第16話 部下のツケは上司が払う

「これだけあれば、十分ではないでしょうか」


 シートの上、機工人形たちが積み上げていったハーブと薬草を見て、ゼルシアが言った。


 その量は、既に目標の三倍に達していた。


「あんまり採りすぎて絶滅させても大変か。

 機工人形ー、戻ってこーい」


 声と同時、散開していた人形たちが一斉にこちらに向かってきた。


 たどり着いた個体から俺の異空間倉庫へ、戻っていく。


「―――四十、っと。これで全部戻ったな」


 椅子にしていた岩から立ち上がり、シートの上を眺める。


「おーおー、集まったねえ。《鑑定博士》で、間違ったものが入ってないことも確認したし、持って帰ろうか」


 と、俺は異空間倉庫から二枚のシーツを引っ張り出した。


 片方をゼルシアに手渡して、


「ゼルはハーブの方、頼む。俺は薬草一括で包んじゃうから。分けて持ってけば、納品した時、手続きも早く終わるだろうし」


 二人で、シート上からそれぞれを取って、包む。


 それをそのまま、異空間倉庫に投げ入れた。


「任務完了ですね。時間も、ここに到着してから約三十分。上々だと判断します―――……?」


 ふと、ゼルシアが振り返って、西の方を見た。


「ん、どうした?」


 俺もゼルシアにつられて西方を見る。が、特に気になるようなものは視界には映らない。


 しかし、ゼルシアがこういう時に意味の無い行動をすることは、無い。それは俺が一番わかっている。


 だから、俺は眼を細めた。魔力による視覚強化―――ではない。魔力感知の発動だ。


(付近には何も……特にゼルが注視しそうなものはないな。もっと奥か……?)


 魔力感知による探査範囲を広げる。


 すると、異変はすぐに見つかった。


「……魔力反応、しかもかなり大きいな」


「申し訳ございません。発見が遅れました」


「いいって。ゼルには至近距離の探査をお願いしてたんだから。問題はこれ、何の魔力反応かっていうのと、何処に向かってるかだ」


 この場合の意味は、何の種か、ということだ。魔力の質からして魔物であることはわかっている。


「どのような種かは、さすがにここからだと推測しかねます。ただ、移動方向は……フランケンのようですね」


「俺もそう思う。クエストも一区切りついたんだ。状況確認もしたいし、はやいとこ戻ろう」


 俺たちは、来た時と同じ方法、速度でフランケンへの帰路についた。



●●●



 フランケン近くまで来ると、先ほどまでと状況が一変しているのが目に見えてわかった。


 まず、警報が響いている。この音が具体的にどのような危険を示すのかはわからないが、その独特の響きだけで、空気は緊張する。


 そして、北門に到着すると、兵士たちが駆け寄ってきた。


「君たち! 早く中に入りなさい!」


 その険しい表情から事態の深刻さが伺える。


「何があったんですか?」


「魔物の襲来だ! グレイスホーンが町の北西に現れたんだ!」


「グレイスホーン?」


「なんだ知らないのか!? ―――って君たちはさっきクエストに出かけた新米冒険者か。なら無理も無い」


 この兵士は俺たちが町の外に出る際に通行証であるギルドカードを確認した者だ。だから、俺たちがFランクの新人冒険者ということもわかっているのだろう。


「グレイスホーンはここより北西の山岳部を根城にする地竜だ。大きな角を持ち、身体は硬い岩盤の装甲で覆われている。餌が岩や鉱石のため、平地などに現れることなど無いはずなのだが……くそ! とにかく、君たちは早く町の中に避難するんだ」


