第4話 拠点整備

「ひとまずの拠点は木の上に造ろうと思う」


 木々の合間を抜け、地上に降りた俺は、ゼルシアを離し、アルノード・ヴァナルガングを異空間にしまってから言葉を作った。

 

「獣などの接近を考慮してでしょうか?」


 俺から一歩離れ、衣服の乱れを直したゼルシアが問うてきた。


「ああ、木の上なら寄ってくるのは限られるし、そもそも発見されにくいからな。まぁ、不可視・防音・侵入防止の多重魔法はかけるつもりだから、大丈夫だとは思うんだけど」


 未だこの世界の事はほとんど何もわかっていない。実はこの森に凶暴な魔物がいて、せっかく作った家が壊されようものなら寛容な俺でも怒る自信はある。まだ出来てもないけど。


「それに、ちょうどお誂え向きの、良いやつがあるしなぁ」


 言って、俺は近くの大木にに手を当てた。


 他の木々よりも一回り大きく、上方、枝も太く複雑に絡み合っていて、多少のことではびくともしなさそうだ。


 ということで、ここが仮拠点の場所に相応しい。


「善は急げ、日が落ちる前には落ち着きたいなー。この世界の夜がどういうものかはまだわからないし」


 異世界に来て一番大変なのは、たぶん初日だと個人的には思っている。その世界の、その場所の常識というものが測れないからだ。


 例えば、昼は安全だったのに、夜になったとたんに、空を魔物が埋め尽くす―――なんてこともあるのだ。実際にあった。


 この辺り、伊達に異世界転生してきたわけではない。


 よって、早々に拠点造りを開始したいのだが、人手が足りない。素材集めから建築作業に至るまで、二人でやるには無理がある。そもそも、ゼルシアに重労働をさせるつもりもない。


 だから、人手を増やすことにする。


「―――機工人形!」


 俺が一度目の魔王時代に作り出した小型の自動人形オートマタ。見た目はデッサンのモデルに使うような人形よろしく装飾も、顔すらない、鉄の人形だ。大きさも三十センチほど。だが、カブトムシの様に己の何倍の大きさ、重さのものを持ち運んだり出来る優れものだ。


 さらに、俺の思考と魔力でリンクしているため、一々細かい指示を出さなくとも思い通りに動いてくれるのが、もっとも大きな利点だろう。


 それが百体。


 魔法で、収納されていた異空間から呼び出すと、ぽんぽんと空中から出現し始め、あっという間に百体が列を成す。


「……それでは僭越ながら、私もご助力させていただきます」


 そう言ったゼルシアが服の裾を持ちながら一礼したと同時、機構人形たちの背中に翼が生える。


 鉄の体に有機物なまものの羽と、何とも奇妙な格好の人形が出来上がるが、今回は建築場所が主に高所になるため、人形たちの助けになるはずだ。


「ナイスアシスト、ゼル」


 褒めつつ、人形たちの方に向き直す。


「よし、お前ら。久々に頼む。刻限は日没まで。

 ―――動け!」


 号令が飛んだ瞬間、わらわらと人形たちが散り、己の仕事を始めた。


 機工人形を出した手前、俺自身は作業をしなくて済む。代わりに彼らを動かす魔力は必要になるし、決して楽なわけではない。


「魔石があれば、色々便利だろうけど、その辺りは全部後回しだな」


 魔石とはその名のとおり、魔力を多く含んだ石のことだ。単純にエネルギー燃料から、魔法の媒介具など、用途は様々だ。


 と、ゼルシアが動き始めた機工人形から目を離してこちらを向いた。


「サキト様、周囲の状況偵察は如何様に致しますか?」


「ああ、それはもう考えてある。

 ……ミド!」


 俺は、ゼルシアの次に信頼する者の名を呼ぶ。


 直後に、それは姿を現した。


 眼前、光と共に、小竜が顕現する。


 魔竜ミドガルズオルム。


 この存在もまた、ゼルシアと同じように俺の魂に紐付けられている。


 今は魔力の消費を抑えるため、小さな姿を維持しており、翼をパタパタとはためかせている。


『―――呼んだか、我が王よ』


 ミドガルズオルムは俺が一度目の魔王時代に王と将軍の関係だった。俺が魔王を引退したあと、彼もまた霊山に引きこもったわけだが、新たな勇者が―――つまり俺のことなのだが―――現れたと知り、俺の前に姿を現した。最初は勇者として、敵として対峙した俺の姿にミドガルズオルムもひどく困惑していたものだ。


