第29話 一件落着
時刻は既に深夜、もう少しで太陽が顔を出す時間帯に突入するころ。
オキュレイスを降りた俺を待っていたのは、ゼルシア、ジンタロウ。そして大勢の魔物たちだった。
俺の最初の感想は、
(うわ、思ったよりいっぱいいる……)
目視で数えてみれば、約五十体ほどだろうか。
フラウのように人間体に近い容姿の者が多いが、一般的な魔物の姿もある。年齢、種族もかなりばらばらだ。
多数の魔物を率いて世界を支配した魔王を経験した身としては何を今更、と言われるかもしれないが、緊張するものは緊張する。
ともあれ、皆は黙って俺の言葉を待っているようなので、何かを言わなければならない。
「あー、どうも。サキトです」
なんとも頼りない感じの第一声になった。
「見た目は人間だけど、これでも他の世界じゃ魔王をやった事もある。だから、君たち魔物がどうこうとかは俺の中には無い。逆に言うならそこに人間で勇者だったジンタロウが協力者としているしな」
俺は横にいたジンタロウに手を差し出すように視線を誘導して軽く紹介する。
「……君らの中には純粋に俺の下に付きたい者、強くなるために付いてきた者、なんなら流れで付いてきてしまった、なんてのもいるとは思う」
ゼルシアが事前に説明したはずだが、それでも流れに乗るだけのやつなんてのはざらにいる。というか、この展開自体、俺自身が望んだものではない。そういった意味では、俺もこの空気に流されているとも言え、他人の事を言えないだろう。
「改めて言っておく。
俺が欲しいのは、ゼル―――この、ゼルシアとの平和な日々だ。だけど、それを邪魔するやつらは全部はっ倒していくつもりだ。だから、俺の下に付くって事は場合によっては人間も魔物も敵に回す可能性がある。現に帝国は敵に回した形だしな」
できるだけそんな事にはなりたく無いのだが、こちらがそう思っていても向こうがそう思っていないのであれば仕方が無いことだ。
「―――ただ強くなるためなら北の魔王のところに行った方が良いだろうし、流れで付いてきただけなら即刻戻る事を勧める」
言葉と同時、俺は無宣告で魔力による圧力を展開した。それは、以前盗賊相手に展開したものと同等。魔物であれば、人間よりも魔力を感じ易い分、その威力は大きい。これに耐えられないようでは、そもそも俺の眷属化になど、耐えられない。
俺から溢れ出す魔力に気付いたのか、ジンタロウが俺に声をかけようとする。だが、それをゼルシアが一歩前に出す事で制止する。これが、必要な事だと彼女も理解しているからだ。
(……へえ)
眼前、逃げ出す魔物がいない。面食らったり、恐怖で震える者もいるが、それでも逃げる、という行為を選ぶ者がいないのだ。
それだけの覚悟はあると、そういうことだろう。帝国に襲われ、その不条理に心を動かされたのか、それとも俺やゼルシアたちの圧倒的な力に憧れたのか。いずれにしろ、覚悟を見せられて、いきなり帰れとも言えない。
「―――わかった。今からお前らを俺の部下見習いとする! ここで共同生活をして、まあやりたいことをやれ。ただし、誰かに迷惑はかけるなよ!」
瞬間、魔物たちが緊張の糸が切れたように喜んだ。認められたと、お互いに顔を見合わせて騒ぎ出した。
(ある程度の共同生活を経て、無理だと判断するならまたそこで考えればいいか……)
などと、自分の中で妥協案を作っていく。
しかし、こうなってくると、問題が一つ出てくる。
「……ゼルとの二人きりの時間がさらに減るなぁ」
「お前さんブレないのな……」
大きなため息交じりの言葉に、ジンタロウが半目で言ってきた。
「そりゃあさっきも言ったけど俺の第一優先はゼルだからなー。その他なんて二の次だって」
「そうかい、そりゃお熱いこって。……で、その相手はどうしたんだ、顔を伏せて」
ジンタロウが問うた先はゼルシアだ。
「いえ、そのサキト様。先程は、過ぎた事を申したと思いまして」
この場合の先程、とは魔物の町で、ゼルシアが俺を諌めた事だろう。
