第23話 騒乱の呼び声

「はー……、出来るもんだなぁ、これっぽっちの時間でも」


 出来立てほやほやの掘っ建て小屋を前に、ジンタロウが呟いた。


 時刻は夕暮れ。昼ごろから始めたと考えれば、そこそこの労働時間だ。


 ジンタロウも律儀なのか、機工人形たちに混ざって肉体労働していたので、疲れも溜まっているだろう。


 機工人形五十体を引き連れて俺たちの近くまで来たジンタロウが地面に座り込んだ。


「お疲れ。機工人形、うまく使えてたみたいじゃん?」


 俺としては驚きだった。脳内処理できるのと、口頭で指示して処理していかなければいけないのは、まるで違う。


「ん? あー、そうだな。最初は苦労したが、こいつら、ちゃんと的確な指示を出せば、その通りに動いてくれたからな、人間相手よりも楽だったぞ。数体でチーム組ませて処理すれば、俺でも扱えるもんだった」


(―――確かに人間相手よりは扱いが楽かもしれないけど、だからってそれを、はい使えと言われてからすぐできるようなものじゃないぞ、普通)


 ジンタロウの言葉に、そんなことを思いもする。


 結局はジンタロウも魔王討伐さいごに失敗しただけで、道中の、数々の困難を潜り抜けてきた勇者だということだ。


「それで? お前らはなんだ、ずっとそうしてたのかよ?」


 そう言われた俺は身体を横にして寝そべる姿勢。そして、頭はと言えば、


「いえ、こちらも一段落したので、ジンタロウ様の様子を見ていようとサキト様が仰った故、休憩しておりました。その際、サキト様が枕を所望されたので、このように」


 結果が膝枕である。


「美少女の太ももとおっぱいでサンドイッチとか魔人様はいいご身分だな、おい」


「おお、柔らかいぞー」


「圧死してくれねーかな……」


 寝ながらダブルピースする俺に半目でジンタロウが言った。


「そうだな……死ぬならゼルシアの胸で死にたい……」


 真顔で言葉を返す。


「……こいつに付いた事が人生最大の失敗だったかもしれない……」


 何故かうなだれたジンタロウに、サンドイッチから抜け出した俺が姿勢を正して言う。


「まあまあ。基本、俺とゼルはこんなだからそこは諦めろよ。

 ちなみに俺たちは俺たちで区画を考えてたんだよ」


「区画……?」


「無計画に作りまくっても後々面倒だからなー。家はここ、畑はここ……って感じに決めておきたいんだよ。あ、ジンタロウはこの辺りでいいんだろ? そこに仮小屋建てたって事は」


「ああ、かまわない。しかし、そんなに後のことを考えるのはいいが……そもそも、この土地って誰の物なんだ?」


「あれ、知らないのか? ここ、無主地らしいんだよ」


 無主地とは、特定の誰かが領有を宣言していない地の事だ。複数の人間の国、魔物の国と隣接しているこの地域は、人間側からすれば魔族との対立が激化する恐れのある場所。そして、魔物側は魔王がすぐ北の地で派閥を争っており、この地に手を出そうものなら他の魔王たちに連合で倒される可能性がある、と見られている。


 俺は以前モンドリオに聞いた情報をジンタロウに伝える。


「なるほどな……俺はこの世界に流されてからはオルディニアとヴォルスンドの国境付近とヴォルスンドの南側にしかいなかったからな。北上したのもついこの前で、要衝地があるっていうのは噂で聞いた事しか無かったんだ」


 ということは、ヴォルスンドでもこの地に関しては、場所によって扱いに温度差があるというを意味するか。


「だがよ、サキト。無主地と言ったって、理由が理由だ。好き勝手やるのはまずいんじゃないのか」


 ジンタロウが言いたい事はわかっている。


 仮に俺がこの土地の領有を宣言すれば、おそらくだが、周辺はそれを認めない。なにせ、人間側から見たら魔王たちの目をこちらに向ける要因になりかねないし、対して魔物側からは人間が領地を拡大、または他の魔王が人間を使って土地を奪ったとして戦いが激化しかねないのだ。


 故に、俺はその行動に踏み切る事はできない。


「そこに至るかは、周りのやつらが実際どれくらいの力を持ってるかだ。俺としては平和に暮らせればそれでいいんだけど、攻めてくるって言うなら迎え撃たなきゃならないし。しばらくはひっそりとこの森に隠れて過ごすのがいいんだろうな」


