第30話「そういう魂胆」
日が完全に落ちた神社の境内、明かりはなく、薄ぼんやりと月明かりに照らし出された人影が三つ。一人は少し高級そうな衣服を身にまとった少女、もう一人は和服を見にまとった少女、そして最後にジャケットにネクタイという少し堅い格好をした男。無論、クララとらのとヘルメス。
普段の何倍もこそこそと、クララがらのとヘルメスに事情を説明する。
「あんのクソ野郎まだそんなことやってやがるのかよ」
ヘルメスがぽつりと言った。
「え、ロギオスさんあの方のことをご存知で?」
怪訝そうにクララが聞く。ロギオスとはずいぶん前にヘルメスが名乗った偽名だったが、まあそれはさておき。
「え? ああ、前にいろいろあってな。あのときも、なんか、女の子助けたなァ。あの娘、元気かね。らの、知ってるか?」
「知りません」
「ああ、そう」
そんなことじゃない。今、この人はなんと言った。
「ちょっとまってください、今、まだって言いました? 前科が沢山あるんですか?」
「表にゃ殆ど出てないがな。何人が初めてを奪われたことやら……」
「えっ」
クララの、血の気が引いていく。
「大丈夫ですよ。今回は見ず知らずの人じゃありませんし、まあ、前みたいに裸を救出ってことはないでしょう。あ、でも下着ならありうるかもしれない……」
「ちょっと!? 大丈夫なの!? それ!」
必死に捲くし立てるクララに、ヘルメスが暢気な声で答える。
「まあ大丈夫だろ。ちょっくら行ってくるわ」
布団が、枕が、やわらかすぎて、眠れない。もうすぐ夜中になるだろうか。メアリーはまだ眠れていなかった。ずっと目を瞑って羊を数えてみたりしていたが、やっぱり眠れそうもない。どうやら、寝具というのは案外大切らしい。
そのままぼーっと白い天井を見つめていると、ガラスを叩くような音が聞こえた気がした。でも、ここは一応王城で、そんな簡単に窓を叩けるような人が居るわけ……………………いた。
メアリーはガバっと起き上がって掛け布団を押しのけ、音のする窓のカーテンを開けた。窓の外にはらのがいて、窓を開けるようにジェスチャーしていた。
窓を開けて、らのを招き入れると、すっと音も立てずに室内に入る。
「メアリーちゃん、よく聞いて。いい加減、ここに乗り込むのも飽きたし、今回はメアリーちゃんってこともあってヘルメスが地味にやる気だしてるんですよね。それで、ちょっと王様を警察に突き出しちゃおうっていう、そういう計画なんです。なので、ギリギリのところを抑えることになりますので、暫くは、平然を装って、王様がメアリーちゃんに手を出すあたりまで我慢してもらっていいですか?」
らのはかなり小声で、早口で言った。
メアリーがコクリとうなずくと、らのはそそくさと窓から出て行った。そしてそれと同時に、部屋の戸が開かれる。なるほど、らのが急いでいたのはこのためだったのだろう。
「おや、まだおきていたのかい。しかしどうした、こんなに寒いというのに窓なんぞ開けて」
王が、後ろ手に何かを隠して近寄ってくる。メアリーは窓を閉めて、鍵はかけないでカーテンをさっと閉めた。
「差し入れがあるのだがね」
王はそう言うと後ろに隠してあった瓶を前に出した。それは、紛れもなくワインの瓶。お客に出したりもするので銘柄なんかもある程度はしっているが、しっている中でも割と高級なほうの奴である。
「あの、私、まだお酒飲める年齢じゃ……」
「ふん、法律がなんだ。私が言えばすぐ変わるんだ。さあ、飲め飲め」
メアリーの言葉には待ったく聞く耳を持たず、せっせとグラスを用意して、片方にワインを注ぎ終わったところで、もう一度、扉が開いた。
「また、連れ込んでいるのですか。それにお酒、そういう魂胆ですか……。」
鈴を転がしたような女性の声が部屋に響いた。ふっと見ると、そこには質素な白いドレスを着た女性が立っている。メアリーよりも幾許か身長が高く、背筋はピンと伸びている。態度から見るに、王妃かそれに順ずる位の女性なのだろう。メアリーは、無意識に頭を下げた。
「おや、その
最初にメアリーと会ったときのエミリーと、同じような反応をした女性は、王をキッと睨みつけて、そしてメアリーの手をとって部屋から出た。結構な早足で城の廊下を進んでいく。
「メアリーさん、でしたか。確か、グラッツェル家でメイドをやっているとか」
「え、ええ、そうですが…………」
「何故知っているのか、でしょう? また、いつか話すことがあるやもしれません。我々とあなたには、少なからず縁があるのです。…………まあ、それはいい。私も、一応王妃ですが、まあ、あの人には困ったものです。本当に大切なことも、忘れてしまうような人ですからね……」
なんとなく、その目は哀愁を帯びていた。ちらりと、メアリーを見た妃は、おもむろに進路を変えて、扉を一気に開いた。
そこはおそらく、妃の寝室なのだろう。灯りはないが、飾りつけは豪華絢爛、それに尽きる。メアリーは椅子にぽつんと座らされ、目の前には紅茶が置かれた。すごい手際はよいが、まず電気をつけたほうがいいと思った。
「あの人は、どうしてあなたを?」
妃がメアリーの前に座った。メアリーはいただきますと言って紅茶を口に含んでから、昼間の出来事を思い出した。
「軽食をエルマー様と王様が話しているところに運んだんです。そうしましたら、王様が急に何か大きな声で言って、黒ずくめの人に拘束されて、乗り物に乗せられて、気づいたらここにいました」
メアリーの目に、渋い顔をする妃が映った。大きなため息をついて、しっかりとこちらを見据えた。
「私からも、あの人にメアリーさん、あなたを解放するように説得を試みます。でも、上手くいくかどうか…………。護身術は、覚えていたりしませんか……?」
「ナイフなら使えるのですが、生憎持っていなくて……」
そういえば、前にらのにナイフの扱いを教えてもらったのだった。すっかり忘れていたメアリーは、若干後悔していた。
「なんにせよ、あの人は強引にでも、あなたに手を出すかもしれません。気を付けてください。」
「は、はい。ありがとうございます。」
メアリーは紅茶を飲み干した。
「それじゃあ、おやすみなさい。一人で帰れるかしら? …………いえ、どうせあの人は部屋で待っているわ。一緒に行きましょう」
王が妃に連行され、メアリーは漸く布団に戻った。もう日付は変わっているだろう。相変わらず、窓から月明かりが差し込んできて、少しまぶしいくらいだ。真っ暗なのはあまり好きではないメアリーだったが、これでは少し、明るすぎるような気がした。
――コンコンコン。
また、窓が叩かれた。今度は、先ほどの音よりも少し力強い。きっと、ヘルメスだ。
急いで窓を開けると、やっぱりロープにぶら下がって片手の平をこちらに見せるヘルメスがいた。
「よかった、まだ何もされてねぇよな?」
「ええ、おかげさまで」
なんとなく、声が弾んでしまうのは、きっと気のせいだ。
…………助けに来てくれたのは、この上なく嬉しい。でも、メアリーは、ヘルメスにあまり犯罪的なことをしてほしくなかった。ヘルメスを見ていると、もしかしたら義賊的なことをして、でもあの王様だから指名手配にされてしまったのかもしれない。だったら、わざわざ自分のために手を汚してほしくなかった。ヘルメスにも、平和な生活を送ってほしかった。
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