第5話 状況整理とこれからについて
拠点のドアを開けて中に入ると、そこには立派な居住空間があった。
まず見えるのは少し手狭な居間だ。余った木材で作られたテーブルと、俺の異空間倉庫から取り出した椅子が置かれている。
玄関部分から見て左奥には調理場―――簡素な台所を作らせた。というのも大きめの岩を持ってこさせ、俺がアルノードでちょうど良い大きさに加工した調理台があるだけだからだ。当然ガスコンロやら冷蔵庫なんて物は無い。何しろ、全部魔法で代用可能だ。むしろ俺の記憶では家電を使ってる期間の方がもはや総人生において短い。
ちなみにこの辺りの事は、広い外でやっても良いのだが、生ものを扱っているとそれに寄せられてくる悪いものもあるので、魔法で遮断されたこの空間でやる方が安全かつ衛生的だ。小蝿とかいやだよね。世界によっては吸血殺人小蝿とかいるし。
そして、この空間のさらに奥、別室が設けられており、そこにはこれまた俺の倉庫にあった私物であるダブルベッドが置かれている。基本的に俺とゼルシアは文字通り、寝食を共にするからだ。ベッドを二つ置く余裕も無ければ、部屋をもう一つ増やすのも大変なので、デメリットばかりだ。もはやそれが普通なため、お互い何も言わない。
と、まあ突貫工事故に少々小規模ハウスと化した訳だが、普通の者が見たらとても半日で出来上がったものだとは思わないだろう。
材質は周辺で取れた木材を中心としたものだが、俺とゼルシア両名の魔法で耐熱耐寒耐衝撃等、そこらの城よりも防御力に優れた拠点であるのは間違いないだろう。
「さて、次はどうするか―――と、ミドのやつ、結構近くまで戻ってきてるな」
小竜状態とは言え、ミドガルズオルムの魔力は絶大だ。接近に気付くのは容易である。
「家入ってすぐ出るのもなんだけど、しょうがない。迎えにいこうかゼル」
言って、踵を返そうとしたときだ。
『―――王よ、その必要は無い』
声と共に、ミドガルズオルムが室内に出現する。
「ミド、お前……顕現化の解除と再顕現で
俺のスキルとなったミドガルズオルムはスキル行使により、肉体を顕現させるわけだが、スキル使用をやめると何処にいようと魂の繋がりを辿り、俺の身体の中に戻ってくる。ということはその後に再使用すれば、擬似的な瞬間移動の出来上がりなのだ。
俺とゼルシアとの魂の繋がりを利用した瞬間転移、そのスキルバージョンというわけだ。
スキルのオンオフはミドガルズオルム自身もできる。当然、俺の権限のほうが上なため、俺が認めない行動はできないのだが、そこは信頼している部下、基本的に任せている。
というふうに、厳密に言えば生物という存在から逸脱してしまっているからこその裏技だが、問題はそこではなく……、
「ミドガルズオルム、きちんと命じられた勤めを果たしたのですか?」
ゼルシアの半目の問いに、ミドガルズオルムが答えた。
『
俺の収納魔法から成る異空間倉庫の一部分はゼルシアやミドガルズオルムと共有させているため、このようなことも可能だ。
と、ミドガルズオルムが首を動かし、拠点であるツリーハウスを見渡した。
『しかし此度の魔王城は随分と手狭だな……』
「しょうがないだろ、半日の突貫工事だぞ。俺とゼル、ミドしか居ないんだし、これぐらいがちょうど良いだろうさ。
というか、魔王城じゃねーよ。俺、今魔王じゃないし。……今朝まで魔王だったけど」
そうだ。世界が変化しているので、実際に一日というわけではないだろうが、少なくとも俺の体感時間のうちで、今朝までは二度目の魔王人生だったのだ。そこから女神オーディアと対峙、戦闘の結果、異世界に吹き飛ばされて、森で人形操って家を建てたところまできた。
「そう考えると今日は大変めまぐるしい一日でしたね、サキト様」
「ほんとだよ、まったく。というかちょい疑問なんだけどさ……」
それはふとした疑問。
「今の俺ってなんだろうな?」
今の俺は既に魔王ではないだろう。そして、三度目の勇者も断って女神と敵対したので、勇者というのも違う気がする。
故に、信頼する者二名に聞いてみたのだが、
「役職無しということですか……。では、家事手伝いでいかがでしょうか?」
『魔王でも良いと思うがそれを否とするなら……まあ無職だろう』
(二人同時に攻めてくるなーこいつら!)