「そうだろうよ。いくらお前さんが強くとも、数で押されるときついだろ。それに、ギリギリで保たれてるこの辺り一帯のバランスを崩す事になる。

 それらを含めて責任取れるってならいいだろうがな」


 言われ、その責任は取りたくねーなー、と返した俺は立ち上がって、伸びをする。


「さて、そろそろ機工人形たちを戻すかー」


「……ふと思ったんだけどよ、飯どうするんだ?」


 それは、何処で食べるか、という意味合いの質問だろう。


「いやまあ……俺は自分で持ってきてる食料もあるから、ここで一人でもいいんだが」


「そうだなぁ……俺たちもこっちで食べるよ。もうちょっとお互い持ってる情報の刷り合わせもしたいし」


 俺は機工人形たちを異空間に戻しながら言った。ただし、数体を残して、それらにジンタロウの小屋作りで余った木材を集めさせた上で、それに火をつける。


 あとは異空間倉庫からシートなどを取り出して尻に敷けば食事場所の確保は完了だ。


「ゼル、食料って何残ってたっけ?」


「はい、肉類をはじめ、卵や野菜などはまだあります。魚は昨日使い切ってしまいました」


 フランケンで購入した備蓄はまだ余裕がありそうだ。


「ちなみにジンタロウは何食おうとしてたんだ?」


 ああ、と問われたジンタロウが荷物から包みを取り出す。


「干し肉、塩漬けしてるからハムか。俺は魔法で物しまうってこともできないから町を離れるとこんなもんだ」


「うーん、そうか。じゃあ、それとっとけよ」


「いいのか? こっちとしてはその方がありがたいが……代金ぐらいは出すが」


「まだこっちも銅貨何千枚もあるけど、もらっておく。二、三枚でいいよ」


 おう、とジンタロウが俺にヴォル銅貨三枚を手渡してきた。


「―――それじゃあ、なんか作りますか。ジンタロウも手伝ってくれよ」



●●●



「なかなかいい飯だった、お二人さん」


 食事も終わり、シート上に胡坐をかいているジンタロウが口にする。


「そりゃどうも。大半はゼルの力だけどな」


「お褒めに預かり、光栄です」


 水と風の魔法を使い、空中に浮かせた食器を洗っていたゼルシアが一礼する。


 それを見ていたジンタロウが手をあごに当てて、


「……やはり俺も、もう少し魔法の練習した方がいいな」


「使えないのか? 魔法」


 いいや、と首を横に振ったジンタロウは、空中に向かって無詠唱で火の玉を放つ。


「戦闘に使えそうなものはたいてい覚えてはいるんだが、今のゼルシアみたいな使い方がどうもな」


「あー、どうだろうなー。今見た限り、ジンタロウが使う魔法と俺たちの使うものの魔法体系は違うようだから、一概にこうすればいいってのも言えないんだよな。過ごしてきた世界が違うんだから当たり前なんだけど」


 世界が変われば、技術も魔法も異なってくる。当たり前の話だ。


「それもまたこの世界だと大きな問題なんだよな、俺たちにとって」


「どういうことだよ?」


 俺の言葉にジンタロウが疑問を呈する。


「用は俺たちが使ってる魔法とこの世界の標準の魔法が違うとさ、目立つだろ。異能なんだからさ。

 ……わかりやすく言えば、生前の俺たちの世界―――地球、日本で魔法使えるやつなんていたら大騒ぎだろ?」


「……そうか、確かにな。俺たちみたいな複数の世界を経験してるならともかく、そんなやつらが沢山いるとは思えない」


「おそらく、この世界の勇者も魔王もそれ以外の者たちも、使える魔法は同じ、または類似したものでしょう」

 

 故に、そう易々と魔法を披露する事もできないわけだ。


「まあ、この世界の魔法の方が優れてるってなら、取り入れて独自の体系に作り変えてもいいんだけどさー、今までみたいに」


「そんな荒業出来るやつなんてそういないだろうよ……」


 その時だ。


「……サキト様」


「どうした?」


「北東部、魔力反応です。魔獣クラスではありません」


 言われ、俺も集中する。


「……確かに、あるな」


 ジンタロウはそこまで感知能力に優れていないようで、俺とゼルシアが表情を変えた理由がわからないようだ。


「誰か、この森に入ってきたみたいだ。まだ森の端っこだけど。

 ……この距離でわかる魔力だと一般人ではない。ある程度強い魔力を持つ人間か、魔物の類だ」


 魔物は弱い個体でもそこそこの魔力を持つため、はぐれ魔物が迷い込んだという可能性もある。


 が、俺はこの魔力に覚えがあった。


「ゼル、この魔力ってフラウじゃないか?」


 フラウ。俺とゼルシアが難民の集落アルドスで助けたリザードマンの少女だ。


 リザードマンという割には外見が人間にかなり近い種だったので、驚いた事も記憶に新しい。


「そのようですね。しかし、何故こんな時間に……」


 確かにそうだ。時間は既に日没を過ぎてある程度経つ。魔物とは言え、女の子が一人で出歩く時間ではない。


「そのフラウって誰だよ?」


「ああ、ジンタロウには説明してなかったな。知り合いの女の子なんだけどさ、魔物の」


「へえ、女の子……魔物!? お前らそんな知り合いいるのか!?」


 否、元魔王だし、いるだろそりゃ、と返すが、ジンタロウは驚いたままだ。これは未だ帰ってきていないミドガルズオルムを見たら、フラウとは違う意味で絶句しそうだ。


「―――……サキト様、少し宜しいでしょうか」


「どうした」


 その表情は、何かがある時にするものだった。


「ここから北東―――位置で言えば、湖の北側でしょうか。そちらから、何か嫌な気配を感じます」


「嫌な気配、か……」


 感知能力はゼルシアの方が俺よりも長けている。であれば、俺が探れないところまでわかることもある。


「とにかく、フラウのところまで迎えに行こう。たぶん、ツリーハウス拠点を目指してるはずだし。

 ―――ジンタロウも来るか?」


 未だ困惑した表情のジンタロウに声をかける。


「あ、ああ」


「ゼルは先行してフラウの保護を頼む」


 頷いたゼルシアが大地を蹴って北東側に飛んでいく。


「俺たちは魔力強化で走る。先導するからついてこいよ」


「ああ」



●●●



「ゼル、フラウ……!」


 勇者クラスは普通の人間には出せない速度での移動が可能だ。


 故に、先行したゼルシアにすぐに追いつける。


「……サキト……さん?」


 俺の嫌な予感は当たっているようだった。フラウの様子が普通ではない。


 服もぼろぼろになり、身体に軽い傷も見られるフラウが息を切らしながら、こちらを見た。


 そして、彼女は言ってきたのだ。


「―――……助けて、ください!」

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