第14話 冒険者生活はFランクから始まる

「いらっしゃいませー。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 冒険者ギルドに入ると、中は外よりもいっそう騒がしかった。


 時間的に昼過ぎ、ということも影響しているのだろう。遅い昼食を取っているものたちが声の主であるのは間違いない。


「……と、冒険者ギルドを利用したいんですけど、冒険者じゃないので、まずその登録に」


「あら、初めての方ですね。二名様でよろしいです?」


 俺とフードを被ったゼルシアを見て受付嬢が確認する。


「ええ、お願いします」


 モンドリオは後ろの方、入り口で待機している。


「では、こちらの紙にそれぞれ必要事項の記入をお願いします。文字に関しては言語と同じ、自動翻訳魔法を紙自体に使用しているので、どの国の文字でも大丈夫ですよー」


 俺に付与されている言語翻訳の加護は文字にも適用される。書きたいと思った文字をどう書けばいいかが頭に浮かぶ。


(―――だけど、自動翻訳魔法なんて物を使用しているんだな、ギルドは。国を跨いでいる存在ならば、当たり前か)


 さて、紙に視線を落とす。


 記入事項はえらくシンプルだ。


(名前、性別、年齢―――え、これだけか?)


 住所などは、冒険者が住居を固定しない職業だからわかるのだが、それにしたって少なくないか。


 これだけでいいなら、とゼルシアの分も含めて手渡す。


 実を言うと、俺はこれまでの世界で冒険者ギルドというものとそこまで縁が無かった。というのも勇者と冒険者は明確には異なる。ギルドを通して、他人と協力することはあっても、自身がそこに所属したことは一度も無い。


「はい、ありがとうございます。えーと、サキトさんとゼルシアさんですね? 名字登録はしなくても大丈夫です?」


「ええ、要らないです」


 サキトもゼルシアも今まで被ったことがないし、俺にいたってはどうしても日本人っぽい響きで、似たような名前は見たことが無い。


 俺の言葉に頷いた受付嬢は二枚の用紙を後ろにいる男性に手渡した。


「では、ギルドメンバーのカードを作っている間に、ギルドの説明にしますので、よく聞いていて下さい」


「お願いします」


「ギルドは基本的に冒険者のみなさんを支援するために存在しています。大きなものが、クエストの発行から成果確認までや施設開放ですね」


 まさにこの建物内がそれを示している。


「次に冒険者の稼ぎの中心となるクエストの詳細についてです」


 そう言って、受付嬢はボードを取り出した。書かれている内容を指しながら、


「クエストには複数の種類、そしてランクがあります。

 採取・納品クエスト、討伐クエスト、護衛クエスト……あとはあまり無いですが、労働クエストといって人手が足りない建設現場の手伝いなどのものもあります」


 この辺りは普遍的なものだろう。他の世界でもそうだった覚えがある。


「ランクはFランクから始まります。これは冒険者ランクと連動していて、自身のランクに見合ったランクのものしか受注できません」


 ボードには、Fから始まり、E、D、C、B、Aランクが階級として書かれている。


 これもまた妥当なシステムだと言えよう。ランクが上がれば上がるほど、求められる力は上がっていく。それに見合う実力を持たずに挑めば、どうなるかは少し考えればわかるものだ。


「実はAランクの上にSランクなんてものも存在するんですけど、あれは天災級の難易度―――それこそ、一国の勇者様クラスでないと解決できないような代物で、発行されることもほぼ無いからここには書いてないんですけど」


 一応伝えるのも義務ですから、と付け加えられたところで、先ほど受付嬢が紙を手渡した男性が近づいてきた。その手にあるのは、


「ギルドカードができたみたいですね。どうぞ」


「早いですね……」


「魔法で基本情報を書き込むだけですから。まずはそのカードに魔力をこめてください。初期状態のカードに魔力を覚えさせることで、そのカードが本人の物か確認できるようにしますので」


「へえ、なるほど……」


 魔力は他人と同一になることはない。それを利用した不正利用対策だろう。


 言われたとおり、俺とゼルシアはカードに魔力を流す。


『っと、ゼル。流すのはちょっとだけにしておけよ。普段の感覚で流すとたぶん壊れるぞ、これ』


 俺とゼルシアの魔力、もとい強さがこの世界において、どれほどのものかわからないが、魔力を隠匿した状態でフラウには魔王と間違われた。無論、フラウが実際には魔王の魔力を知らないとか弱い魔物というのもあるだろうが。


 魔力を流すと、一瞬ギルドマードが光を帯びる。


「ん、それで登録は完了です。そのギルドカードは、身分証にも使え、冒険者ギルドが置かれている国においては通行証代わりにも使えるので、無くさないようにしてください。」


 通行証にも使えるということは、この時点でヴォル銀貨二枚を支払わなくて済むことになった。未だそのヴォル銀貨一枚がどれくらいの価値がどれくらいかわからないが、儲けものだろう。


