第一章:異世界転移篇

第2話 対女神オーディア戦

「次は勇者になってほしいのです」


 呼び出されて最初の一言はこれだった。


(―――まぁ、予想通りというかなんというか)


 目の前にオーディアを捉え、横にゼルシアを控えさせている俺は、オーディアにとある質問をした。


「ちょっと聞いておきたいんですけど、何でそんなに勇者と魔王が必要なんですか」


 数度の転生でも変わらぬ丁寧語具合。四度の転生を経ても、根本的な俺の性格は変化していない。命に対しての尺度とかはざっくばらんになったとは思うが。

 

「世界の均衡を保つためです。世界が支配され、人々が苦しめられるのは悲劇です。しかし人が世界の頂点に立てば、他の存在が押し込まれていきます」


 後者の例は、地球の現状―――俺が高校生をやっていた当時のだが―――の事を言いたいのだろうし、言ってる事はわかるような気もするが、よく考えれば俺の質問の答えにはなっていない気がする。


「その答えは俺の一度目の魔王をやった世界で次に勇者をさせられたのと矛盾しませんか。結局どちらの存在も作り出したのは貴方だ」


 というより、勇者と魔王というものが存在する事自体がその考えに反している。つまり、この女神、言っている事とやっている事があべこべだ。


 それを言う前に、オーディアから答えが返ってくる。


「いいえ、矛盾はしませんとも。貴方は才能があったのですよ。魔王として、世界に対して効力が利き過ぎた。

 故に、貴方自身で調和を図ろうと私が判断したのです」


 勝手な判断だ。


 そもそも、その調和を図るのは、神を名乗る自身でやれば良いことだ。それを、俺とゼルシアだけ派遣して後はまかせるとか、ブラック企業もいいところだろう。


「……ともかく、また勇者をやれっていうのはお断りさせていただきますよ、さすがに。休暇をいただきます」


 俺の今の目的は安穏、最初の勇者人生で送ろうと思っていたゼルシアとのラブラ―――失礼、有意義な人生を送る事だ。


 そして、ここまではっきり断ったのは初めてだった。オーディアが若干面食らった表情をするが、すぐに表情を和らげる。今の俺にはその顔はただの作り笑いにしか見えないが。


「いいえ……いいえ。貴方は勇者として、世界を救うのです。

 ―――女神の願いは絶対なる神託であり、従わなければならない」


「随分勝手なんだな、神様ってのは」


 ここで、俺は態度を少し崩した。というのもカチンときたからだ。実際、随分前からきてはいるのだが。


 基本、俺は初対面やそこまで親しくない相手には尊敬やら謙譲やら、とまではいかなくとも、丁寧に接するようにはしている。


 そうではない相手は、親しい者か、もしくは―――敵か。


 だが、あくまで言葉だけだ。手は出さない。


「俺はその信託とかいうのを四度も叶えたんだ。休みぐらいあっても良いだろう」


 ここまで、戦いばかりで、安穏とした平和というのは俺自身が体験できていない。戦いしかやってこなかった、というわけではないが、基本的に戦乱の世の中にいたのは事実だ。


 四回の転生ぐらいで何を甘えたことを、などというやつが、もしかしたら世界のどこかにはいるかもしれないが、それブラック人生送ってるやつの殴りあいなので、誰も幸せになれない。やめよう。


 だが、ここにきて、俺がオーディア相手に慎重にならざるを得ない理由があった。


 俺が所持している力の中に、次元跳躍―――というより世界間を跳躍するものが無いのだ。


 だから、世界間跳躍の行使ができるオーディアを説得する必要がある。



●●●



 のだが、状況はあまり芳しくない。


 現状、説得どころか、少し空気は険悪になりかけている。しかし、このままオーディアの言うとおりになる気もさらさら無い。


「オーディア、あんたには俺とゼルを平和な世界に送ってもらいたいんだけどな」


 言い放った。


 とは言え、返答に期待できるものではない。


「……困りました。貴方には高い評価をしていたのですが、三つの世界で頂点になった事で増長してしまったのでしょう。

 ――――悲しいですが、神に逆らうのであれば少し罰を与えなければ」


「……」


 内心で舌打ちする。神様ってのは案外人の事を考えないらしい。否、元からそうなだけで、人が勝手に神様は良い存在と解釈しているだけとも言える訳だが。


 と、そんなことを思っているうちにオーディアに動きが生じる。座ったまま、右の手を挙げ、人差し指をこちらに向けた。


 瞬間。


 雷撃が生じた。それは一瞬で俺に届―――かなかった。否、届いたのは届いたのだが。

 

