第6話 ファーストコンタクト開始
俺とゼルシアは、森の木々を進んでいた。徒歩で歩きつつ、時折木々の枝を跳んで渡りもした。
シエラリーベル等、魔法で飛んで行くというのも有りなのだが、森の外までの地形を覚えたり、実際に自分で見ることでミドガルズオルムの報告からは見えなかった事実なども判明したりするからだ。洞窟らしきものや湖まで流れていそうな川など、色々あることがわかった。
「―――ん、森の外に出るみたいだな」
周囲の木々が徐々にではあるがその数を減らしている。
「サキト様、ミドガルズオルムの報告では、森と件の集落までは草原が続いているとのことでしたが」
「そう言ってたな。集落まで歩いていこうと思ったけど、さすがに距離もあるか―――シエラリーベル」
跳躍と同時、魔法の発動で木々よりも高い位置に飛び出し、ゼルシアも追随してくる。その勢いを以って、森の外に出たようだ。眼下には草原が広がっている。
上空、それなりの高度であれば、仮に下に人が居てもすぐには判別されないだろう。
しかし、俺たちはすぐ町に向かうつもりは無い。
俺は魔力により視力を強化して目的のものを探す。そして、それはすぐに見つかった。
「ゼル、集落の南東側、ちょっとした崖が見えるか?」
「……はい、こちらでも視認しました」
「よし、それじゃあ、ちょっと南に迂回しながらそこに行こう。あそこからなら、目立たずに町の中を見渡せる」
俺は集落にはすぐに近づかず、中の様子を確認したかった。
というのも俺とゼルシアの服装が、この世界の標準のものと大きく異なる場合、良くも悪くも目立つ可能性が高い。
仮に今俺たちが着用、所持しているものとデザイン等が大きく異なる場合、その場で《
ちなみに言語に関しては、初めの勇者をする際に、異世界転生や転移をする上で必須のものなので、オート翻訳魔法が転生者には備わっているという旨の説明をオーディアに受けたし、実際そうだったため、苦労はしていない。していたら俺の《
そして、もう一つ注意すべきことがある。
「それとゼル。今からでも良いから翼を隠しておいてくれ。この世界の人間の価値観がどういうものかはまだわからないが、人間相手に
ゼルシアの翼。初めて会った時と同じ純白―――
では、もう片方はどうなのか。
漆黒。
俺が勇者の時は純白、魔王をやっている間は漆黒と。おそらく俺のステータスに合わせてゼルシアの属性にも変化があった。その時はまだ、両方の翼の色は同じだったのだ。
だが、いつしかそれにも異変が生じた。それが出始めたのは、覚えている限り、二度目の勇者時代。敵がかつての同胞たちだと知った時だろうか。二度目の魔王時代にはゼルシアは今の状態になっていた。
純白の片翼と漆黒の片翼。それこそ、まさに今の俺と同じように、半々という状況だ。
俺からしたらどうあろうと美しいと感じるそれも、一般人にとってはそうではないだろう。黒の翼が堕天使、悪魔などを連想させるものであると俺は知っている。
不用意なことは避けたい。
それに、ゼルシアが蔑まれることに、
「かしこまりました」
言って、ゼルシアが魔法を詠唱すると展開されていた翼が徐々に姿を失っていく。透明化の魔法だ。
激しい動きをしなければ、強制解除されるような代物ではないため、安心できる。
「―――お」
ふと、俺は草原の中、街道のようなものがあるのを発見した。特段整備されたわけではないが、確かに往来をするための道がそこにある。
よく見れば目的地である町から続くその道は、南西方向にずっと延びている。
(……ということはそちら側にも集落以上の何かがあるって訳か)
思い、草原の南西方角に目を凝らした時だった。
「この魔力反応……魔獣か?」
視界に映るよりも早く、魔力感知が反応する。
「そのようです。こちらに近づいているようですが……」
そうなると、町に魔獣が近づく事になる。
