第28話 飛行艦の使い道なんて

(―――駆動系、操作系との連結を完了。操作系の組み換え、全行程完了―――よし、いける)


 俺は二時間前とは異なる形状の操縦桿を握った。


「―――ふー……。エンジン再起動!」


 言葉と共に、俺は操縦桿に魔力を流し込んだ。その直後、艦内にエンジンが回る音が鳴り響く。


「成功だ……」


 不思議と気分が高揚している。こういうの動かすのは男の子なら好きだからな!


 などと思っていると、ジンタロウが艦橋に跳び入ってきた。


「おい! 終わったなら呼べよ! 割と驚いちまっただろうが!」


 頭を摩りながら言ってくるあたり、たぶんどこかに勢いあまってぶつけたのだろう。素直に謝罪の言葉が出てくる。


「いやほんとごめん。テンションあがっちゃって」


「……はあ。まあわかるがな。これでロボットだったらなおさらだろ?」


「お、ジンタロウさん解るタイプ?」


「ちょっとは、な。それで、ここからどうするんだ?」


 ジンタロウが隣の席に腰掛けて問うてきた。


「すぐ戻ろう―――と言いたいところなんだけど、少し、ここで待っててくれないか?」


 俺は立ち上がって言った。そのまま、艦橋の出口に向かう。


「別にかまわんが、どこに行くんだ?」


「残してた事後処理というか、伝言かな? 後々問題になりそうなものを潰しておくきたいんだ」


 放置していれば、必ず大きな問題になる、というものが残っているのだ。


「まあ、よくわからんが、わかった」


「変に弄るなよー……まじでな?」


 早く行け、という顔のジンタロウを残して、俺はやるべき事をやりに飛行艦から降りた。




 そして、そこから戻ってきたのは数十分後だった。


「ただいま」


「む、帰ったか。何してきたんだ?」


 当然の質問がとんできた。


「ちょっとなー。後で説明する。ゼルたちも森の方に帰ってたし、俺たちも戻ろう」


「このままでか? アルドスとやらの連中に見られるんじゃないか?」


「そのままだったら可能性はあるけど……これを使えば良い」


 言って、ホログラムディスプレイをタッチして機能を立ち上げる。


 直後、見知らぬ女性の声で艦内アナウンスが流れる。


『本艦はこれより光学迷彩システムによるステルス航行に移行します―――各員、所定の位置についてください―――』


「こ、光学迷彩!?」


 ジンタロウが驚きの声をあげる。


「そんな驚く事でも無いって」


 自分の事は棚に上げて、ジンタロウを宥める。


光学迷彩それ自体は光属性の魔法とかで使える幻影魔法を使えば、簡単なんだよ。この艦のステルスシステムだって幻影魔法を主軸においたものだし。

 俺が驚いてるのは、それを『機械』が一つのシステムとして発動させてる事かな」


 魔法的、魔術的な要素を多く含めた石や植物などはゴーレムや遺跡の防衛機構としても使われるが、電子回路を使用した鋼鉄の塊がそれを使用しているのは俺としては興味を引くには十分な事実だ。


「ふーん。俺からしたらその辺りはさっぱりだな。魔法なんて、戦いに使えるってぐらいの認識しかしてないからなぁ」


「魔法使いとかでもない限り、そんなもんだよ。

 ……うん、システムオール―――ではないけど今必要なのはグリーン。もう外からはかなり見えにくいはずだし、離陸するぞ」


 ああ、と今度はジンタロウの返答を待ってから、操縦桿を引いた。直後に身体が浮く感覚が襲ってくる。


 おおう、とわずかに声をあげたジンタロウを尻目に、俺はオキュレイスの進路方向を南西、拠点の森側に向ける。そのまま推進システムにより、発進する。この艦の速度ならば、俺の飛行速度と同等の速度で帰れるはずだ。


 そう思いながら、俺は操縦桿を前に倒したのだった。



●●●



「揺れも少ないし、乗り物としてはかなりいい部類だな、これ」


 もはや、到着という頃合に、ジンタロウがそんなことを言い出した。


「そりゃあ、今のこの航行で気流が荒いところなんて無かったしな。それにたぶん、帝国最新鋭の艦だろうからなあ」


「……ふと、思ったんだけどそんなのが紛失したってなら、帝国のやつら、血眼で捜しに来るんじゃないのか?」


 人の行き来すら制限している国だ。当然、自国の機密であるオキュレイスこのふねが失踪したというなら、それなりの対応はしてくるだろう。

 そして、この艦の元の持ち主たちが最後に確認されているのは、湖の北、魔物の町だ。そこを目指して確認部隊はやってくるはず。だから、


「さっき、残ってた町の魔物たちに言ってきたんだ。少しでも生き残りたいなら、ここを捨ててもっと西か、北側に行けってさ。あそこより良い環境はそう無いだろうけど、この要衝地の中なら魔王がわざわざ手を出してくるってことは無いと思うんだ。それに、あの町はもうどちらにしろ、駄目だ」


