第25話 帝国軍特殊部隊第一中隊の不運

「―――作業の進捗はどうなっている?」


 ガイウルズ帝国軍特殊部隊、第一中隊の隊長を務める男が近くに居た班長である部下に確認の声を飛ばした。


「はっ! 全体の進捗率は八割ほどであります。あとは西側地区が完了すれば、全行程が終了となる手はずであります!」


 報告に、隊長が取り出した時計で時間を確認する。


「ふむ、遅れが出ているな、本来であればもう帰路についているのだが……急がせろ。

 それと、老いた個体や抵抗して弱った個体は処分しろ、すぐ死ぬだろうからな。実験素材にする価値も無い」


 魔物研究科の連中から文句を言われても面倒だ、と隊長が付け加える。


「ああ、いつもどおりではあるが質の良い雌は別個にしておけ。どうやらここは豊富なようだから」


 ニヤリ、と隊長が口元を歪めて言った。


 魔物の雌は愛玩動物ペットとして裏取引されている。人間の姿に近く、容姿もそこそことなればかなりの高額商品だ。


 そうして彼ら特殊部隊の人間は、軍から支払われる給金とは別に、私腹を肥やしていた。


「了解であります!

 ……ところで、勇者殿はどちらに?」


 班長が周囲を見渡すが、目的の人物の影は無い。


「ああ、奴なら『満足したから帰る』と言って先に専用の小型飛行艦で本国に帰還した。

 まったく、暴れるだけ暴れて、実験体や商品になり得るものまで殺してしまいおって。皇女の寵愛を受けているからと図に乗りすぎなのだ」


「……隊長、それ以上は。古株連中はいいとして、歴の浅い新人などに聞かれると面倒かと」


 それは、告げ口の危険性がある、という班長の進言だ。


「―――ふん、そうだな。そんな考えの浅い者は間違いなく消える事にはなるが」


 愚か者がどうなろうと知った事ではない。


「とにかく急がせろ。私とて早く本国に帰還したいのだ。逃げた個体は少数であれば見逃してしまっていい」


 若干イラついた隊長の言葉に、班長が慌てて作業を進めるように現場の指示に戻る。


「……北部の魔王たちを刺激したら後々責任問題が面倒か……」


 隊長が北の方角を見遣って呟いた。


 帝国が確認している魔王三体。どれもかなり強力な個体で、対峙した場合、それ一体でどれだけの被害が出るか未知数、というのが魔物研究科の見解だ。


 もし、魔王が帝国に対し侵攻してきた場合、誰がその発端を作ったか、ということになる。無論、魔王側の気まぐれ、ということもあるだろうが、国内では必ず魔物狩りをしてきた者たちのせいだ、という連中は出てくる。


「やはり、面倒だな……命令を訂正すべきだな」


 



 だが、隊長を含め、第一中隊の者は気付いていなかった。


 上空で、が、自分たちの話を聞いていたことを。



●●●



 特殊部隊第一中隊隊長と班長のやり取りの数分前のこと。


 俺は燃え上がる魔物の町の、上空を飛んでいた。


 ジンタロウは町の西側で突入の待機をしている。


 町の外側からの確認で、現在帝国の者と思われる者たちが、住人である魔物たちを次々と捕らえていた。だから、俺はシンプルな作戦を取る事にした。


 手はずとしては、俺が相手の中枢を掌握。指揮系統が乱れた西側をジンタロウが制圧していく、という流れだ。


 西側だけで敵が数十人いるのに大丈夫か、と事前に訊ねたら、勇者なめんな、と返ってきたので大丈夫だろう、たぶん。




(……さて、敵の中枢は、と……いた)


 町の広場と思われる場所。多数の魔物が拘束されている。その周囲には帝国の軍服と思われるものを着た軍人が数十人。その中で、一人だけ意匠が異なるものが居る。あれがこの現場の最高責任者だろう。


 そして、その足元。広場には、謎の灰が多く散らばっている。


(あれが、崩された奴らの成れの果てか)


