第27話 遺された魔導飛行艦

 フラウの声に反応は主に三種類に分かれた。


 ―――フラウに同調する者。


 ―――人間の下に付くなんて、と拒否する者。


 ―――どうしようか迷いを持ったり、話の流れに乗れていない者。


(同調するやつらはともかく、拒否も当たり前の反応だ。俺の外見は人間だしな)


 使役魔法や、契約において、魔獣、または魔物が人間に下につくことはあるが、今はそのような状況ではない。そもそも彼らは戦火を逃れてきたのだから、戦いの要因になる人間という存在もまた忌避する対象なのだ。


(うーん、どうしたものか……)


 どちらにしろ、広場の意識は全てこちらに向けられていた。この騒ぎを収拾するのは簡単ではない。そんなことを思った時、ゼルシアが顔を近づけてきた。


「―――サキト様、報告しておきたい事が」


「うん?」


「先程、上空から町を確認していたところ、少し離れた東側、見慣れないものが確認できました。どうやらサキト様の機工人形と同じ鋼鉄を材質の主体にした物のようなのですが……」


「鋼鉄を材料にしたもの……まさか」


 隊長たちの話を盗み聞きしていた時、勇者はどのような手段で帝国に帰ったと言っていたか。


「飛行艦……!」


「なんだと?」


 近くに居たジンタロウも言葉に反応した。


「たぶん、特殊部隊のやつらが乗ってたやつだ。町の東にあるらしい」


「……だけど、この状況放置していけるもんでもないだろう」


「うーん…………そうだ。ゼル、ちょっと頼まれてくれないか?」


 それは、ゼルシアにこの場を任せるということ。今一度、皆の前で俺たちに付いて来ることがどういうことかを説明し、それでも付いてくるという覚悟の者だけを森に連れて行く、というものだ。


 残ると決めた者たちは、俺たちにはどうしようもない。彼らの行く末は彼らが決めるべきだからだ。


 そして、ゼルシアが魔物たちの対応をしている間に、俺とジンタロウで帝国の飛行艦を確認しに行く。


「それと―――機工人形を半分残しておくから、帝国のやつらの遺体を集めて、町から離れたところに埋葬しておいてくれ。さすがにこのままって訳にはいかないし」


「承知いたしました。任務完了後、希望の者たちを纏め、帰還します」


「頼む。よほどの事が無い限り、俺に報告しないまま行ってかまわないから。

 ―――ジンタロウ、行こう」



●●●



 それは町のすぐ東に停泊していた。


 全長五十メートルほどの艦艇。完全に停止しているわけではないようで、内部から機動音が響いてくる。


 だがその姿は、俺が現実で見た船の様相とは異なっている。


 まず、水の上に浮いていなかった。地上、地盤が比較的固めであろう上に鎮座している。外装はところどころから線状の赤い光が発せられており、如何にもな雰囲気をかもし出している。そして本来、舵やスクリューがあるであろう後方下側、見た事も無い部品が取り付けられている。


 俺とジンタロウはそのすぐ横に居た。


「……これ、どこから入るんだ?」


「俺がわかると思うか?」

 

「それもそうか……、《鑑定博士》」


 俺はスキルを発動し、入り口が無いか目視で探していく。


 十数秒でそれは見つかった。側面の一部、なにやら端末を発見する。


 見てみると、扉開閉用の入力端末なようだ。


「パスワードが必要か……」


「ちょい待ち……これだ」


 《鑑定博士》でパスワードを解析し、入力する。


「パスまで分かるのか。それもお前さんのスキルか?」


「そう、《鑑定博士》。オーディアにスキルもらったときに鑑定系をすっかり忘れててさ。仕方が無いから作った」


「…………かなりめちゃくちゃな事を聞いている気がする」


 遠い目で言うジンタロウも、飛行艦の扉が開く事で意識を戻す。


「……中に誰かいると思うか?」


 この飛行艦は起動状態にあり、普通であれば、中に待機用のメンバーがいるはずだ。


「否、感知に引っかからない。外であれだけの地獄絵図があっても中から増援が出てきた様子もないし、たぶん待機モードか何かにしているんじゃないのか」

 

「ならいいんだが……。よし、入るぞ」


 中に入ると、外装から想像していた通りの通路が目に入る。一面が鉄や液晶など、どうみても近未来感溢れる光景だ。


「……やはり人の気配は無いか」


「ああ……艦橋を目指そう」


 俺とジンタロウは、多少迷いながら艦橋へと上っていく。


 船自体がそこまで大きくないので、艦橋へはすぐにたどり着いた。


「……うーん、世界観台無し」


 一面の計器や液晶、操縦桿だ。それも、一部はホログラムディスプレイとなっており、何かの図が投影されている。


「ヴォルスンドやオルディニアでこんなの、見た事ある?」


「否、無いな。しかも、これ、地球よりも高度な技術が使われているだろう」


「……ジンタロウって何年ごろまで日本で生きてたんだっけ?」


「西暦2017年だ。そっちは?」


「13年。似たようなものか。

 ……でも、考えてみれば、こういう世界が無い、ってことは無いはずなんだよな」


「と、言うと?」


「俺らの元の世界より技術が進んでいる世界があるってこと。異世界って言えば、だいたいは世界観的には中世とか近世あたりを想像しちゃうけど、もっと先の世界だって存在するのは当たり前なはずなんだ」