「もういい……。とりあえず『魔人』でいこう。勇者と魔王の折衷案だ。決して無職ではない」
こうして、俺は自らよくわからない折衷案を出したのだった。
●●●
「で、肝心要の話をする訳だけど」
食事も半ば。
ミドガルズオルムが獲ってきた、たぶん猪とかそこらに近い感じの動物の肉を、手持ちの調味料を駆使してそこそこ良い感じにし、夕食を楽しんでいた。
「現状の再確認な。俺は女神オーディアから三度目の勇者を要請されたが、これを拒否。オーディアと完全に敵対し、一度は倒したが油断によりこの世界に飛ばされた」
あれは、油断だ。すぐにオーディアを拘束状態にするべきだった。
「まぁ、そこはもう起こってしまったから仕方が無い。次に活かそう。それで、この世界のことだが。まず、最後に聞こえたオーディアの言葉」
「『炎獄』、と呟かれていたと思いましたが……」
「ああ。もう、その言葉の意味だけで相当嫌なんだが」
ゼルシアやミドガルズオルムに話している俺が生まれた世界の、神話。名前の響きや権能などから思い当たるものが一つ。
それが、北欧神話。
当時、ゲームやらなにやらでするっと覚えていたものではあるが、その神話に関係し、かつ炎獄などと呼ばれる存在があることも、俺は知っている。
「……ただ、北欧神話と同一視するっていうのは早計かもな。
あくまで俺のイメージではあるが、オーディンはひげを蓄えたしぶい隻眼のおっさんという感じなのに対して、オーディアは見た目だけは美女だった。
『今はオーディアに関しては捨て置いてよかろう。王が傷を与えた上に、今ここまで追撃という追撃は無い。向こうもそう早くは行動できないという証左だ』
テーブルの上、ミドガルズオルムが残りの肉を平らげて言った。そのサイズで身体より体積の大きい肉を食った、と最初は思ったが、食べたそばから魔力に変換しているためらしい。
「そうだな。今は次の話をした方が賢明か……。
俺としては大きな選択肢が二つあると思っている」
「―――再度、女神オーディアと対峙、勝利し、その権能を奪って新天地へと赴くか、はたまたこの世界で安穏を得る―――この二択でしょうか」
「正解だ、ゼル」
拠点建築時からずっと考えていた事だ。
『だが、王、
ミドガルズオルムの言うとおりだ。
現状において、こちらから女神オーディアの元にたどり着く手段が無いのだ。ステップ三つのうち、後ろ二つがクリアできるものだったとしても、最初のステップで躓くのでは話にならない。
「そうなると必然的に後者になりますが……やはり女神オーディアの言葉は気になります」
「そうなんだよなぁ。俺たちはまだこの世界のことをこれっぽっちも知らない。この周辺見ただけじゃ、今のところ炎獄なんて言葉からは程遠いけど……基本、世界は広いしなー」
これでも、
「まずは、この世界を知るところからだ。そこで、ミド。お前の出番」
『であろうな』
最初は近所。その後、どんどんと広げていけば良い。
『まず、この森についてだ。我が視て回った限り、危険な存在は無い。力を持った獣も居るには居るが、例にするなら王が率いていた最初の魔王軍、その
「それは……確かに弱いな」
ならば、この森に俺たちの脅威になるものは無い。
『環境も、豊かな森、と言える程度には動植物が豊富だ。お互いの天敵となりうるものが少ないからだろうが』
命を摘み取る強者がいないのであれば、確かに個体数は増えていくだろう。
『次に、この森の
「まー、その辺りもおいおいだろう。しかし、湖か……。
そういえば、ゼルが見た町ってのは……」
「湖畔に確認したのを覚えています。湖が東にあるというのならば、位置的には湖の南でしょうか」
町があるということはこの世界にも人間は存在するのだろう。
『王よ、そのことで一つ言っておくことがある』
「何だ」
『確かに、天姫の言うとおり、湖畔南部に生命体の魔力を感知した。感じからして、人間だろう。
そして、我はもう一つの反応も感知したのだ』
「……何処からだ」
『北東、おそらく湖北部のほとり辺りだろう。反応の数からして、規模は湖畔南部の町よりは小さいだろうが……、そちらは
「……魔物―――魔族か」
ということは、この世界は今まで渡ってきた世界と同様。人間と魔物。大きくカテゴライズするならその二種類が存在する。
気になるとすれば、
「互いの関係だな。まぁ、期待はできないが……」
基本的に人間と魔物は敵対関係にあるのが常だ。故に、魔物の王である魔王を討伐する勇者が居るし、その逆も然りだ。
「距離的には人間の町が近いか……それに姿もなぁ」
魔王時代はそれっぽくするために、ゼルシア以外、他人の前では魔力で色々身体を盛ったりしていた。だが、今それは必要ない。
故にぱっと見、今の俺は人間にか見えない。
「よし、明日の朝、俺とゼルシアでその町とやらに行ってみよう」
『ならば、我はここより南西を中心に見て回ろう。どうも、ここは森の中でも東側に寄っているようだからな』
「ああ、頼む。ゼルもそれでいいか?」
「御心のままに」
これからについて、その方針が定まり始めた。
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