第7話 難民の町
(―――何でだー!?)
「普通の方は手刀で人間の手首を斬らないからでは?」
俺の愕然とした心の中の声に対し、至極全うなド正論が隣の美少女から来た。
というか、
「ちょっとゼルちゃん? 確認したいんだけど、馬車はどういう止め方したの?」
「牽引していた馬の方に魔法をかけおとなしくさせた後、中の方々に『主人が盗賊を退治いたしますので、少々お待ち下さい』とお声がけをいたしましたが…失敗だったでしょうか?」
「ううん、百点満点です…」
ゼルシアの完璧具合にさすが俺の嫁と感心しつつ、とどのつまり、彼らの恐怖の対象は俺だという事実に直面する。
何処で対応を間違えたのだろうか。
(やっぱり盗賊相手にやりすぎたことが原因かな……)
そう反省していた時、馬車の主らしき男が御者よりも一歩前に出てきた。
身体を震えさせながら、言ってきた言葉は、
「何れのお国の勇者様か存知あげない無礼を御赦しください。今、私たちは難民向けの支援物資を輸送している最中でございまして、満足していただけるような献上品は持ち合わせていないのです……。ど、どうかお見逃しください……!」
「―――……」
今の言葉の中だけで、気になること、そして見えてくることが多々ある。
まず一番気になるのが、
(……勇者、か)
何処の国かわからない、と言った手前、複数の国がこの世界には存在しており、かつそれぞれに勇者が存在している可能性が高い。
そして、献上品。どうも、この者たちにとって、勇者というものは畏怖される対象らしい。しかも、俺の想像では、一般人から金品を巻き上げる勇者様が、この世界には存在しているのだろう。でなければ、このような言葉は出てこない。
次に気になるとすれば、難民という言葉。馬車は俺たちの目的地でもある町に向かっていた。
自然に考えて、町が難民を擁しているということだろうが、つまりはこの周辺諸国は、難民が発生する何かしらの問題を抱えているということだ。
難儀だな……、と思うがそれよりも今はやらなければならないことがある。
とにかく、誤解を解くことだ。一応俺も勇者という側面は持ち合わせて居るが、『勇者の肩書き』が、今この時は邪魔にしかならない。
「落ち着いてください。俺は勇者ではありませんよ」
「―――へっ……?」
男が面食らった表情をする。
「俺たちはただの旅人です。たまたま近くにいたのですが、盗賊に襲われていると知り、介入しただけですから、見返りなんて要求しませんよ」
大半が嘘だった。ただの旅人が上空から盗賊を強襲するわけ無いし、こっちとしては情報という見返りは欲しい。が、正直に話すのは野暮というものだ。
男はまだ信じられないという感じで、
「し、しかし旅のお方があのようなお強さを誇るとは些か信じられず…」
やはり一連のやり取りは見られていた。
しかし、旅といっても色々あるだろう。
だから、
「では、あまりひけらかすことでもないのですが、少し訂正します。俺は武を極めるため、遠い地を出て修行の旅をしているのですが、最近この辺りにやってきまして。ずいぶん人里も通ってなかったので、この先に町があるのを見て寄ろうかと思っていたところに、貴方がたを発見したんですよ」
「そうなのですか……、修行の旅とは、お若いのにあれほどの力、さぞ過酷な旅だったのでしょう」
今の俺の見た目は二十歳前後にとられるはずだ。実年齢と乖離しているわけだが、その辺りは俺のスキルによるものである。そもそも、どのタイミングから数えて実年齢といって良いかは定かではないが。
ともあれ、俺が勇者ではないと納得したらしい。
「……ええ、まぁ。それで、話を戻すのですが、先程、難民と仰っていましたが……」
「あ、えぇ。この先にある町は、『難民の町 アルドス』と呼ばれる場所です」
「……
町の難民ならわかりやすいが、難民の町だと?