 その後、色々あり、ミドガルズオルム自身の望みで、俺の《進化する者エボルター》に取り込むことで、スキル:《伝説の魔竜ミドガルズオルム》として転生? することとなり、俺やゼルシアとともに世界を渡ってきた。


「お前にこの周囲の偵察を頼みたい。力を抑えたまま、軽くでかまわないから環境や生態系などを調査して欲しい。俺たちの知っているものに照らし合わせることが出来そうか確認してくれ。

 危険なものを見つけたら魔力通信で報告。こっちからはまだ接触しなくて良い。ただ、襲撃等受けたら反撃してもかまわない。お前の判断にまかせる」


 元々、俺の歴代の部下の中でも頂点の存在であり、それを他に譲らない力を持っていたが、俺のスキルと化す事で、さらに強力になったようで、負け無しである。


 試したことは無いが、おそらく『竜殺しに特化した武具』を以ってしても、ミドガルズオルムに致命傷を与えることは出来ないだろう。


「それと、。特につがいには」


『ふむ……女神のか』


 理解が早くて助かる。それも、ミドガルズオルムには俺の生まれた世界の神話については知っている限りで話しているからだろう。

 

 そもそも、ミドガルズオルムという名前自体が俺がつけたのだが、その神話から取ってきているし。


「ああ。あの状態ですぐ行動を再開できるとは思わないけど、敵に視られているのは困る。

 あとは……そうだな。飛び回って有能そうなのを見つけたら、可能であれば眷属化しておいてくれ」


 眷属化とは、自らの魔力や畏怖により、支配下に置くことだ。


『委細承知した……』


 ミドガルズオルムが小さな身体での上昇を開始する。


「―――あ。あと食えそうな物狩ってきてくれ! 肉が良い!」


『……あいわかった』


 その微妙な声色は、無論わかっている、と言いたいのだろう、そうだろう。良い部下を持ったなぁ。


 何故か目を細めたミドガルズオルムだが、すぐに上昇を再開する。


 それを見送った俺は踵を返し、歩みを始める。


「さて、それじゃあ、ミドが肉を獲ってきてくれることを期待して、俺らは人形たちの様子見つつ、近場で採れそうなもの探そうか」



●●●



「できたー」


 ツリーハウスが設置された大木を前に、周囲を機工人形に囲まれながら俺が声をあげた。


「なんとか日没まで完成できましたね」


 ゼルシアも人形たちへかけていた魔法付与を解除しながら頷いた。


「まあ、普通はこの規模でも一日で出来るもんじゃないんだけどな」


 大規模なものではないが、人形たちにはかなりがんばってもらった。その分、魔力も与えていたので、許して欲しいところだ。


 指を鳴らして機工人形たちを異空間に戻し始めた俺に、ふと疑問を抱いたゼルシアが言葉を投げてきた。


「ところでサキト様。昇降口はどうされるおつもりですか?」


 当然の疑問がきた。


 なにしろ、このツリーハウス、登るためのはしごが無い。


「ん、ああ。俺とゼル、ミドしかいないし、跳んでいけばいいんじゃね? とも思ったんだけど……。一応、ほら」


 俺は拠点の大木、その幹を指差した。


 そこには、青色に光る宝石が組み込まれていた。


「これは……簡易転送魔法の魔石ですか?」


「当たり。上の方にも設置してあるからこれに触れば……」


 ゼルシアの手をとり、一緒に魔石に触れる。


 その瞬間、視界が変化した。そこは高所、目の前には拠点に入るドアがある。


 枝の上に転移したのだ。


「なるほど。お考えがあったのですね」


「使えるのも制限かけてるから俺とゼルしかいないし、この魔石含めて拠点には、言ったとおり不可視系の魔法もかけたから仮に獣や人間が通ったとしても気付かない」


 まさに秘密基地とも言えるだろう。

 

「……魔力からしてそろそろミドも戻ってきそうだし、中で待つとしよう」


 俺はゼルを連れて、出来立ての拠点へと入っていった。

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