 建築物のほとんどが崩れてしまって、町と言えるものではなくなっている。あそこまで破壊されているのならば、新たな地で町を起した方がいい。例え、そこに愛着がったとしても、だ。


 冷たい事を言うようだが、そこに帝国の特殊部隊の行方を捜す部隊が来るとなれば、答えは決まっている。


「あとは残ってた町長の爺さんにも伝言。仮に見つかったら、魔王がやってきたって、言うようにさせてきたんだ。魔王レベルなら特殊部隊を全滅させられるだろうし、この船だって、大型の魔物ならだろうしな」


「……どんな巨人だよ、と言いたくなるが、ヴォルスンドやオルディニアの人間が一連の黒幕というよりは信憑性が出るかもな」


 黒幕って、と思うが、口には出さない。


「だけどよ、お前さんはこれを使えば力にできるかも、なんて言ったが、そこの所はどうなんだ? オーディア相手にこの船は役に立つものなのか?」


「え? 否、たぶんこんなのすぐ破壊されるんじゃないか?」


「―――は? じゃあなんで……」


「俺としては、力になる、とは言ったけど、、とは言ってないぞー。個人的にこの船のシステムを解析して、生活に便利になるものに流用できるかもって思っただけで」


 魔法を利用した機械システムの構築。これは俺が最初の魔王時代に思いつき、研究していた分野だ。機工人形などがその研究の賜物なのだが、結局オーディアと敵対すると決めた時から、そちらよりも自身の研鑽に時間を注いできたので、あまり進んでいないのが実情だったのだ。


 そこにこんなお宝が舞い込んできた。解体して、とは簡単に言えないが、《鑑定博士》でじっくりと調べたいから奪ったと言ってもいい。


「お前、そんな理由で……」


「そんな理由が大事なんだよ。日本での生活とか思い出してみろよ。魔法でほぼ再現できると言えばできるけど、ものによっては準備だって要る。それをボタン一つでできるようにするってなら大きな事だろ」


 人は楽をするために努力する。それが俺の座右の銘の一つだ。オーディアに対しても言った覚えがある。


「だいたいさー、勇者一人でこの艦相手にしても勝てると思うぞ?」


 俺が、オーディア相手に役には立たないと言ったのは、そこがわかっているからだった。


「俺でも本気になれば指一本でこの飛行艦程度、粉々にできるし。ジンタロウだって、飛んでいる、っていう条件を除いたら、どうにかできるだろ?」


「そんな訳無いだろ―――と言いたいところだが、正直言えば、できるだろうな。俺は攻撃には特化してないから破壊に関しては時間はかかるだろうが、この飛行艦の主砲程度ならグランアイギスを使わなくとも、スキルだけで身を守れる」


 勇者が、勇者たる所以は、根本から常識が異なるところにある。それは主に、女神からの贈り物スキルなどが原因な訳だが、それ一つだけで普通の人間という枠組みからは大きくはみ出る事になる。


「勇者が勝てないような物を帝国が持っているなら、今頃ヴォルスンドもオルディニアも帝国領だろうしな」


「そ。帝国の技術は確かに革新的だけど、それだけでこの世界を支配できるほど、単純なわけじゃない。人間側で見ても、な」


 そこにもう半分の魔族側の事情が入ってくると、それこそカオスだ。そして、逆に言えば、やはり脅威なのは帝国だけではないということだ。


「そこまで考えると、やっぱりこの世界でのんびり過ごすって大変な気がしてくるし、あの女神ほんと許さない」


 帝国の最新鋭艦を奪ったやつが言う事じゃない、という顔をジンタロウがしているが無視する。


「……はあ。勇者で魔王とかいう根本から矛盾を抱えたやつだし、何を言っても無駄か」


「褒めるなよ。って、ほら。もう着いたぞ」


 艦橋から見える景色はだいたいが木々だが、少し先の地上、開けた場所が見える。そして、そこにはゼルシアや彼女が導いてきた魔物たちが確認できる。


「光学迷彩を解除するから、ジンタロウは下に降りて、魔力通信で誘導してくれ」


「あいよ」


 減速しながら頼んだ言葉に、短い返答をして艦橋から出たジンタロウが、数分後には地上に降りていた。




 ちなみに地上までは約五十メートル。普通の人間ならば即死の高さを軽く飛び降りるところ等も勇者ヒーローの異常さなのは、この部分でも顕著だったりする。



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