第8話 魔物の子

 湖畔に向かうと、そこには既に人だかりができていた。


 皆、対象から一定の距離を置いて、ある者は好奇心、ある者は奇異の目でそれを見ていた。


 魔物。


 ジョルト、モンドリオとともに人を掻き分けて進んでいった俺も、視界に捉える。


 身体を半分水につけながら、倒れていたそれは、


「……リザードマンか?」


 俺の呟きにゼルシアが同意する。


「そのようです。かなり人間体に近いようですが、皮膚のところどころに特有の鱗が見られます」


 リザードマン。今まで渡り歩いていた世界にも数多く存在したが、この世界でもそうらしい。ただ、今までと大きく異なるとすれば、ゼルシアが言ったとおり、姿かたちが人間のそれに近い。


 リザードマンと言えば、もっとトカゲ人間現る! みたいな感じなのだが、今見えているそれは遠目から見れば、ただの女の子に見間違う可能性すらある。


「皆、道を開けてくれ!」


 ジョルトの声で、人ごみが割れ、視界がさらに開ける。


 そのままリザードマンの少女まで一直線に近づき、ある程度の距離で歩みを止めた。


「……確かに魔物のようですね。傍から見れば少女のようにも見えますが……」


 モンドリオが目を細めて言った。


 その横、ジョルトがため息をつく。


「そのようだ……。すまん、これを最初に見つけたのは!?」


 ジョルトの問いかけに、群集の一人、中年男性が手を挙げた。


「俺だ、ジョルトさん」


「詳しい話を聞かせてもらえるか?」


「ああ、と言っても、そんな説明するほどじゃないさ。湖で漁をしてて、帰ろうとしたとき、岸に何かが打ち上がっていたのが見えたんだ。人のようにも見えたから、まさか子どもが溺れたりしてないかと見に来て……これさ」


「ふうむ、なるほどな……」


 ジョルトが納得したと言う風に腕を組んだ。


 その時、群集から声が上がる。


「そ、そんなことより! あれは生きてるのかい!? 目覚めてあたしたちを襲ってくるなんてことは……!?」


 声に同意の声や恐怖の声が広がる。


「悪い。皆の中には、はぐれ魔獣に家族を殺された者もいてな。それより強い魔物となると怖がりもする」


 そういうのも当然あるだろう。


「皆、静かにしてくれ。今から確認する」


 言って、ジョルトが魔物に近づく。

 

「ゼル、俺たちも行こう。念のためだ。モンドリオさんはここで待機を」


「は、はぁ。お気をつけくださいね」


 頷き、俺とゼルシアはジョルトと歩みを共にする。


「……む、青年と少女。危ないぞ―――と、君たちに心配は無用か」


「ええ、まあ。ところで、ジョルトさんは魔物については?」


 数秒間を空けてから答えが返ってくる。


「……実のところ、生の魔物はこれが初めてだ。生き物であれば、基本構造はそう変わらんだろうから、と楽観はしているが……」


「そうですか……。

 ―――ジョルトさん。場合によっては俺とゼルシアに合わせてくれませんか?」


「青年……?」


 やり取りをしている間に、リザードマンの少女のところまで着いてしまった。


 群衆が見守る中、俺たちはしゃがみこんで、少女の様子を確認する。


 近くで見れば、人間との違いがよくわかる。肌は人間のそれより青白く、耳や手先の形状なども程よくリザードマンのそれだ。ただやはり、俺たちの知っているリザードマンよりは人間に近い個体だ。


 そしてなにより、


(……服を着ている。しかも、そこそこちゃんとしたやつだな……)