未だ入った事もない集落ではあるが、これから訪れようとしているところに魔獣が突っ込んでくる未来はできれば避けたい。
距離としてはかなり離れているが、
「少し見に行くか。問題あるようであれば排除で」
言って、空中を蹴る。
直後、俺は高速で南下を始めた。ゼルシアも同様の速度でついてくる。
通常の生物が出せない速度だ。数分で目標が視界に入った。
「―――馬車、か……?」
「馬車ですね」
ゼルシアも視認したようだ。形状としては、商人がよく利用する荷積みが大きいタイプだろう。道は一本しかないので、町に向かうものなのは確実なのだろうが……様子がおかしい。
飛翔を止め、空中に静止して目を凝らす。
走行の速度がえらく速い気がする。視界の中、最初は点だったそれは、形状がぼんやりとわかる距離まで迫っている。
―――と、ここで俺は気付いた。
魔獣の反応、それが馬車を引いている馬から出ている。
つまりは、
「魔獣タイプの馬か」
そして馬車後方、十数人の男たちが、こちらは普通の馬に乗り、懸命に馬車を追っている。
単純に考えて、
「盗賊の類だろうなぁ、あれ」
なにしろ、男たちの服装が粗雑なものばかりだ。あれで、闇商人の荷物を検閲するために仕事をしている公務員とかだったらそれはそれでやばい。見た目で人の判断をするのは良くないが、十中八九予想通りだろう。
「……どういたしますか? サキト様」
隣に浮いているゼルシアも状況を把握したようで、こちらの指示を仰いできた。
「うーん、そうだなぁ……」
少し考える。昔なら―――一度目の勇者時代なら、間違いなく迷わず助けに入るのだが、それも昔の話だ。
今はメリットとデメリット、その二つを天秤にかけてから動くようになってしまった。
あの騒動に介入した場合、間違いなくそれがこの世界の現地人とのファーストコンタクトになる。ということは、先程まで俺が考えていた計画が根本から崩れることになる。
介入するか、静観するか。どちらを選ぶにしろ、騒動はすぐそこまで迫っており、時間はあまり無い。
さて、どうしたものか。思案しようとした時だ。
「サキト様、差し出がましいことを承知で意見を述べてもよろしいでしょうか」
「ん、言ってみてくれ」
俺の促しに一礼したゼルシアは言葉を作る。
「私としては、介入されたほうが宜しいかと判断します。あの馬車の主が、この世界で商いをしているものであれば、流行や情勢など、情報を持っている可能性が高いからです。
加えて、静観した場合、あの状態のまま集落に突入する可能性もあります――というよりそうなるでしょう。そうなった場合、事態が悪化するかと」
「……そうなんだよなぁ」
集落の様子を眺めるよりも、現地の人間から直接情報を聞き出した方が、より早くより正確なものを得られるだろう。しかも、介入した場合、こちらは救助した側だ。有利な状況ではある。
「―――よし、いっちょ助けてやるか。ゼルが言うんだし」
出会った当初なら、無関係の者を助けることに意味はあるのか、などという事を言っていた彼女も、今では状況を見た上ではあるが、人命救助を是としている。良い娘になったなぁ。逆に俺が非道になった気がするけど。
「さて、タイミングは―――この辺りかな?」
言葉が終わると同時、俺はシエラリーベルを解除した。
当然、重力に引かれて、地に落ちる。そして、狙い通り、馬車が通り過ぎた直後の街道。つまりは後ろに馬車、前に盗賊たちを置く構図になった。
『ゼルは馬車を止めてくれ。あのまま町まで行かれたら困る』
『承りました』
魔力通信でゼルシアに指示を飛ばし、俺は前を向いた。
ちょうど、盗賊たちが近づいてきたところだった。
「んだてめぇ! 邪魔だ! どきやがれ!!」
如何にもな台詞を吐いてきた……気がする。実際は遠いし、馬の走る音しか聞こえない。
どうせ減速もせずこちらを轢いてくるだろうから、やる事はひとつ。
馬を止めればいい。
『止まれ』
前面に圧のある魔力放出、それだけで盗賊を乗せた馬たちは急停止を行った。