 その原因を作った奴はどこにいるか。おそらく、最も対応が面倒なのがそいつだ。


 だから、俺は情報を得る事にする。魔力による聴覚強化、それで敵の話し声が聞こえる。


『―――老いた個体や抵抗して弱った個体は処分―――質の良い雌は別個にしておけ。どうやらここは豊富―――』


『―――勇者殿はどちらに?』


『―――先に専用の小型飛行艦で本国に帰還―――実験体や商品になり得るものまで殺しやがって。皇女の寵愛を受けて―――』


(例の奴はやはり、勇者か……ということは崩れる現象はスキルによるもの……)


 あの者たちの話によれば、既にここには居ないようだ。それはそれで残念だ。その能力スキル、奪い取ってやっても良かったのに。


(……まあ、いいか。そろそろ動き出さないとジンタロウが見つかっちゃいそうだし)


 西の方、視力強化で見える位置にジンタロウが確認でき、南西の森方面にはこちらに向かっているゼルシアとフラウの魔力も確認できる。ならば、今が動く時だ。


(全力解放からの、魔力と恐怖による魂の圧殺―――は駄目だな。捕らわれている魔物たちまで全滅するし、下手したらフラウにまで波及する……ジンタロウは大丈夫だろうけど)


 俺が持つ技で最高ランクの物の一つ。特に名前は付けていないが、つまるところ、魔力の低い下位存在を根こそぎ精神から破壊する技。対集団相手には効果が高いのだが、付近に対象になり得る味方や捕虜がいると使えない。


(はあ、仕方が無い。相手がかたまってる所に魔法を撃って大部分を消し、それを起点に近接戦闘だなー)


 同時攻撃で魔物側に攻撃が向かないように機工人形たちも同時に投下。個別に残っている者を処理してもらって、俺はあの隊長らしき者を相手にすればいい。機工人形には、軍服を着た人間を倒せ、と命令すればいい。倒す、というのがどこまでを指すかはあえて言わないが。


 