「否、あれはゼルが正しいから。俺が
……だから、ありがとうな。ちゃんと諌めてくれて」
「……ありがとうございます」
ぽんと手を乗せた頭を一度だけ傾け、ゼルシアが動かなくなる。それで納得したという事だろう。
そんな俺たちの様子を見ていたジンタロウが手で自身を扇いだ。
「あーあー、やめやめ。近くで幸せ空間作るな、まったく。気温が上がる」
「なんだよ、それ」
言って、俺とゼルシアが笑う。ともあれ、一件落着。ここからどう動こうか、考えなければ。
「……まずは食料と住居の確保が優先ではないでしょうか」
俺の考えを読んだのか、ゼルシアが進言してきた。
「んー、そうだな。住居はもう機工人形も貸し出して自分たちで作ってもらう。
食料は湖での漁と森の中での狩り、あとは農業か。漁はアルドスの連中とミアミスしなければ大丈夫だろうし、狩りも生態系のバランスを考えれば大丈夫だろう。ただ農業はなぁ」
作物の種類や、土壌の問題など、簡単な話ではない。
「俺も食ってただけでその辺りの知識は無いな……。なんなら、魔物たちの方が知ってるんじゃないのか? 町のほう、周りには畑っぽいのもあっただろ」
言ったのはジンタロウだ。彼は俺が暴れるまで町の西側にいた。その時に、そういったものを見ていたのだろう。
ジンタロウの言う通りかもしれない。フラウも、兄の漁に付き合って溺れた、と言っていたし、そのあたりの自給自足についてはこちらが手取り足取り教えなくともできるはずなのだ。俺たちがやるとしたら、細かなルール決めなどだろう。
そして、俺としてはその他に悩む様子が
「……うーん、忙しくなるなぁこれ」
「気が重くなる事言うなよ、俺だって魔物と一緒に生活とか人生初なんだからよ」
ジンタロウもなんだかんだでこの先、魔物たちと同じ陣営でやっていく事に不安があるのだろう。そんな事を口にする。
「うん、まあ。共同生活を管理していく、っていう意味合いでもあったんだけどさ。忙しくなるってのは、
俺はこめかみに手をやって目を伏せながら言った。
俺の言葉にジンタロウが、また訳の分からん事を、と言うが、ゼルシアは―――気付いたらしい。西の空を見て、ああ、と頷いた。
まだ距離はあるが、
「―――みんな、注目!」
叫びに、魔物たちが騒ぐのを止めて、こちらを向いた。
「みんなに言ってない事……というか、紹介してないやつがいる。知ってるのはフラウぐらいで、ジンタロウも知らないか。ゼルの次に俺が信頼している部下だ。驚かずに受け入れてやって欲しい!」
それが到着するまでにはその程度の事しか言えなかった。あいつ見た目のインパクト大きいし驚かないとか無理かなぁ、と思っていると、羽ばたきの音と、その圧倒的な魔力で、それは現れた。
『―――ほう。我が西方に行っている間に、なにやら面白いことになっているな? 王、
そんな言葉と共に現れた巨躯。
魔竜ミドガルズオルム。
その傍らには三体の竜を従えている。それが、今回の遠征の結果なのだろう。
「……紹介しよう。俺の部下、魔竜ミドガルズオルムだ」
『ふむ、状況が掴めんのだが』
「おいおい説明します、ミドガルズオルム」
そんな俺、ゼルシア、ミドガルズオルムの様子に対し、
「「「――――――…………」」」
反応が無い。フラウのように、失神しているわけではないようだが……。
はて、この空気どうしたものかと思った時だ。隣のジンタロウが一歩前に出た。
どうしたどうしたと見守る中、彼は魔物たちの前に行き、踵を返した。そして、大きく息を吸って、吐いて、また吸ってから、
「―――ドラゴンだぁぁぁーーー!!!???」
「「「わああああぁぁぁぁーーー!!!???」」」
ジンタロウの声から始まった魔物たちの反応に、俺は耳を押さえて、
「うわ、うるさい」
もう少しで、夜が明ける。
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