 兵士はそう俺たちに告げた後、他の兵士のところに走っていく。


 距離が離れてから、ゼルシアは口を開いた。


「グレイスホーン……。知らぬ種ですね。名だけが違うという可能性もありますが」


 俺の記憶の中にも無い名だ。


「大きな角と硬い装甲の地竜。まあよくいるタイプだろうな。

 ……さてと」


 周りを見れば、確かに町の外に居た者たちが、動きを見せている。


 北門の中に急いで入っていこうとしているのは低ランクの冒険者たちだろう。


 反対に、中から外に出てくる者たちも多い。その中の一人、冒険者らしきものが仲間と状況を確認しようとしていた。


「なんでグレイスホーンがこんなところに!? あれは山岳部の洞窟奥深くに引きこもってるような竜種だろ!」


「わかんねえよ! ただ、魔獣使役の魔法が使える冒険者の話じゃ、何かから逃げてきたみたいな怯え方をしてんだとよ。こっから北西は竜どもの領域だが、そこで喧嘩して負けてきたんじゃねえか?」


「ったく! なんてはた迷惑な……! とにかく、支部の方でも対応できそうなCランク以上の冒険者をかき集めてる! なんとかCランク以上が来るまで持ちこたえるんぞ!」


 それだけ言って、他の兵士や冒険者のように、西の方に走り去った。


 つまりはあの魔物が元来生息していた地に強大な力を持った魔物―――おそらくが流れてきて、それの圧にあてられて、ここまで逃げてきた、と。


 問題のグレイスホーンが逃げを選択するような相手が北西に来ている、という可能性が出てこないのは、冒険者や兵士たちにとって、グレイスホーンが出現したという事自体があまりの衝撃だからだろう。




 しかし、俺の心配事はその点ではなく。





(―――ああ、すごく嫌な予感がする)


「…………ゼル。あれさー……」


「―――おそらく、西部に飛行していたミドガルズオルムの魔力に反応して、恐慌状態になった個体の可能性が高いでしょう。仮に直接の要因でなくとも、ミドガルズオルムが何らかの形で影響を与えたのは間違いないかと。あれでも世界最強の竜ですから」


 聞きたくない言葉が、ゼルシアからもたらされる。


「だよなぁ……」


 俺の予想では、ミドガルズオルムは小竜状態を解除して本来の姿で飛んでいったのだろう。


(あいつ、自分がどれだけ周囲に影響を与える存在か、たまに忘れてるんだよな……)


 本人―――否、本竜的には抑えているつもりでも、どうしたってその魔力は絶大だ。加えて、姿かたちからして、竜というものは畏怖の対象なのだ。


 そこのところ、大雑把になったのは、俺やゼルシアという、自分より小さいのに強大な力を持った者の傘下に入ったからだろうか。


 ミドガルズオルムが帰ってきたら、意味があるのかはさておき叱っておかなければならない。


 そして、今俺がすべきことは何か。


 頭を掻きながら、吐き出すように、


「……はぁ。こっちで受け持つかー。一銭にもならないだろうけど」


 ゼルシアが首を傾げて、銀の髪を揺らした。


「介入なさるのですか? 今回に関しては、サキト様に利益があるようには思えないのですが」


「うん、利益は無いよ」


 ならば、とゼルシアが続けるが、俺は首を振った。


「ただの、俺の変なこだわりだよ。ミドの不始末は俺が払う。それに、魔物が暴れて宿に泊まれなくなったら困るよ。

 ―――せっかく、久しぶりにちゃんとした町に来たんだ。ゼルとのデートも楽しみたいしな」


「それは……そうですが……。時折、サキト様が本気で言っているのかわからないことがあります」


 不意打ちだったのか、ゼルシアの顔が赤みを帯びる。


「本気も本気。特にゼルのことに関してはな」


 ドーン、という壁を穿つ音が再度響くので、イチャつくのは宿で再開すると心の中で決める。なにしろ、雰囲気も何もあったものではない。


「―――ま、とりあえずはだけで追い返せるか試す。それで駄目なら実力行使。ミドが悪い手前、少し優しくはするけど、最終的に駄目なら討伐するしかない」


 怯えて逃げてきたのだ、できれば元居た場所に返してやりたいと思うのは、勇者の―――人の心か、それとも魔物を統べてきた魔王としての心理か。


(どっちでもいいか。今は、どちらでもないんだから)