 そして、俺は行動を開始した。


 上位火属性魔法、インフェルノブラスト。灼熱の火炎球が、空から地上に激突した。


 直上からの攻撃に、相手は攻撃だと認識する間もなく、塵と化す。


 事前の宣言など、無い。


 直撃と同時、俺は飛行魔法を解除、自由落下で地上に着地する。


「っ!? なんだ!?」


 訳のわからぬ、と言った声に、こちらはこちらで次にすべき事をする。


「機工人形……やれ」


 瞬間、突如出現した人形たちが軍人たちを襲う。


「な、なんだこいつら! ぎゃあ!?」


「ひっ、助け……!?」


 大部分の仲間が一瞬で蒸発し、すぐ後に自分の膝と同じ程度の大きさの人形が、武装して襲ってくる。訳のわからぬ攻撃に、軍人たちが次々と倒れていく。


 また、半分の機工人形たちは拘束されている魔物を囲んで、近づく軍人を迎撃する。


「くそっ! 何が起こっている!?」


 周囲、次々と倒されていく部下を見ながら隊長がうろたえる。


「……よー、よろしくやってる?」


 そんな隊長に、俺は歩いて近づいていった。


「何だ貴様……!?」


「何だ、って……魔人?」


 返答に、隊長が顔を歪めた。


「魔人だと!? ふざけるな! 貴様、人の姿をしているが、さては魔物だな!? 同族を助けに来たか!?」


 言って、隊長が腰から剣を抜いた。そして、そのままこちらに斬りかかってくる。その動きはさすがに軍人らしき動きで、素人ではない。


 しかしながら、俺には関係なかった。


 こちらも踏み込むと同時、異空間からアルノード・リヴァルを抜刀。歩法を変え、相手が剣を振り下ろす前に、その脇を通り抜けた。


 直後だ。隊長の剣が地面に落ちた―――


「はっ……? あ、ああ……がぁぁぁぁぁぁっっ!?」


 両腕が無い事へのショックか、もしくはその痛みからか。隊長が倒れこんで叫びを上げる。


「あー、悪い。つい」


 アルノードを素早く振って、血糊を剥がし飛ばしてから言った。


「あっ、ぐっ……き、貴様……ただで済むと……思うなよ……」


 涙目でこちらを睨みながら隊長が言葉を何とか作り上げた。


「悪いね。別に俺としてはお前らが何しようとどうでもいいんだけどさ」


 俺はアルノードを肩に担いで言い放つ。


「俺らがフラウと知り合って、ゼルがフラウのことを多少でも気にかけてなかったら―――フラウが俺たちに助けを求めてこなかったら、あんたらも無事に帰れたんだろうけど」


 だが、実際はそうはならなかった。ゼルシアはフラウの事を気にかけ、そしてフラウは俺たちに助けを求めてきた。


 たった、それだけのことだが。じゃあ助けてやろうと、俺が思った時点で、この中隊の運命は決まってしまった。


「ぐぅぅぅ、誰か……誰かこいつを殺せぇ!」


 叫ぶが、意味は無い。


「やめとけって。周り見てみろよ。あんた以外、もう


 機工人形たちによって、軍人たちは掃討が完了されていた。


「西側も俺の協力者の勇者様が―――あれ、ジンタロウ、こっちきたのか」


 西側、建物の影からジンタロウが現れた。


 彼は軍人たちの死体を避けながらこちらに近づき、


「ああ。爆発音が聞こえたから俺も仕掛けようと思ったら、ゼルシアとフラウが丁度来てな。

 ……こいつは?」


「帝国軍の隊長様っぽい。フラウが言ってた能力持ちはやっぱり勇者っぽいんだが、もう帰ったってさ」


「それは……まあ俺としては助かるが……。しかしお前さん、こいつ以外、全員殺したのか……」


 周囲に散らばっている死体を見て、ジンタロウが難しい表情をした。勇者としては人間の死に何とも思わない、という事は無いだろう。


「生き残って帝国に詳細を報告されても面倒だし」


 事前通告はしてもよかった。だが、


「ちょっとこいつらの話聞いてたんだけど、あんまり俺の好きなタイプでも無かったし」


「……お前、本当は勇者じゃなくて魔王しかやってこなかったとか、無いよな……?」


 そう言われる。確かにの俺は魔王側にかなり寄っている気もする。


「なんだよ、これでも勇者暦だってトータルで言えばジンタロウより長いんだぞ―――っと」


 俺は話の途中でアルノードを隊長の腹に突き立てた。


「逃げるなよ、聞きたい事があるんだから」


 すぐ殺さなかったのも理由がある。


「まず、帝国に所属する勇者の事だ。触っただけで相手を殺せるんだって?」


「ぐっ……知らん……がっ!?」


 アルノードが捻られ、隊長の肉が抉られる。


「やめとけって。言っておくけど、俺は相手が魔物だろうが人間だろうが、その部分で扱いに差は無い。しかもあんたらは俺のあんまり好きじゃない部類し」


「うぅ……本当に知らない! やつは皇帝陛下が召喚した勇者ということしか聞かされていないんだ!」


「……まあ、嘘ではなさそうだな。

 次、実験材料って言ってたよな? 何の実験だ?」


 魔物を材料にした実験。しかも生体のままだ。ろくでもなさそうなのは予想できるが。


「し、知らない。俺たちは上から魔物研究科の連中が要請しているから、としか……」


「具体的なことがわかんないな……、特殊部隊ならいろいろ知ってると思ったんだけど」


「それだけ帝国軍の上下が広いって事じゃないか? あの国については公開されてない事の方が多いしな」


「そうか……。じゃあ、どうするかな」


 どうするかな、というのは、この男の処遇。


「俺としては、殺すな、と言いたいがな。

 だが、この場合、俺がどうこう言えることでもない。あえて決定権があるとしたら……あいつらじゃないのか」


 ジンタロウがそう言って、視線を向けたのは、拘束されている魔物たちだった。


 彼らも彼らで、何が起こっているのかわかっていないようだった。


「……そうだな。丁度フラウも来たみたいだし」


 言った時だ。言葉通り、広場にフラウとゼルシアが現れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る