第二章:人魔合流篇
第22話 魔人は引越しを決める
朝の日が窓から差し込む。
「んあ……」
いつもより遅く目が覚める。おそらく、昨夜遅くまで騒いでいたせいだろう。
(温かい……)
それは日の光と、加えて、
「……目の前に温かくて柔らかそうなメロンがある……」
とても大きく育ったメロンだ。あぁ、そういえば久しく食べていない食べ物だなぁ、などと思うが、そんな俺に対して、頭のすぐ近くから声が発せられる。
「おはようございます、サキト様。ここにメロンなる物はございませんが、夜更かしの影響で寝ぼけていらっしゃるのでしょうか……」
ゼルシアだ。
彼女は何を着ても神格級の防具になるスキル:《天使の衣鎧》を持つ。そのため、律儀な性格である彼女も寝るときは基本薄着だ。
そして今日は胸元がはだけていらっしゃる。
(いやぁ、あるんだよなぁ……)
思うが、その意味を伝えた事は無い。言ってもゼルシアの対応は変わらないと思うが、
(こう、何か違うんだよな……!)
一人で熱くなってしまうのは朝だからだろうか。
ともあれ、起きなければ。なにしろ、下には俺たちの他に人間が居る。
ジンタロウ。俺と同じ、日本人からの転生者であり、失敗した勇者。盾を主体にした勇者で、見た目は三十過ぎのおっさんである。個人的な理由でオーディアを追っているらしいので、協力者として誘ってみたところ、案外軽く乗ってきた。
それが昨日の話。
では、何故彼が下にいるかというと。
俺が拠点に泊まらせなかったからだ。
だって、俺とゼルの愛の巣に入れたくないじゃん? せまいし。
という理由で、ジンタロウは野宿が決定したのだった。さすがにそのままでは可哀相なので、寝袋を作って渡しておいたが。
魔獣もこの辺りはうろつかないように魔力結界を張っているので、大丈夫だ、たぶん。
しかし、これを続ける訳にもいかないだろう。
だから、今日から
少し長丁場になる可能性もあるが、今後の事を考えると損ではない事案だ。
とっとと活動を開始しなければいけない、のだが。
(まだ眠い……)
丁度目の前にはクッション付きの抱き枕がある。
埋めるしかねえ、このビッグボイ――小学生みたいだからやめておこう。
そう反省してから、俺は動いた。
ゼルシアの胸に顔を埋めたのだ。
―――二度寝である。
●●●
「―――で、だから二人とも降りてこなかったと」
もうそろそろ昼と呼んでもいい午前の終わり際、ジンタロウがそう言ったのを俺は見た。
「あー。やっぱゼルは最高だな!」
「客観的に聞けばお前は最低だよ」
ジンタロウがツッコミをいれてきた。
「ゼルシアもちゃんと言ってやれ。駄目なものは駄目だって」
ジンタロウに言われ、ゼルシアが頷いた。
「サキト様……ご満足いただけたようでなによりです」
「くそっ! こっちもこっちで駄目な天使か……!」
ジンタロウが地団駄を踏んだ。
「二対一だぞジンタロウ。民主主義の下、そっちの負けだ」
「世の不条理を感じる……」
がっくりとうなだれたジンタロウの肩をぽんぽんと叩いた俺は、自らの立ち位置を変えた。
そして、両の掌をあわせて、ゼルシアとジンタロウの視線をとった。
「さて、二人とも。今日はちょっと忙しくなるかもしれないぞ?」
「早速、何かするのか?」
「ああ……引越しだ」
●●●
俺が引越しを宣言してから一時間後、俺たちは大森林の中央部近くにいた。
ここは昨日、俺が調査していた場所だ。
森の中でも木々が少なく、洞窟や川など様々なものがある。
「ここがその引越し先か……確かに悪くは無い場所だな」
周囲を見渡し、ジンタロウが言った。
「だろ? 日当たりもいいし、野菜とか育ててもいいかもなー。この世界の野菜の事はぜんぜんわからないけど」
正直に言えば、フランケンで食べた野菜も何かわからず食べている。
「次にフランケンを訪れる際は図鑑など購入してもいいかもしれませんね」
「お前ら本当にこの世界に来たばかりなんだなぁ……」
「もう一週間以上は経ってるけどなー。
……さて、日が暮れる前に動きだそうか。特にジンタロウ。お前の場合、日が暮れたら野宿なんだからな?」
「ぐっ……、協力者にその仕打ち。お前、やはり魔王を経験しただけはあるな」
どんな魔王だよ、と内心で思うが、ひどいという自覚はあるので、ある程度ジンタロウに融通は利かせるつもりだ。
それは―――労働力。
「―――機工人形、今日も出番だ」
声と共に、空中から機工人形たちが出現する。
「おわ!? なんだこいつら!?」
自分の周囲を埋め尽くしていく人形に、ジンタロウが驚きと恐怖が混じった声をあげる。
「機工人形。簡単に言えば、俺が作ったロボットさ」
こいつらもけっこう酷使してるよなぁ、と思う。オーディアのこと、割ととやかく言えなくなる気もするが、
「ジンタロウにこいつら百体の内、半分を貸してやるよ。ゲスト状態だから、俺と違って、一々指示をしないといけないけど、一人で木材集めから最後までやるよりはマシだろ?」
「……こんな小さいので、どうにかなるのか?」
「見た目はな。だけど、力だけなら身体強化しない限り、あんたより力持ちだぞ」
本当かよ、と信じていない顔をしたので、一体にジンタロウを持ち上げさせた。
「うぉ!? やめろ! 降ろせ!!」
尻部分を持ち上げられているので、自分でどうこう出来ないジンタロウが騒いだ。
俺は肩をすくめてから指を鳴らした。機工人形が俺の命を受け、ジンタロウを投げ下ろす。
「あだっ!? ……くそ、ひどい目にあった……」
「これでわかっただろ? というか、これから自分のためには働いてくれるんだ。仲良くしろよー」
(喋らないし、そもそも感情とかも持ってないけど)
これから一人で人形たち―――しかも、五十体を言葉で操らなければならないのが、どれだけ大変なのか、ジンタロウは理解していない。
だが、これもまたいい経験になるだろう。これからも、何かしらにおいては人形たちの力を借りることになる。その時、俺とゼルシア以外に指揮命令ができるやつが居ると、心強い。
「―――まずは掘っ建て小屋でも作ればいいんじゃないか? せっかく自分の家を作るならちゃんと考えたいだろ?」
「そうだな、そうさせてもらう」
(できれば、水道とかもちゃんとしたいよな、衛生的に考えて)
色々とやりたいことができてきた。
これは、単純な引越しに終わりそうにない。
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