 そう思いながら、俺はゼルシアとともに、騒動の中心へと足を向けるのだった。



●●●



 轟音が鳴り響き、町の外壁が抉られるのを皆は見た。


 グレイスホーン。


 ランクで言えばCランク帯の魔物。分類は地竜。空を飛ぶ竜のような機動力は無く、一方的に相手をブレスで焼く、などといった戦い方が出来る体ではない。


 だが、体を覆う装甲は、摂取してきた岩や鉱石により硬質化され、さらに頭の先端には、固い岩盤を穿つための鋭い角が生えていた。


 そのため、冒険者や兵士たちはその角で貫かれることを恐れ、迂闊には近づけていなかった。仮に近づけてもその装甲を剥がす攻撃はごく限られている。


「どうするんだ!? ギルドからの支援はまだなのか!?」


 兵士の一人が叫んだ。


 対し、冒険者も負けじと叫んだ。


「無茶言うな! Cランク以上がそんな簡単に集まるか! だいたいグレイスホーンなんて特殊な魔物、準備だって大変なんだぞ!」


 人自体はすぐ集まるかも知れない。だが、集まったところで、倒せなければ意味が無い。少なくとも、グレイスホーンの角と同等以上の攻撃能力が出せなければ役立たずも同じ。


 しかし、そう悠長なことも言っていられない状況だ。


 数度の激突で、外壁の厚さは既に半分を超えている。あと二、三回も穿たれたら、壁は崩壊する。


 町の中に魔物が入ったら、どうなるか。


 今以上の混乱が起き、負傷者が出るのは間違いない。それに、この魔物は障害物なぞ気にせずに進む。建築物も被害を受け、その崩落等で死傷者が出る可能性だってあるのだ。


 そんなことをさせるわけにはいかない。それが、今、現場にいるものたちの共通の想いだった。


 だが、想いだけでは現実はどうにもならない。


 近づけない近距離武装の者たちの代わりに、弓やボウガンを持った者たちが射撃を続けているが、効果があるどころか、グレイスホーンの気を惹くことすらできていない。


「誰か……、誰かあいつを止めることができるやつは、いないのか!?」


 誰かが、叫んだ。


 言葉に、誰もが顔を歪めるだけだ。どうにもならない、と。


 ならば、倒せる事ができる者が来るまで、自分たちが体を張るしかない。


 再度の突撃をかけるために、グレイスホーンが後退するのを見て、兵士の一人がそう思った時だった。


 突如、冒険者や兵士たちの間を風が駆け抜けた。


「―――!? 何だ!?」


 次の瞬間、グレイスホーンの眼前、一人の男が立っていた。



●●●



(地竜―――パッと見た感じはサイに近いなぁ、あれ)


 冒険者たちの間を抜け、グレイスホーンの前に立ちふさがった俺は、その姿を見て、男子高校生時代の地球の動物を思い出していた。


「確かに、あの角と外殻は脅威かもなー」


 そんなことを呟く俺のよそに、冒険者や兵士たちがざわめく。


「なんだあいつ!? いつの間に!?」


「誰だ? ギルドからの応援が着たのか?」


 そんな声が聞こえる中、誰かが、


「おい!? 俺、昼にあいつが冒険者登録してるところ見たぞ!」


「なんだって!? じゃあ、新米Fランクぺーぺーの冒険者ってことか!?」


「誰か連れ戻せ! 犬死だ!」


 しかし、それよりも早くグレイスホーンが動いた。


 単純な突進。グレイスホーンの全体重が乗ったそれは、人間の身体など、いとも容易く吹き飛ばす。まして、その先端には、鋼鉄すら穿つ鋭い角。


 誰もが、俺の死を確信しただろう。




 だから、俺はその予想を裏切ることにする。


「…………は?」


 周囲、疑問の声が上がる。


 何に?


 それは、目の前の光景。


 俺の左手が、グレイスホーンの角を掴んで止めていた。

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