第17話 メイン報酬・銅貨21枚、サブ報酬・金貨1枚

 空気が、一変した。


 突進を止められたグレイスホーンはもちろん、それを見ていた周囲の冒険者や兵士たちも、動けずにいた。


「おーおー、重いねえ。身体強化してないと、少し押されるところだった」


 俺が一ミリも後退していないのは、魔力で少々の強化を行ったからだ。


 と、我に返ったのか、グレイスホーンがこちらの拘束から逃れようとする。


 だが、俺はその手から角を手放さない。


「おっと、ちょっと待てって」


 手放す前に、することがある。


 俺は、グレイスホーンの瞳に視線を合わした。


「―――」


『―――!!??』


 それは、先日、盗賊たちにも行った、魔力による威圧。殺気も加えて、効果は倍ドン。


 同時に、俺は角を手放した。


 グレイスホーンが自由の身になり、後退する。


(これで盗賊たちみたいに回れ右してくれたらいいんだが……)


 思うが、そう上手くはいかないのが現実だ。


『―――!!!』


(……っち、この程度じゃできないか)


 未だ俺よりもミド――おそらくだが――の魔力に恐怖を感じるらしい。


 一帯をつんざく咆哮で、やっと周囲の者たちも我に返る。


「な、なんだあいつ!? 片手でグレイスホーンを止めやがったぞ!?」

 

「本当にFランクか!? あんな芸当、CどころかBランクでも出来るやつ見たことねえぞ!」


 などと声が聞こえてくるが、そこから何かしらの行動を起こすつもりは無いらしい。


 人間、死んでしまったら終わりだし、命が惜しいのもわかるので、そこにとやかく言うつもりも無い。


 今はグレイスホーンに集中すべきだろう。


 次の接触、その前に、冒険者たちの後ろに待機させているゼルシアに魔力通信で声を飛ばす。


『ゼル、俺が合図したらグレイスホーンに魅了魔法をかけろ。


『かしこまりました』


 グレイスホーンは再度の突撃姿勢を、既に取っていた。


 先程と異なる点があるとすれば、頭部を低く下げていることだ。


(突き上げ―――さすがに標的は俺に変えたか)


 壁を壊すだけならば、まっすぐ穿つだけでいい。


 対して、俺の対処方法は大きくは変わらない。


 違う点があるとすれば、先の突進は角が顔の位置に来たが、次はおそらく腰辺りだろう。


 そして、実際に来た。


 だから、俺は身を右にずらし、左手で押さえ込むように角を掴んだ。


 左手から伝わる感触、そこから角の硬度を仮定し、


「……この程度なら」


 俺は空いている右腕を空に伸ばした。


 引き抜くは、人魔刀剣アルノード―――ではない。ただの短剣だ。


 ただし、それは俺の魔力でガチガチに強化されたもので。




 スパッと。



 グレイスホーンの角が根元付近で切れた。


『―――!?』


『ゼル、今だ!』


 応答の声は聞こえない。しかし、代わりにグレイスホーンにゼルシアの魔力が流れるのがわかる。


 同時に、グレイスホーンを蹴り飛ばして、外壁から突き放す。


『―――去れ、地竜の子よ。ここより先は人間の支配する土地。じきに強者が現れ、お前を殺すだろう。その前に去るがいい』


 通じるかはわからないが、魔力通信を用いた声をグレイスホーンに飛ばす。


 グレイスホーンを元居た場所に返すには、ミドガルズオルムによって受け付けられた恐怖心をこちらの殺気と魔力で塗りつぶし、こちらの方が危険だと思わせる。


 それが俺の手だ。


『―――!? ―――!』


 グレイスホーンが立ち上がり、向きを変えた。そのまま、来た道を走り出す。


 正確に伝わったかはわからないが、それでもグレイスホーンは戻った方がまだいい、ということを悟ったようだ。


「……一件落着かな?」


 俺の言葉で、周囲の空気が爆発した。


「おいおい! まじか!」


「人の何十倍あるかわからない重さのグレイスホーンを蹴り飛ばしたってどれだけ強いんだお前!?」


「お前本当にFランクか!? どこかの国の英雄とかじゃないのか!?」


 周囲に居た冒険者、兵士たちが一斉に近寄ってきて騒ぎ出した。


 というか、


「うるせー!」


 こちとら、早くクエスト報酬を得て、宿に行って、ゼルシアとゆっくりしたいのだ。


 全員吹き飛ばすわけにも行かないので、戦闘用の歩法で人の間をすり抜けて、ゼルシアのところにたどり着く。


「ゼル! とっとと北門に戻って完了報告するぞ。宿取れなくなったら大変だ!」


「はい!」


 俺たちの加速に冒険者たちが勝てるはずも無く。





 どんどん突き放して、北門にたどり着く。


「……討伐完了報告所は北門を入ってすぐに確認しております」


 ゼルシアの導きで建物の中に入る。


 事前に異空間から納品物を取り出して、


「完了報告したいんですけどー……ってモンドリオさん?」


 ふと、見知った顔がいて、声をあげた。


「ああ! サキト様にゼルシア様、ご無事だったのですな!」


「無事も無事、特に怪我とかは無いですけど……どうしたんですか?」


「どうしたもこうしたも! Cランク級の魔物、グレイスホーンが現れたと町は大騒ぎでございます!

