第30話 ヴォルスンドの姫と勇者

 元勇者で元魔王、そして今は魔人なサキトたちが人知れぬまま、一大勢力への道を歩み始めたその日の昼、とある国でも事態は動き始めていた。





 滅竜王国ヴォルスンド。その王都ヴォルムトは国の中の位置的にはやや北側にあった。規模としては当然ながら最大クラス。都市を囲う高い壁は地を這う竜種を含めた魔物をを寄せ付けず。また飛来するものも即座に発見でき、備え付けられた魔法砲撃台やバリスタで迎え撃つ、堅牢な防御壁としての役割を持っていた。


 そしてヴォルムトの中央、王城ニーゲ城では、とある会議が開かれていた。各地の領主が集まり、定期的に開かれる報告会。その中には、サキトたちと交流を持ったフランケン領主、ヘルナル伯爵の姿もあった。


「―――以上が南都ベルスクスの財政状況の報告となります」


 ベルスクスの領主が報告した内容に頷いたのは、各地の領主たちの視線の先、一人の男だった。


 ヴォルスンド王、グンター。後ろに一人の少女を控えた彼は報告に言葉を返した。


「うむ、ベルスクスの状況は良いな。去年あった農作物の不作も、今年は改善している。税の徴収も滞りない。

 では、次は東都フランケン、ヘルナルよ、今年の状況はどうだ?」


 問われた先、ヘルナル伯爵に場内の視線が集まる。


「は……フランケンの財政状況は去年と同じく良好に推移しております。農業や畜産の状況はほぼ変わらずですが、冒険者ギルドの支部が置かれているのもあり、長く滞在している冒険者たちが使う金銭が多く、それが一助になっているのもまた事実でございます」


 ヘルナル伯爵の報告に、グンターが少し間を空けてから言葉を作る。


「ふむ、フランケンはオルディニアとの国境に近いゆえ、試験的に冒険者ギルドを誘致、支部を作らせたが、効果は出ているようだな」


「はい。魔獣討伐などもクエスト化、冒険者の方で担当する事により、効率よくなり、民衆への被害も抑える事ができています」


 それにより、領兵の練度が下がるという懸念もあるが、現状冒険者を囲っていた方が町としてはプラス面が大きいのを考えると、目を瞑る他無い。


 そんなことをヘルナル伯爵が思った時、王とは別の声が上がる。


「しかし、ヘルナル伯爵。聞いた話では、先日フランケンに魔物が現れ、あわやというところだったそうじゃないか。大丈夫だったのかね?」


「……ええ。グレイスホーンが町の北側に現れまして。すんでのところで撃退したので、人的被害は無かったのですが」


 グレイスホーンという名前が出た瞬間、場内がざわつく。当たり前だ。平地に現れるよう生物ではないし、しかも簡単に撃退できるような種でもない。


「では、冒険者たちが奮闘して退治できたのだな?」


 王の問いに、ヘルナル伯爵はすぐには返答できなかった。というのも、


「いえ、確かに対応は冒険者や我が領地の兵士たちが防ごうとしたのですが、なにせ急な事でして、Cランク以上の冒険者を集めるのに手間取ったのです。実質、間に合わなかったと言っていいでしょう」


「何? だが、お前は先程撃退したと申したではないか」


「はっ……実は、グレイスホーンを撃退したのは……一人の冒険者だったのです。それも、その日、冒険者になったばかりのFランクが」


 言葉に、場内がさらにざわついた。「まさか」という言葉や「冗談が過ぎる」等という言葉が聞こえる。当然の反応だ。新米Fランク冒険者がグレイスホーンを撃退するなど、作り話だったとしても破綻した内容だ。


 ヘルナル伯爵が自分でもそう思った時だ。


「静まれ!」


 王が一喝した。それだけで、場内が音一つ立たない場と化す。


「……その者について、何か情報は?」


「……実はその日の昼、私はその者を館に招いたのです」


 ヘルナル伯爵は、その日あったことや、何故その冒険者と接点があったのかを話した。


「……オルディニアから来た旅人、か……。ヘルナルよ。まさかとは思うが、それは『勇者』ではなかっただろうな?」


 言葉に、グンターの後ろに控えている少女がぴくっと反応する。


 王の言葉。それはオルディニアから勇者がスパイとして入ってきたのではないか、暗にそう言っている。


「……いえ、オルディニアは勇者を囲っている事で有名です。それが、あのようなその日の食にも困るほどの状態でこちらに送られてくる、というのも有り得ないかと私は思いますが……」


「……確かに、その通りか。ならば、その者はあくまでも流れ者の武人だったとみるべきか……。その者は今どこに?」


「数日フランケンに滞在しているのは確認しておりましたが、その後はなんとも……。もし、フランケンにいない場合は要衝地の森にいる可能性が高いかと。なんでも、あそこは人が来ないので、武の鍛錬に最適だとか」


「なんと。あの要衝の地にいるのか……」


 王はヴォルスンド北東の、要衝の地に自国からの難民がいる事は把握している。本来、領土内に入ってきているわけではないので放置しても問題は無いのだが、難民たちを主導する者が自国の民だった事は事実として大きい。


