ツチスナと海
とがめ山(てまり)
1
海に行きたい
夏は嫌いだ。体が臭い。動くたびに自分の臭いが鼻につく。
そう感じてから、ツチノコは滅多に動かなくなった。動かなければ、自分の臭いが空気に乗って自分の鼻に届くことはない。
しかし、動かなくなったことで地下迷宮の空気はすぐに澱んでしまった。ツチノコが洞窟内を動き回り、たまに換気をすることで、地下迷宮内の空気はきれいに保たれていたのだ。いまでは饐えた臭いがかすかに漂っているばかりである。
だからといって、誰かに迷惑がかかったわけではない。フレンズがこの地下迷宮にやってくることはほとんどなかったからである。否、若干一名を除いて。その一名が今日もツチノコを訪ねに来た。
「ツチノコいますか」
「んー、お前か」
「まぁいなくても、臭いで分かるんですけど」
「そんなにきついか」
「はい」
スナネコは普段ボケっとしているが、口には容赦のないところがある。
ツチノコはむくりと起き上がった。
「悪かったな」
「別に」
「仕方ねえだろ。暑いと汗とかかいて臭くなるんだよ。まぁ地上よりはマシだろうけど」
「ここはいつも涼しいけれど、ツチノコが臭いです」
「だから悪かったって」
「はい」
スナネコは、ツチノコから少し距離を置いて地べたに座った。
「なんでツチノコはそんなに臭いんですか」
「だから悪かったなって」
「別に。ただ気になって」
「あー、おそらくだけどな。この島の空気にはサンドスターがちょっと混じってるだろ。それを吸い込むとなんやかんやして、代謝機能で出てくる排せつ物が浄化されるらしいんだが。わかるか?」
「いえ。全然」
スナネコは地べたに絵を描きだした。うっすら埃っぽい。
「まぁそうだよな。つまり動かない、新鮮な島の空気に当たらない、をずっとしてると排せつ物が溜まるんだ。お前だってもとの動物の時はこんな臭いだったはずなんだぞ」
「そうですか」
「外いま暑いじゃねえか。仕方ないんだよ」
「でも臭いです」
「あんまり臭い臭いいうなよ。傷つく」
スナネコは、おもむろに立ち上がるとツチノコの腕をつかんだ。
「外に出ましょう。くさいです」
「いや、いやだいやだいやだ。外暑いじゃねえか」
「でもツチノコはくさいです。ちょっと嫌です」
「そりゃそうだろうが嫌だ。だって今砂漠ちほーは夏じゃねえか。焼き殺す気かよ」
「どこか暑くないちほーとか知らないんですか」
「そういう問題じゃなくて、ただ日差しが痛いんだよ。日焼けしたらどうするんだよ」
二人はもみ合いをした。ツチノコが動くたびに、ずっと控えめに澱んでいたツチノコの体臭が、部屋の空気を乱した。
「げえっ臭い」
そう言うなり、ツチノコは気持ち悪いような恥ずかしいような顔をした。
「これは確かに……外に出るか……」
「そうしましょう」
「でも砂漠はなー、嫌だなー。ちょっと待ってろ」
ツチノコは、自分の部屋の片隅から金属質の箱を取り出した。中身を開いて、何やら叩いている。
「やっぱりレッツノートは素晴らしいぜ。これがヒトの残した遺産で一番イカしてる奴だ。スナネコ、砂漠ちほーを西の外れまで行くと海ってのがあるんだ。バスを使ってそこまで行くぞ」
「うみ、ですか」
「そうだ。涼しい水がたくさんあるところだ。ちょっと水につかりに行こうぜ」
「もっと近いところではだめなんですか」
「んー、湖畔でもいいけど…水少ないぞ」
「ボクはどっちでもいいです」
「じゃあ海に行こうぜ」
「そうしましょう」
そうして、二人は地下迷宮の出口からバスに乗った。
「LB、海まで頼む」
ツチノコが、バスを運転しているラッキービーストに話しかけた。このラッキービーストは特別に、バスの利用や行先に関する話題のみフレンズとコミュニケーションができる。
「さばくちほーは今夏だから、砂漠の外れの海では海水浴をやっているんだ。砂浜では水着や浮き輪を手に入れることができるよ」
「おおー」
「スナネコ、水着や浮き輪が何か知ってるのか」
「いえ。まぁ、騒ぐほどでもないか」
バスはバイパスを抜け、一面の砂砂漠を海へ向かって進んでいった。
ツチスナと海 とがめ山(てまり) @zohgen
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