「うぉっ!? くそ! なんだこいつら、いきなり止まりやがって!」
盗賊たちが馬を蹴ったりしているが、当の馬たちはそんなことに構う余裕はない。
「悪いね。俺ってば、あの馬車の主さんに用事があるんだよ。横入りするようで悪いけど、退いてくれない? 怪我したくないなら、さ」
「はぁ? てめえ、俺たちを誰だと思ってんだ!」
「あー、そうだなー……ただの盗賊?」
言葉を選んで発言した。
だから、思い通りの返しがきた。
「てめぇ、何だか知らねえが馬鹿にしやがって! ぶっ殺してやる!」
先頭の一人が馬を下りて、腰の短剣を引き抜き、振りかざす。
まぁこうなるよなぁ、と俺は肩をすくめた。
男がこちらに接近しながら、右の手に持った短剣を振り下ろしてきた。
だから。
俺はそれを左手で受け止めた。人差し指と中指で挟む形で。
「……は?」
攻撃を阻まれた、その単純な事実を理解するのに手間取った男を待つことなく、俺は次の行動を取る。
空いている右手で手刀を作る。
そして、短剣を持った男の、右手首がある位置を、下から上に俺の手刀が通り過ぎた。
結果は明白だった。
「……え? ―――あぁ!? ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」
自らの手首から吹き出す血によって、起こった事実の衝撃が男を襲い、次に痛みが襲ったのだ。
「―――っと、血がつくところだっただろ。
……殺すぞ?」
間一髪、吹き出す血を避けて、挟んでいた短剣ごと男の右手を放り捨てる。
(―――っと、いかんいかん。魔王モードの名残が)
反省しながら、自分でも割と理不尽な事を言ったかなぁ、と思うが、別に相手盗賊だしいいか、と納得する。
「言っただろ? 怪我したくないんだったら退けって」
地面でのたうち回る盗賊の一人に言った。
仲間の手首が飛ばされた衝撃に呆然としていた他の盗賊が、その言葉で我に帰った。
「てめえ! よくも!」
盗賊たちがそれぞれの得物を引き抜こうとする。
その事実に、俺はため息をついた。
「だからさー。
―――」
俺は一度ゆっくりと息を吐いて、閉じた眼を開いた。
瞬間だ。
「……!? あ、が……???」
盗賊たちが震えだしたのだ。
それは、俺の圧に呑まれた証拠。
ある者は首が跳び、ある者は身体が上下半分に別れる。そのようなことが現実に起こったような錯覚をしているはずだ。
「……今、
言った瞬間だ。盗賊たちが回れ右で一目散に街道を引き返す。まだ気力があるものが、右手を失ったものを担いで後に続く。
その速さたるや、馬車を追っていた速度よりも速いのでは? と思うほどで、すぐに点となって見えなくなる。
「……少しやりすぎたか?」
思うが、時既に遅しだ。
「さて、盗賊は追い払った。次は……」
「サキト様」
振り返るよりも先に、こちらを呼ぶ声が聞こえた。
「お見事でございます」
「ん、ゼル。馬車は……あれか」
振り返って見た、ゼルシアの後方。馬車が停止している。
(……そういえば、ゼルのやつ、どうやってあの速度の馬車を止めたんだろう)
ふと疑問が沸いたが、気にしないことにした。
「乗っていた人たちは?」
「中に」
言われて、見てみれば、確かに馬車の御者や商人と思われる者たちが、荷車の中からこちらをのぞいている。まだ、盗賊の存在を心配しているのだろうか。
ならば、もう安全だと声をかける必要があるだろう。
盗賊に対し、軽くではあるが力を振るった為に畏怖されないかが心配だ。
とは言え、こちらは盗賊から救った身。あまり悪い印象は持たれることは無いだろう。
だから、右手を上げて、気軽に声をかけた。
「あ、どうも。ちょっといいですか?」
「―――ひっ!? お、お助けを! 命だけはぁぁぁ!!!」
すごく怖がられていた。
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