 つまりは、この少女が属していたところはそれにあった文化を持っているということだ。人間から奪ったもの、でなければの話だが。






 と、そんなことを考えているうちにジョルトが行動を起こした。


 恐る恐る手を伸ばし、その肌に触れたのだ。


「ふむ……、冷たいな……。うーむ……わからん」


 俺たちにしか聞こえない程度の声で、困ったという風にジョルトが言葉を作った。


『……ゼル』


『はい。この個体、生きています。気を失ってはいますが』


『やっぱりそうか。なら、この子、一度連れて帰ろう。魔物のことは魔物から。うまくいけば、話を聞いた上で魔物もう片方とも良い関係を築けるかもしれない』


 魔物の子を助けたとなれば、少なくともこの少女が所属していた集団からは悪い印象をもたれることはないだろう。この少女が流刑されたとか、そういうのでもなければ。


 そうなると、ここからどうやってこの少女を連れ帰るか。


 幸いにして、ジョルトは魔物の知識はほぼ無いと見ていい。ジョルトがそれならば、他の人間はそれと同等か下、よくて少しある程度だろう。


 だから、ここでも嘘をつくことにする。


「ジョルトさん、この魔物、既に


「む、そうなのか!?」


「ええ、みてください。肌もこんなに青白くなり、これだけの騒ぎでも反応が無い」


 割と頭の悪い言い分だと自覚しながらも、知識が無い、しかも畏怖する対象ともなれば、それでも通じるものだ。


「―――しかし、問題があります」


 ここで、ゼルシアにバトンタッチ。


「何が問題だと言うのだ、少女よ?」


「はい。個体にもよるのですが、魔物は体内に毒などを有している可能性があります。それは、死してなお体内に留まっているので、下手に放置や処理をすれば大事になりかねません」


 これは一応事実ではある。ただ、この魔物の少女がそうであるかはわからないが。


「そして……これが一番の問題ですが。私たちはモンドリオ様から北の地の魔王と、この地帯が緩衝地であることを伺っております。そして、そこに流れ着いた人間の難民が、魔物を殺したとなれば、大事になります」


「ちょっと待ってくれ! 殺したなどと……!」


「ええ、事実はそうではないでしょう。しかし、話の伝播とは得てして歪曲して伝わるものです。人間だけでもそうなのです。魔物が関われば、どうなるか……」


 ゼルシアの言葉に、ジョルトの表情が難しいものになっていく。


「だから、俺たちが動きます」


「青年たちが?」


「俺たちはこの近く―――いや近くもないけど――西にある大森林に居を構えるつもりなのですが、どうやらあそこは他に人が住んでいる様子もない。魔物の死体を処理するならば、危険が無くて良いと思います。

 幸い、この騒ぎを知っているのはアルドスの人たちとモンドリオさんたちだけだ。ジョルトさんたちは、この話をこれ以上広げないようにしてくれればいい」


 これならば、俺たちがこの少女を連れて行くことに説得力がある。この話自体もここだけの話にするならば、大事にはならないはずだ。


「しかしだな……」


 知り合ったばかりの者に、魔物の扱いを任せて良いか、踏ん切りはつかないようだ。


「大丈夫ですよ。俺たちは旅の中で魔物とやりあったこともありますし。人気の無い森なら誰にも知られずに処理できる。後は貴方たち次第です。

 ……どうしてもというならおまかせしますが、下手をすれば可能性があるのは覚えておいてください」


 ジョルトには悪いが、少し脅し文句を入れる。


 そして、どうやらそれは効果があったようだ。


「……っ! では、申し訳ないが君たちに任せて良いか」


「はい。俺たちはこの魔物を連れてすぐに立ち去りますから、ジョルトさんは皆に適切な説明を。話が広がったら元も子もありませんから、少し強めの言葉で締め付けをお願いします」


「了解した、こちらはまかせてくれ」


「……あ、それと。これをモンドリオさんに渡していただけると」


 俺はそう言って、腰の裏に手を回した。そして、異空間からとあるものを取り出す。ジョルトから見れば、普通に腰にかけてあった物を取り出したように見えるはずだ。


 手渡したそれは、《工房にてクラフター》で作ったスタングレネード。


「俺が作った目くらましに使える玉です。モンドリオさんたちが帰る時、また盗賊に襲われたら大変ですから渡しておいて下さい。『投げつけたら使えるから』という言伝も一緒に。基本的に衝撃で起動するので、扱いは慎重にしてください」


「わかった。あいつにきちんと手渡そう」


「お願いします、それでは」


 そう言って、俺はリザードマンの少女を抱き上げた。


 瞬間、群集からどよめきが上がる。


 この程度の反応は仕方が無い。あとはジョルトのリーダーシップ、カリスマが問われる話だ。


(……ここからまっすぐ西に行けば、拠点に帰れるはずだな)


「また何かあったら来ます。ゼル、行こう」


「ああ、歓迎するぞ、青年と少女よ」


 拳を振り上げた挨拶に一礼だけを返し、俺たちは歩みを始めた。


 俺たちは帰路に、ジョルトは民衆への説明に向かうのだった。

 

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