『―――先程、上空から眺めた程度ですが、まともな建築物は少なく感じました』
隣のゼルシアが男たちに聞かれないよう、魔力通信で補足を入れてきた。
ということは、言葉通りの意味なのだろう。
「では、町自体が難民の集落そのものだと?」
「はい、そのとおりでございます。とある国から逃れた者が集まり、以前から町を築いているようです」
最初は数十人規模だったそれは、今では数百人クラスに拡大しているのでは、と男が話した。
「しかし、難民問題は放置していけば必ず大事になる。それはこの土地を治める領主―――国はわかっているのですか?」
深い問題であり、どの世界でもそうだ。
「旅のお方はこの辺りには着たばかりと仰られていた故、知らないのも仕方がありませんな……。この辺り一帯は、どの国にも属していない
どの国も領土主権を持たない土地。
だが、おかしな話だ。なぜならば、
「この辺り、未だ少ししか見てまわってはいませんが、土地としては悪くないはずだ。自然は豊かであり、地形も厳しいわけではない。それなのに、何故……?」
正直、環境は悪いどころか、かなり良いはずだ。
普通であれば、領有を宣言する。俺だったらする。
だから、
「―――ここより北の地が、
●●●
ガタゴトと揺れる馬車の中、俺とゼルシアは馬車の主、モンドリオと面と向かって座っていた。
立ったまま話すのもなんですから、と同乗させてもらったのだ。
本当に良いのか、と訪ねると、命の恩人に無礼を働くわけにはいきませんと食い下がってきたので、無理に断るのもめんどうだと言葉に甘えたのだ。
軽く、自己紹介を終えた俺たち話の続きを再開する。
まさかこの世界にも複数の魔王が存在しているとは思いもしなかった。ということは、モンドリオの話を信じるならば、この世界には複数の勇者と魔王が存在していることになる。
「複数の魔王がせめぎ合っている激戦地の近く―――緩衝地帯だから無主地というのはわかりました。
下手に激戦地付近の土地を持てば、戦火に巻き込まれる可能性がある。それを考えての行動だろう。
「……しかし、それが魔王たちもその考えを持っているかはわからないのでは?」
人間が魔族を恐れる、というのはわかる。
だが、逆もまた同じとは限らない。
「そこまでは私どももなんとも。一説にはこの土地に領土を広げようとすると、他の魔王が組み、滅ぼされるから、などとも言われております」
「なるほど」
道理にはかなっている。
そして、そんな地であれば、他国からの手は伸びてこないため、難民が集まるのもわかる。
ここで気になることがあるとするならば、俺たちの目の前の者たちだ。
「モンドリオさんたちは何故、難民たちの支援を?」
当然訊かれるだろうと思っていたのか、頷いた彼はすぐに言葉を返してきた。
「私は、祖国ヴォルスンドの一領主であるヘルナル様のお抱えの商人をさせていただいているのですが……、アルドスの民たちの
話によれば、ここから南西に行くと、大国ヴォルスンドがあるらしい。その北東の領地を任されているのがヘルナル伯爵ということだという。
「その方ご本人は難民ではなかったのですが、何らかの経緯で難民たちを纏め上げることになったご様子。
ヘルナル様も難民問題自体は重く受け止められているため、とその場しのぎの策ではありますが、物資等で支援をされていらっしゃるのです」
そのときだ。馬車の先頭のほう、御者が声をかけてきた。
「モンドリオの旦那、アルドスに入りますぜ!」
どうやら、町に着いたらしい。
「ああ、そのままいつもの場所―――ジョルド氏のところまで行ってくれ」
「へい!」
声の後、馬を打つ音が聞こえる。
「ジョルドさんというのが……?」
「はい。町自体が小さいので、すぐに彼のところに着きますよ」
どうやらその言葉は本当のことらしく、数分もしないうちに馬車が減速を始め、停車する。
降りてみると、建物、というよりは大きなキャンプハウスのような簡易住居がそこにある。
そして、馬車が着くと同時、中から中年らしき男が出てくる。
驚いた顔をした男は、
「モンドリオ! どうした? いつもより早いじゃないか?」
「どうも、ジョルトさん。実は道中、盗賊に襲われまして……」
モンドリオの言葉に、ジョルトの表情がさらに険しくなる。
「なんだって!? 大丈夫だったのか!?」
興奮するジョルトに、モンドリオが両の掌を向けて静止する。
「ええ、ええ。こちらのサキト様とゼルシア様が追っ払ってくださったので、被害は無かったのですよ」
モンドリオが横にスライドし、ジョルトに俺たちが見えるようにする。
「なんと!? この青年と少女がか!?」
「どうやら武を極めるための修行をされているそうで。それはもうお強い方でございます」
「ほう」
ジョルトの眼前に立ち、一礼する。
「サキトと申します。昨日、この辺りにやってきまして。町があると知り、こちらに向かう途中でモンドリオさん一行が襲われていたので、横入りをしたんです。
こちらは俺の妻のゼルシアです。以後、お見知りおきを」
基本、ゼルシアは対外的には妻ということにしている。間違ってはいない。
「なるほど。いや、モンドリオたちを助けていただいて私からも感謝の意を。物資もそうですが、こいつも、数少ない私の友人、そのお抱えの商人で、私たちのために動いてくれる貴重なやつですから」
ジョルトに対し、好印象を与えられたようだ。
盗賊退治は成功だったと、これだけでそう言えるだろう。
とにかく、接点は持てた。
難民の町ということで、物資の供給などは期待できないが、南西に行けば、大国があり、しかも一番近い領主お抱えの商人と知り合うことができたのも大きなプラスになるだろう。
ここから、どう動くか。
それを考えようとした時だ。
俺たちのいるところに、一人の青年が息を切らして走ってきた。
「た、大変だ……! ジョルトさん!」
「なんだ、どうした?」
「湖の岸に―――」
慌てている青年に、落ち着け、とジョルトが言うが、それどころではないらしい。
「岸に打ちあげられてるんだよ!
―――魔物が!」
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