 オーディアがそういったことを言っていた記憶は無いが、まだ関係が悪くなかったときに聞いておけばよかっただろうか。今となってはもう遅いことだ。


「まあ、ヴォルスンドみたいにそこまで機械文明が発達してない魔法主体の国と、こういう文明を持つ国が両立した世界ってのも珍しい気もするけど。そこは帝国の方針の影響なんだろうなー」


「鎖国してるからな、そうもなる。

 で、これどうするんだ?」


 そう、本題はそこだ。


 この飛行艦の処遇。持ち主は既にこの世に無い。


「俺としては回収したい。詳しく調べれば、帝国の事がわかるかもしれないし、この技術を取り込める事ができたら俺たちの力になる。

 それに、ここにこれがあったら問題だろ? いずれは帝国の確認部隊が来て、これを回収すると思うけど、それまで壊滅した魔物の町の隣にぽんと置かれたままだ」


 場所が場所なので、目は少ないはずだが、何かしらのトリガーになる可能性もある。


「だけどな、サキト。お前、これの操縦できるのか? ちなみに俺は無理だぞ。生前持っていた免許なんて普通自動車ぐらいだからな」


「そんな事言ったら俺なんて高校生だった上に、スマートフォンが普及してちょっと経った位までしか日本にいなかったから……、うーん、どうしたものか」


「マニュアルとか無いのか。こういう乗り物って大概はあるはずだろ」


「探してみよう」


 俺とジンタロウが手分けして、艦橋内部を探る。だが、見つかるのは特殊部隊隊員だった者たちの遺品や食料などのごみだけで、マニュアルらしきものが見つからない。


 他の部屋なども含めて、数十分探してみたが、やはりマニュアルは見つからなかった。


「これだけ探しても無いとなると、デジタルマニュアル紙じゃないって線もあるか?」


 艦橋に戻ってきたジンタロウが艦長の席らしきもの―――きっとあの隊長が座っていたであろう席に腰掛ける。


「もしくは機密保全のために、隊員が艦の事を隅から隅まで覚えてマニュアルが存在しないか、だ。特殊部隊だって言うなら、そっちの方が可能性は高そうじゃないかな」


 表沙汰にできない様な事をする連中だ。仮に船が掌握された場合などの事も考えられているのだろう。


「それじゃあどうする? 一応、テキトーに操作して、駄目そうなら諦めるか?」


 ジンタロウが立ち上がり、メイン操縦席と思われるところに腰掛けようとする。


「―――否、変に操作して、搭載されてるかは分からないけど、武装系が起動したら危険だ」

 

 下手をすれば、付近にいる魔物たちや、湖の反対側にあるアルドスまで被害が出る可能性もある。


 だから、それよりも安全な策をとる。


「ジンタロウ、どいてくれ。ちょっと強引だけど、


「は? どういうことだ? ……まさか、お前」


 ジンタロウは既に知っているはずだ。俺が、スキルによって物体を作成できる事を。そして、その応用技があることも。


「《工房にてクラフター》と《鑑定博士》を同時利用してこの飛行艦の操作系を、俺が操作できるように造り直す。特急でとりあえず操作系だけだから、使用できる機能もだいぶ限られるけど、森までなら行ける筈だ」


 言葉と共に、《鑑定博士》を起動する。そのまま鑑定対象を左手で握った操縦桿からその内部にまで広げる。


 すぐに、操作系の情報が取り込まれ、脳内に蓄積していく。そして、それを元に右手で違う操縦桿に触れ、《工房にてクラフター》による改造が始まる。


 この飛行艦に使われているものは未知の技術ではあるが、魔法が使われている部分がかなりある。であれば、そこを糸口に解析していく事は可能だ。とは言え、少しかかりそうだ。その間に《鑑定博士》でこの飛行艦の基本情報だけでも入手してしまおう。


(―――ガイウルズ帝国、特殊部隊第一中隊所属魔導飛行艦、オキュレイス級一番艦・オキュレイス。これがこの船の名称か。燃料は―――これ、魔石か。まだ余裕があるな……。武装系は、機銃、実弾大砲―――主砲に魔導砲ね。それで……これは!?)


 鑑定を進めているうちに、俺はある機能を発見する。


(ステルス迷彩……この世界の他国にレーダーがあるとも思えないから、これは……、やっぱり。光属性の魔法を利用した光学迷彩システム。これも今使えるようにしてしまおう)


 造り直しの時間が多少延びてしまうが、目立つことなく森まで帰れるのは好都合だ。


「おい、大丈夫なのか?」


 言葉を発しなくなった俺に、ジンタロウが声を投げてくる。


「んー、いけそう。ただ、時間がかかるから、ジンタロウはその間に船内を探索して、何かありそうなら集めてきてくれ」


「さっき粗方探したんだが……まあやることもないし、いいか」


 ジンタロウが艦橋から出て行く。これで集中ができる。


 結局、俺が《工房にてクラフター》による改造を終えたのはそれから二時間後のことだった。

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