 今、ヘルナル様が領地軍の兵士を召集、ギルドと連携して―――」


「ああー……―――グレイスホーンならもう、山に帰ったと思いますけど」


「―――はい? なんですと?」


 モンドリオが聞き間違ったのかと聞き返してきた。


「いや、ですからグレイスホーンは既に撃退し―――されましたよ、見てたんで」


 モンドリオが、完了報告所にいた係や鑑定士の者たちと同じ顔をする。信じられない、という顔だ。


「し、しかしですなサキト様。グレイスホーンはCランクの魔物の中でも特殊な部類。このような平地に現れるのも異常ではありますが、それを撃退したとなれば、Cランク、いえBランクの冒険者十数人で以って討伐するような相手でして……」


「らしいですね」


 肩をすくめて言うが、事実は事実だ。


「……ん?」


 ふと、一人の鑑定士らしき者が声をあげた。


「そこの君、その左手にある物……」


「はい? 

 ……あ」


 俺は失念していた。


 俺の左手。先程まで何を掴んでいたか。


「それ、グレイスホーンの角じゃないのか!?」


 報告所の中がどよめく。


(しまった。冒険者たちを巻くのに夢中で捨て忘れた)


 そして、さらに追い討ちをかけるように現れたのが、俺たちを追いかけていた冒険者たち。


「あ! いたぞ! グレイスホーンを撃退した新米冒険者!」


 大騒ぎになった。



●●●



 そこからが大変だった。


 大騒ぎになっていたところに、フランケン最高権力者のヘルナル伯爵まで現れ、事情を説明するはめになった。


 最初は信じられないという顔だった者たちも、俺が持っているグレイスホーンの角や、目撃者の証言で信じざるを得なくなっていた。


 そこで、事情聴取として、ギルド支部の建物で改めて事情聴取ということになり、開放されたのが、夕方を過ぎて既に月が見える時間だった。


「……失敗だった。顔を出していったのは」


 多数の者に、俺の顔を知られた。じかに目撃した者、噂を聞いて、俺たちが支部まで行く間に集まってきた者たちにだ。


 グレイスホーンを撃退したFランクの冒険者という、現実的には矛盾した情報は、それだけで大きなインパクトを与え、俺の顔を嫌でも記憶するだろう。


「ゼルもごめんな。せっかくフード被って目立たないようにしてくれてたのに、逆に俺が目立つことになっちゃってさ」


「いえ、私はサキト様がしたいと思ったことを為すべきだと思っておりますので、特に異論などございません。

 ……それに、あの行動で得た物もあります」


 そう。騒ぎの後のことだ。


 クエストを完了したということで、報酬をもらった。


 二つのクエスト。薬草の方がボーナスということで、計ヴォル銅貨二十一枚。


 ぎりぎりだが、これだけで教えてもらった宿、フルムには泊まれるだろう。




 だが、話はこれだけでは終わらない。




 俺が手に入れたグレイスホーンの角のことだ。


 グレイスホーンは、本来、討伐するのに多様な戦闘スタイルの者が集まり、戦いが行われるわけだが、その角はどうしても脅威だ。特に近接戦闘の冒険者にとっては。


 だから、早々にその角を破壊、もしくは削って鋭さを失わせるのが鉄則だ。


 つまり、俺が手に入れた角のように、自然そのままの状態で手に入ることなど、めったに無い。


 その角は、それだけで武器にも転化できるほどの代物だ。


 それをどうするか、という話になったのだ。


 当然、俺には必要ないものだったため、完了報告所で鑑定してもらった結果、なんとヴォル金貨一枚。つまりは銅貨一万枚の価値を持つということだ。


 本来はもっと念入りに査定すれば、もっと高い値段をつけられるかもしれない、とのことだったが、とっとと解放されたかった俺はそれを金貨一枚で売り払ってしまった。


「……まあ、結果オーライだったってことかな。明日以降、町を出歩くのが怖いけど」


 先程、メインストリートを通った時は何故かお祭り騒ぎだった。


 今は、騒ぎに巻き込まれないように気配を消して、目的地まで急いでいるところだった。


「……ありました」


 ゼルシアが前方を指差す。


 『フルム』という看板があった。

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