第26話 介入したらどうなるか


「……サキトさん」


「おー、フラウ。ゼルも。そっちの方は?」


「敵対存在は全滅を確認。保護対象はそれぞれ広場に集まるように指示して参りました」


 辺りを見渡して言葉を失っているフラウの代わりにゼルシアが報告する。


「そっか。じゃあ残るはこいつだけか」


 俺は足元の隊長の男を見た。


 その姿は両腕を失い、腹部にはアルノードが突き刺さっている事で動きをとれずにいる。


「……こ、これをサキトさんが……?」


 多数の死体。それは人間のものだからと言って、慣れていない者にとっては衝撃的な光景だ。


「そうだ。

 ……幻滅したか? 自分を助けてくれたやつがこんな事をするなんて、って」


「そんな……事は……」


 フラウが視線を落とした。


「―――ううん……あ、あたしが……サキトさんに助けてって言ったから……? こんなことに……?」


「そうではありませんよ、フラウ様」


 消え入りそうな声のフラウの言葉に、ゼルシアが即時の否定をした。


「確かにサキト様に助けを求めたのは貴女ですが、そこからこの選択をされたのはサキト様、それと西側の敵対存在を掃討した私です。そこに、貴女の責任はありません」


 ゼルシアがフラウの肩に手を乗せて言い聞かせる。


 そしてこちらに振り向いたゼルシアは、


「―――サキト様も意地が悪いかと」


 眉を上げたゼルシアの言葉に、怒ってるなぁ、と思い、謝罪する。


 彼女が俺に対し、進言をすることはよくあるが、諫言はめったに無い。それだけ、今のは俺が悪いと、ゼルシアが判断したのだろう。


「……悪い。ちょっと魔王に寄り過ぎてた。ごめんな、フラウ」


 フラウの頭をぽんぽんと触り、謝る。


「解決策としては他にも考えればあったんだろうけどさ。俺もちょっとこいつらには手加減する気はなかったから」


 実際のところ、このような結果になったのは俺の癇に障ったというところが大きい。


 そんな様子を見ていたジンタロウが頭をかきながら言う。


「あー、まあ、なんだ。とりあえず、捕まってるやつらを助けようか。お前さんの家族も居るんじゃないのか」


「そ、そうでした……!」


 続々と西側に逃げていた魔物も広場に集合してきている中、俺たちは手分けして、魔物たちの拘束を解いていく。


「フラウ……! ああ、良かった!」


 横、見てみれば、フラウの母親らしき女性のリザードマンがフラウを抱きしめていた。その隣には父親や兄弟らしき者たちも居る。


「……まあ、良かったんじゃないか? 助けなきゃ、こいつらやばかったんだろ?」


 ふと、ジンタロウがこちらに近づいてきて言った。


「ああ。聞いた感じだと実験材料もそうだけど、奴隷、ペットとして捕らえるつもりでもあったみたいだな」


「それは……死ぬよりつらいかもな」


 言葉に頷いた時だ。


 魔物たちの中から一体がこちらに近づいてきた。老体と思われるその魔物は、歩みを止めると、一礼して、


「……私は、この魔物たちの代表―――町長の役を担う者です。この度は、私たちを助けていただき、ありがとうございました。魔物である私たちに人間の方が満足できるようなお礼は出来ないですが……」


「俺たちはフラウに助けを請われただけですから、別に礼とかは要らないですよ。

 ―――ところで、あれ、どうします? 出血の量からして、たぶん持って数分ですけど」


 親指で指した先、離れたところで帝国軍隊長が両腕から流れ出た大量の血液に浸っている。


「……私たちの仲間を襲い、消えていった者たちのことを考えれば憎みもしますが……もうすぐその命を散らすというならば、敢えて私たちがその手を汚す必要はないでしょう」

 

「そうですか。貴方がたがそう言うのでしたら」


 俺は言って、未だ隊長の腹に突き刺さり、彼を地面に縫い付けているアルノードに右手を向けた。その瞬間、独りでにアルノードが動き、俺の手の中に納まる。


「ぐっ……貴様ら……」


「なんだ、まだ喋れる余裕はあるのか。普通の人間ならもう死んでてもおかしくないんだけど」


 実際、よくここまで意識を保っていられると思う。


「……覚悟、しておけ―――本国が……私たちの未帰還、を把握したら……確認の部隊が、送られてくる―――貴様らは、終わりだ……!」


 それだけ言って、隊長が地面に突っ伏した。


「……どうやら、事切れたようですね」


 ゼルシアが口にする。


 広場内の確認にまわっていたゼルシアも見ていたようで、戻りながら言葉を続けた。


「……しかし、あの者の言葉。同調するわけではありませんが、貴方がたも迂闊かと判断します」


「どういう事だ?」


 ジンタロウがゼルシアに言葉の意味を問う。


「ここは要衝地、多数の人間の国と魔物の国に挟まれた非常にデリケートな地という意味合いを持ちます。故に、誰もが公には手を出さない。

 ……しかし、逆に言えば、そこにはルール、法などありません。結果がこの惨状です。自らの身を守れないのならば、元々属する地―――ここで言えば、北の魔王たちが支配する土地に行った方が賢明かと」


 魔物は魔物が支配する土地に。そうすれば、少なくとも、今回のような魔物狩りの被害にあうことはかなり少なくなるだろう。


「わかっておりますとも。しかし、戻る事などできません」


 町長は目を伏せて顔を横に振った。


「何故です?」


「―――私たちは魔王様同士の争いから逃走を図った者たちの集まりなのでございますよ。戻ったところで、居場所などございません。弱肉強食の連鎖に巻き込まれ、死にゆくだけでございます」


