望んで作ったものでもないし、部下にするならきちんと覚悟を持った者が良い。


 そう思いながら、皆を見るが、動こうとする者は、いなかった。


 ならば、もうその部分は問うまい。次のステップに移行すべきだ。


「それじゃあ、改めて、これから眷属化の儀式を行う―――ミドがな」


 俺は腰に手をやり、隣にパタパタと移動してきたミドガルズオルムを見た。


『やはりな。王があのような事を言うときは必ず我が面倒事を被る時だ』


「そう言うなよ。これも考えあっての事なんだし」


 そんなやり取りをしている俺たちにジンタロウが両手を頭の後ろで組んで言った。


「良いのか? それだと『親』はミドガルズオルムになるんだろ?」


「ああ。ただ、ミドは俺のスキルだし、力の大元は俺だからな。元が人間の俺よりは元々魔物だった方が良いかなって」


 俺の力をミドガルズオルムという中継器で分配する。魔物を眷属化するならば、その方が良い。


「本当は俺が魔王体―――魔王の時の姿になればいいかもとは思ったんだけど、あれ疲れるからさー」


「そんなのもあるのか」


「あるある。もう筋肉すごくて身体もでかくなるし、角とか翼とか生える。

 だけど、状態としてはこっちが素だし、変に身体を強化してないから魔力の無駄も無いし、強さだけなら今の方が数倍強いかなー」


「お前の本気を見た事がないからイマイチわからんが……」


「俺も出す事が無い事を祈ってるよ」


 笑いながら、手をひらひらと振る。そんな状況になったら、周辺一帯何もなくなるからな―――ということは口には出さない。


「よし、じゃあちゃっちゃと済ませちゃおう。みんな、ミドの前に整列!」


 ざわざわと、魔物たちが列を形成し始める。


 魔物たちの進化を促す魔力自体はミドガルズオルムの『親』である俺から供給される。それはどうしようもないが、眷属化という行為を行う事自体の魔力はミドガルズオルムが請け負うことになる。ということで、俺としてはかなり楽ができる。


 さて、この間に魔物たちの名などの詳細を把握しようかと思った時だ。魔物たちの列から一人の少女が抜け出して、こちらに近づいてきた。


 フラウだ。


 目の前まで来た彼女は、一礼して口を開いた。


「あの、あたし……サキトさんに一つお願いというか……相談があるんですけど」


 言葉と共に、しかし彼女が見ていたのは俺ではなく、ゼルシアだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る