 そんな時だ。ヘルナルの席の反対側、挙手する者がいた。領主たちが軒並み煌びやかな服装に身を包んでいるこの場内において、ただ一人鎧を着た者だ。


 滅竜騎将ゲッシュ。現役の兵でありながら、一つの領土を任せられた唯一の存在。竜を討伐する滅竜騎士たちを率いて、竜との戦いにおける最前線都市、北都ネーデルを任せられた武人だ。


「どうしたゲッシュ」


「東のかの地の話で一つ思い出した事が。自分自身が見た話ではなく、部下による報告のみなので、申告すべきか聊か迷う事案なのですが」


「よい。お前がわざわざこの場で話そうとする事案なれば、重要な事だろうからな」


 王の言葉にゲッシュが深く一礼する。


「ありがたきお言葉。それでは報告します。つい先日、ちょうど自分がネーデルを経つ日でした。最前線から哨戒の任務を終えた兵たちが戻ってきたところに遭遇したため、異常が無いかを確認したのですが」


「……まさか、ファフニールが動き出したのか!?」


「いえ、ファフニールは未だ動きを見せてはおらず……。ただ、その兵士たちが気になるものを見たと。

 曰く、竜どもの領土において、東に向かう、竜を見たといっているのです」


 それだけならば、ただ領土内を移動する竜と思うのだが、


「目視による検分により、その竜がファフニールほどの大きさだったというのです」


 ゲッシュの言葉に、部屋の中がざわつく。


 竜は、種類にもよるが、その大きさで力の強さが決まる事が多い。故に、竜たちを束ねる魔王として存在するファフニールと同等となれば、それは脅威が二倍に膨れ上がったという事を意味するのだ。


「それは、ファフニールのつがいと見るべきか……?」


「いえ、そこまではなんとも……その竜は三体の竜を連れて東に高速で飛び去ったゆえ、兵士たちも追えなかったと話しています」


「竜どもの地から東となると、やはりかの要衝地か……。今、あの地で何かが起きているのやもしれん」


 グンター王は言って、少し間を空けてから、再度口を開いた。


「我が娘、クリームヒルトよ!」


 それは、グンターの後ろに控えていた少女。長い金髪と美貌を兼ね備えた彼女は、文字通りヴォルスンドの姫だ。そして、ただの姫ではなかった。


「お前に少数での遠征を命じる。勇者ジークフリートを連れて、かの地で何が起こっているかを視て来るのだ。もしも、かの地に新たな竜が巣食おうとしているのならば、姫騎士としてこれを討ち取れ。ただし、他国や魔王どもには気取られぬようにな」


「……はい、かしこまりました、お父様」


「追って正式な任を出す。それまで英気を養っておけ」


 王の言葉に、スカートの裾を持ち上げ、一礼したクリームヒルトは、そのまま会議場を出た。



●●●



 途中、メイドたちにより、対外向けのドレスから部屋着へと着替えたクリームヒルトは自室の扉を開け、部屋に入った。


「―――あら、姫の部屋に狼が忍び込んでいるわね」


 言葉の先、一人の青年が部屋に備わっていた椅子に座り、こちらを見ていた。


「人のことを狼呼ばわりは聞き捨てならない、クリム」


 ベッドに腰掛けたクリームヒルトに、青年が立ち上がって言った。


「ふふ、ごめんなさいね、ジーク。だけど、私の部屋に入れる男性なんて、貴方ぐらいのものよ? お父様だって私に怒られるのが怖いから入ってこないぐらいだし」


「そりゃあ、君の戦闘力を相手に生き残れるのは僕ぐらいだ。誰だって死にたくないだろうさ」


 肩をすくめてクリームヒルトにそう言った青年。ヴォルスンドが抱える勇者、ジークフリート。名実ともに竜殺しの英雄だ。


「それこそ聞き捨てならないわジーク。私がまるで狂戦士みたいな言い方よ」


「その通りだよクリム。君、巷でなんて言われてるかわかっているかい? 『竜壊りゅうかいの姫騎士』だよ。殺すじゃなくて壊すなんてところがまさにぴったりだと思うけど」


 ジークフリートの言葉に、クリームヒルトが顔をしかめた。


「民の前では可憐な姫を演じているつもりなのだけれど。仕方が無いわ、壊すのは事実なのだし。……それじゃあ、国の勇者の前では、一人の女として振舞おうかしら?」


 言って、クリームヒルトが自らの衣服に手をかける。


 だが、それをジークフリートが制止した。


「待った。その前に、会議の内容を聞かせてもらおうか」


「……むう。仕事人間なのは相変わらずね。いいわ、話してあげる。

 ―――どうやら、ゲッシュの部下が新たな竜を見たらしいの」


 言葉に、ジークフリートが目を細めた。


「ファフニールとの関連はまだ明らかになっていないけれど、どうやらその竜はあの要衝地に向かった可能性が高いらしいわ。それ故に、私にお父様から貴方と二人でかの地に赴いて、確かめてこいって任を頂いたわ」


「へえ、それは楽しみだ。いつごろに?」


「さあ。追って正式に任を出すとの事よ。それまで英気を養っておけと言われたわ。

 ……だ・か・ら」


 クリームヒルトはベッドにジークフリートを引き込み、一緒に倒れこむ。


「そこそこの遠征になるわ。それまで、私を満足させて頂戴ね、勇者様?」


「……ふん、望むところだ、お姫様」





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