「―――!?」


 オーディアが表情を変える。


 俺は、その雷撃を手首のスナップによる動きだけで弾いたのだ。


(まあ、装着している手甲の加護もあるんだけど)


 作ったのは俺なので、実力実力。


「……ここから先は正当防衛って事でいいか?」


 声と共に、俺は何も無い空間に手を伸ばし、何かを握り締めた。そして、そのまま俺はそれを引き抜いた。


「神剣……!」


「アルノード、だよ。俺は平和的にいきたいんだけどな、ゆっくり人生送りたいのが目的な訳だし」


 異空間から取り出したアルノードの切っ先を正面のオーディアに向けて言った。


「―――女神に対し、刃を向けるとはなんと不遜な行いでしょう。その神剣は没収です」


 オーディアが指を鳴らす。


 彼女からしてみれば、それだけで『神剣』は何らかの手順で俺の手から離れる、と思っていたのだろう。


 だが、そうはならない。


「さっき言っただろ、『アルノード』だって」


「何を……」


 そう、アルノードは


 《進化する者エボルター》から進化変異、独立させたスキル:《工房にてクラフター》により、神剣のエネルギーを核として、俺が打ち直した。


 人魔刀剣アルノード・リヴァル。それが、今の俺の得物の一つだ。


「こいつはもうあんたにもらった剣とは別の存在に成り果てた。だいたい見た目からして別物だしな」


 オーディアから受け取った時点でアルノードは『神剣』に相応しい白を基調とした刀身だったが、今は黒を基調とした長剣―――否、太刀だ。


 付与されている魔力の属性としてはきちんと神剣時代の光属性も受け継いでいるのだが。


「……悲しいですね。神に逆らう上に、神から賜った宝物を弄るとは」


「使いやすいようにするのは人の特性だからな。見習ってもらっても良いぞ」


 こちらの力の一端は見せた。


 次の行動は……、と俺が動く前に相手が動いた。


 オーディアは視線をずらし、俺から、俺の隣に居るゼルシアに目標を変える。


「ゼルシア。貴女からもこの人間に、神に逆らう無意味さを諭してあげなさい」


 どうやら、ゼルシアに俺の考えを変えさせるつもりらしい。


 だが、ゼルシアは首を横に振った。


「申し訳ございませんが……女神オーディア、その必要は無いと判断します」


「なんと! 天使ともあろう者が女神よりも人間を優先すると? その人間は考えていたよりも良くない者のようですね。働きは評価しましたが、それもここまでですか……。

 ……仕方がありません。あまりこのような手法は好まないのですが」


 言って、オーディアは何かを呟いた。


 直後、ゼルシアの動きが硬直する。


 それを確認したオーディアは笑みのままゼルシアに告げる。


「さあ、美しき天使ゼルシア。その人間を排除なさい。その後、貴女の記憶から余分なものを消して差し上げます」


 女神が天使に命令を下す。


 ……しかし。


 ゼルシアはそのままだ。


「どうしたのです、ゼルシア? 早くなさい」


「―――いいえ、女神オーディアよ。それはできない神託です」

 