 それは、ここから南、アルドスの民と同じ、


「……難民、って訳かよ」


 ジンタロウが顔をしかめる。


 周囲、見てみれば確かに、魔物の種類も様々でフラウのようなリザードマンだけじゃない。


「かと言って、ここに留まるのが得策とも思えないんだよな……、隊長あいつの言う話じゃ、帝国の勇者は国に戻っている。という事はここの事も知ってる。そんな中、一つの中隊が戻ってこないとなれば、国としては必ず調査するはずだ」


 俺の言葉に、ジンタロウとゼルシアが頷いた。


 何らかの手を打たなければ、今回のような事はまた起きる。


 だが、町長は諦めた様子で言葉を作った。


「……私たちを助けてくださった皆様の前でこんな事を言うものでもないですが……そうなっては仕方がありません―――それが、私たちの運命だったと、受け入れる他ありません」


「…………いいのかよ、それで」


 ジンタロウが問う。


「……せめて、若者たちは健やかに暮らして欲しいと、そうは思いますが……」


「そう思うなら、諦めるなよ!」


 ジンタロウが声を荒げた。魔物相手に戦ってきた彼も、この状況には何か思うことがあるのだろうか。


(―――否、それとも……)


「ありがとうございます。魔物でもない、人間の御方が私たちのことを考えてくださるだけで十分でございますよ」


「……っち」


 舌打ちをしたジンタロウが顔を背ける。


「……どうにかならないのか、サキト」


「どうにか、って言ってもなぁ……そう簡単な話じゃないだろ、これは」


 言ってしまえば、人間の難民問題と一緒だ。今、ここには数百体規模の魔物が居る。彼らを受け入れてくれる国や土地など、魔物側で無いのであれば、存在しない。


「森で匿うとかできないのか? お前さん、魔王でもあったんだ。部下にするとか出来るだろ」


 提案が来る。だが、それは、


「わかってるのかジンタロウ。俺の下に付くって事は、女神オーディアの敵になるって事だぞ。今はいいだろうけど、あの女神が俺に対して何らかのアクションを起こしてきた場合、必ず巻き込まれる。事によっては魔王同士や人間相手の戦いより激しい戦いになる。それじゃあ本末転倒だろ」


 考えなかったわけではない。俺の庇護下に入るなら、ある程度は守ってやれると。


 だが、どうしても今言ったことが壁としてぶち当たる。戦火から逃れてきた者たちも、そんな爆弾を抱えた者の下には付きたくないだろう。


 だから、それは駄目だと、否定しようとした時だ。


「―――あの、サキトさん!」


 名を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、フラウが近くまで来ていた。


「あの……さっきはすみませんでした!」


 言葉と共に、彼女が頭を深く下げてきた。


「いや、いいって。あれは俺が悪かったんだし」


「ううん、それに助けてもらったのに、お礼もしてないです。だから、その……ありがとうございました!」


 再度の一礼だ。感謝されるのは、悪い気分ではない。


「―――それで、その……」


 顔を上げたフラウが目を泳がせた。


「どうしましたか、フラウ様」


「その……こんな事言える立場でもないんですけど……あたしたちを眷族にしてくれませんか!?」


「……え」


 眷属。それは、魔物が他の魔物を支配下に置く事。


「……いやいやいや、話聞いてたか!? ……否、さっきのは聞こえなかったか……」


「いえ! 聞いてました。女神が敵とか、激しい戦いの可能性とか」


「だったら……」


「それでも! ……あたしは、サキトさんの下に居た方がいいって思うんです。守られた側が言う事じゃないですけど、今、ここに留まるよりは安全だと思います。それに、あたしたち自身、強くならないといけないって思ってるんです」


 今までの生活をしていても、弱い魔物から変わる事はできないと、フラウはそう言っているのだ。


「サキトさんはもちろん、ゼルシアお姉さんとジンタロウさん。それと……あのドラゴン様もいるんです。絶対変われるって思いますし、そのための努力はします! だから……!」


 ドラゴン……? という訝しげな表情のジンタロウは置いておき、サキトは迷った。

 

 確かに、眷属化をすれば、状況にもよるが、の能力次第で、は強力になる。それをフラウが知っているかは別として、この状況を解決するのはおそらくそれがベストだ。


 だが、それを選択した場合、かなり魔物側にことになる。


(大丈夫かなぁ……)


 かなり心配だ。おそらく、人間側との接触も今まで以上に注意が必要になる。


「……いいんじゃないのか? お前さん、地盤固めする必要があるって言ってただろ」


「言ってたけどさぁ……」


「サキト様。ここは器量を示す時かと。これを始めとして、この世界での一大勢力となれば、女神オーディアとの戦いも有利になるでしょう」


 なんかゼルシアちゃんノリノリじゃない?


「……ちなみに、俺に付きたいって言う魔物はフラウの他にどれくらい?」


「えっと……とりあえず、あたしとあたしの家族が。あと、サキトさんたちの戦いを見ていた若い男性たちとか……うーん、ちょっと訊いてみますね!」


 あ、ちょっと……、と、止める間もなく、フラウが声をあげた。


「えーと、皆さんの中で、あたしたちを助けてくれたこの方たちの眷族になる気がある方、いらっしゃいますか!? いたら集まってくださーい!」


 フラウの声が響き渡り、一瞬の静けさが周囲を包む。


 そして、皆が顔を見合わせてからだ。皆が皆、驚きの表情を以って、どよめいた。

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