「各国で犯罪を犯したりすると、場合によってはギルド憲章に則ってカードが剥奪されてしまうので、お二人ともオイタはしないようにしてくださいね?」


 当然の処置だろう。でなければ、犯罪者がのうのうと国境を越境したり、公的機関を利用できてしまう。


「最後に一番よく使うことについて。クエストを受注するには、そこにあるクエストボードから受けたいものを取って、受付の者に渡してください。そこで認可されれば、受注完了です。

 完了を報告するには、採取系は採取対象を、討伐系は討伐対象の死体や死体の一部を町の入り口近くにある討伐完了報告所に持っていけば完了です。その時に魔物の部位が『素材』として認められれば、ボーナス報酬も出るので討伐系を受けられるようになったらがんばってくださいねー」


 なるほど。割と合理的だ。


 しかし、受付嬢の最後の言葉。


「討伐系を受けられるようになったら、と言いましたが、規制があるんですか?」


「それはもちろんありますよー。まず貴方たち、Fランクは討伐系クエストの許可は絶対に下りません」


(絶対に、とはまた強く出てくるのな……)


 安全対策はきっちりしている、ということだろう。


「討伐系クエストは早くてEランクから。護衛クエストも盗賊などを相手にすることを考えて、同じですね。だからFランクの方はそれまでは採取系や労働系を主にやっていただくことになります」


「……ちなみに得られる報酬の違いはどれくらいなのでしょうか?」


 ゼルシアが受付嬢に問うた。


「うーん、そうですねえ。一概に言える訳ではないのですが、命の危険と隣りあわせということもあるので、最低でも数倍の差はありますね」


「そこまで差が出るのですね……」


 採取系も場合によっては魔物なりと対峙することになるだろうに、と思うが、その場合は高ランク採取クエスト、という扱いになるのだろう。


(だけど、こうなるとそこそこ長い間、ここに滞在することになるな……)


 こちらはあまり人間の町に長く滞在するつもりは無かった。買えるものはとっとと買ってしまい、情報を集めて、森に帰るというのが予定していた計画だ。

 

 無論、数日程度はかかると見込んでミドガルズオルムにも話はしてある。


 場合によっては、少しの物資を買って、拠点に帰り、また出直すと言うのも手だ。

 

 国境を数度往復することになるので、怪しいと言えば怪しいのが問題か。


 そこで、俺は手を挙げて受付嬢に問いを投げた。


「ちょっと聞きたいんですけど、ランクをあげるには、具体的にはどうすればいいんですか?」


「……やっぱり興味あります? 最初のうちはこつこつ採取クエストで生計立てて、うちの訓練場とかで戦闘訓練した方がいいと思うんですけど」


 受付嬢が困った顔で言ってきた。


 その眼は、『冒険者となって上を目指すことを夢見る若者』を見るような眼だ。


 今更そのような対応をされたことで、どうという気も起きないのだが、ランクを上げる方法はきちんと聞いておきたい。


「堅実、というのも確かに大事なのはわかってますよ。でも、目標を持つことも悪いことじゃないでしょう。だから、教えてもらえると助かるんですけど。

 ―――お姉さんもお仕事でしょう?」


 俺はニヤリと言い放つ。


 俺の言葉に、受付嬢が肩をすくめる。


「―――これはまた、痛いところを突いてくる新人が入ってきたものです。

 ……いいわ、教えてあげましょう」


 受付嬢はそう言って、更に違うボードを俺たちに見せる。


 というか口調口調。この人、けっこうすぐにキャラが崩れるタイプか。


「ぶっちゃけて言えば、なんてことはないんです。特に低ランク帯に関してはね。

 クエストを進めていくと、その都度評価をもらえるんですが、それは数値化もされていて、それが一定まで溜まると評価試験を受けられるんです」


「それをクリアすると、次のランクに上がれる、ということですね」


「はい。試験の内容はその時まで非公開なんですが、基本的に魔物討伐は絡みます。理由は説明しなくても?」


「大丈夫です」


「あとはそうですね……Eランクより上の冒険者は基本的にギルドカードに戦闘スタイルを書き込んでいます」


「……複数人でのクエストを行う際に募集しやすいから、ですかね」


「あら、よくわかりましたね」


 この辺り、ゲームなどでは基本的なシステムだし、現実で考えても、困難な相手に対し、最適なパーティーで挑むのは当たり前だ。


「まあ、戦いに関してはそこそこ自信があるんで」


 こちとら歴戦の戦士である。隠しているけど。


「ふーん? でも、その油断が命取りになるんですから、気を付けてください。

 ―――他、何か質問は?」


「……とりあえずは大丈夫です。ありがとうございます」


 俺たちは礼を言って、受付から離れた。

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