 ゼルシアの言葉に、オーディアが眉をひそめた。


「……何故、強制支配コントロールが効かないのです?」


「この身体も魂も、心さえもサキト様のものです。既に私は、以前の私ではございません」


 その台詞、直で聞くと割と恥ずかしい。


 まだ事態を把握していないオーディアに俺が補足を入れる。


「ゼルの身体に何かあるのは判ってたからな。そのままにする訳が無いだろ」


 何時だったか、昔、ゼルシアと交わった時、彼女の中に魔力的な異物があるのをスキルで発見した。


 嫌な予感がしたため、解析して《工房にてクラフター》で彼女の身体を魔力的に一部造り替えたのだ。


 つまり、既にゼルシアは女神オーディアの支配下から完全に離れている。


 俺の言葉の意味を理解したオーディアが拳を椅子の肘掛に叩きつけた。


「なんと……! なんという! 神の宝剣だけでなく、神聖なる乙女まで汚すとは……!」


 やめなさいよ、その言い方。否、実際そうとも言えるんだけど。


「ゼルシア、貴女には治療が必要だと思いもしましたが……その人間のスキルの影響は根深いと判断します。

 ―――故に、貴女は廃棄することにします」


 言葉と同時、先程よりも圧のある雷撃がゼルシアに飛んだ。


「―――!」


 対し、防御姿勢をとったゼルシアの眼前。アルノードが雷撃を斬りとばした。


「……ありがとうございます、サキト様」


「いい、腕しか動かしてないし。

 だけど、そっちは良くないな」


 俺はオーディアに最後通告を行うつもりだったのだが、やめた。


 ゼルシアに手を出した時点で、赦すつもりは無い。


「ゼル、相手が相手だ。サポートだけで良い。できるだけそっちに手は出させないけど、もしもの時は自己防衛してくれると助かる」


「仰せのままに、サキト様」


 オーディアを視線から外さないまま、ゼルシアに告げた俺は、彼女の一礼を魔力感知で確認しながら一歩を踏み出した。


 刹那、特異な歩法でオーディアとの距離を一気に詰める。


「っ!?」


 さすがに危機感を覚えたのか、椅子から立ち上がったオーディアが右手をこちらに向ける。


 だが、遅い。


 横一閃の斬撃がオーディアを襲った。


「くっ!」


 瞬時の判断で離脱を選択したのはオーディアにとっては正解だろう。


 彼女が数分前まで座していた椅子が、上下に両断された。


 俺の攻撃を危惧してか、先程よりも離れた位置に着地したオーディアが声を荒げる。


「このっ……! せっかく散り逝く命を拾ってあげたというのに! なんと恩知らずなのでしょう!?」


「なーにが恩知らずだ! あんたは俺を都合よく使ってただけだろうが! それとも何か? 今までずっとあんたは自分で世界のために働いていたってか。確かに調和を保つために動いていたのは認めるが、方法が悪手なんだよ、少なくとも俺にとってはな!」


 そう。どれだけこの女神が世界を想い、調和させるために思案し、動いていたとしても。


 俺から見たらとんだ疫病神なのだ。俺にとってプラスなのはゼルシアとの出会いを含め、最初に力を与えてくれたぐらいで、その加点評価も今となっては帳消しどころかマイナスだ。


 そして。そしてだ。俺は勇者であると同時に、魔王でもあるのだ。


 客観的な正義などくそ食らえ。俺は俺の価値観で動く。少なくとも今の俺はそういう存在になったし、そうさせた張本人は今相対している女神自身だ。


 つまり、自業自得。


「別にあんたが素直にこっちの言うことも聞いてくれれば穏便に済んだんだけどな。

 ……もらうぞ、あんたの力を」


 俺の持つスキルの中に《模倣する者うばいとり》というものがある。一定時間、相手の身体に直接触れることができれば、魔力を解析、情報として得るというものだ。色々と制限のあるスキルではあるが、様々なスキルの中でも群を抜いて特異だ。


 俺はオーディアの動きを封じて、彼女の次元跳躍力を吸収しようと考えているのだ。


 得たスキルの情報は、元のものと完全に同一というわけではないが問題は無いだろう。


 《進化する者エボルター》に取り込まれるので、《工房にてクラフター》で再現してスキル化してしまえばいい。


 そして、この過程において、別に相手の命を奪う必要は無い。が、特にそこを考慮するつもりはあまりない。


「相手が女神だろうと加減はしない―――」


 声と、身体が同時に動く。


 アルノードを右手に、加速した俺は、飛んでくる雷撃等の魔法を最小限の動きで避ける。どうしても当たりそうなものはアルノードで弾き、一気に間合いを詰める。


 敵との距離はまだ十メートル近くある。だが、加速の勢いを加味し、俺は振り上げていたアルノードを振り下ろした。


 アルノードの刀身がオーディアを斬る、ことはなかった。


 結界がそれを防いだからだ。


「っ! 神盾―――天使の衣鎧よろい、そのオリジナルか……!」


 天使の衣鎧よろいとはゼルシアを含めた天使の乙女たちが身につけている防具だ。オリジナルであるオーディアの結界には劣るものの、防具としては最高位に位置する。


 当然、如何なる攻撃も防ぐためのもの。アルノード・リヴァルの通常攻撃を受けてもびくともしない。


「ふふ、元は神の宝剣たりとも、女神であり、主神であるこのオーディアに傷など与えられるはずも無い」


 結界越しに、オーディアが笑みを戻すのを俺は見る。


「あぁ、そうだな。

 ―――それじゃあ、相性の悪い性質相手にはどうなんだろうな?」


「……?」


 俺の言葉に、オーディアは笑みを曇らせた。こちらの真意を測りかねているところだろうか。


「このままリヴァルでもいけるんだけど。さっきも言ったとおり、人間ってのは楽したい性質たちだからなー」


 全ての人間に当てはめると勤勉な人に怒られるかもしれないので、ここは俺の場合、と付け加えておく。


 俺はアルノードに右手を通して、魔力を集中させる。


「―――起きる時間だ、牙を研げよ……ヴァナルガング!」


 瞬間、アルノードの刀身が凍り始めた。そして、全てが凍った瞬間、氷が割れ、新たな刀身が姿を現す。


 それは神剣時代に近い、白と青を基調とした剣。


「何ですか……それは……!?」


「アルノード・ヴァナルガング。人魔刀剣としてのアルノードの第二形態。

 あんたのの存在、もしくはあんた元の存在なのかは知らないが、と関係あるって言うなら、この名前の意味もわかるんじゃないのか?」


 氷の牙。それを持つ者が、とある神話にてどのような存在か。


「……!!!」


 直後、アルノードに触れている部分から結界が凍り始める。


「―――終わりだ」


 脆くなった結界は容易く崩れる。


 俺は、結界ごとオーディアの肩から胸、そして腹にかけて斬り抜いた。


「あっ……がっ!?」


 オーディアが倒れ伏せる。


 女神が、敗れた。


「……お疲れ様です、サキト様」


 ゼルシアがいつの間にか近くまで寄ってきていた。


「ああ。ヴァナルガングに関しては確証は無かったけど、当たったみたいで良かった」


 魔王時代、氷狼族フェンリルの魔王がいたので、もしやと思い、討伐して力を吸収。それを元にアルノード・ヴァナルガングを練り上げてきた訳だが、間違いではなかったらしい。


「女神オーディアは如何様に?」


「そうだな……別に絶対討ちたいって訳でもないし、とっとと力をもらっておさらばしようと思う」


 先程の一撃で十分だろう。抵抗するなら追撃したが、その様子も無い。


 あとは言ったとおり、オーディアに触れ、その力を《模倣する者うばいとり》でコピーするだけだ。


 だから、行動を再開しようとした時だった。


「ふ、ふふふ……」


 笑っている。オーディアがだ。


「神に逆らい、汚し、傷をつけるとは……」


「俺にとっちゃ、関係ない。どうでもいいけど、とっととあんたの力を取らせてもらう」


 言って、オーディアに触れようとした時だ。


「―――たいと言うならば」


「は?」


「―――そんなに世界を渡りたいというならば」


 嫌な予感がした。


「望みどおり、渡らせてあげましょう!」


 直後、俺とゼルシアの足元に魔法陣が展開する。


「……これは!」


 今までも、何度か見たことはある。俺が異世界に転生する直前に毎度見せられていたもの。


「―――ただし、に関しては私の判断にまかせてもらいましょう!」


「くそがっ!」


 俺はアルノード・ヴァナルガングを逆手に持ち、オーディアを貫こうとする。


 だが。


 その前に。


 俺の視界が歪み始める。




 手遅れだった。


 俺とゼルシアは当初の望みどおり、異世界へと再度渡ることになった。


 しかし、それは望む世界ではないようだ。


 最後に、オーディアの言葉が聞こえた。断片的にしか聞こえないが、唯一はっきりと聞こえたのは。


「―――炎、獄……」

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