非日常 Episode3

第29話「メアリー、拉致られる」

 今日は、大切な客が来ると、メアリーは聞いていた。だから、粗相のないようにクララを部屋に押し込めて、適当に相手をしていた。

「ねえメアリー、なんで私閉じ込められてるの?」

「さあ?」

 メアリーはそ知らぬ顔で返して、それからお茶をトンと音を立ててクララの前に置いた。


 暫くクララがお茶を飲むのを眺めていると戸が開かれて、ローザに呼び出された。どうやら、ちょっとした軽食を作るらしい。クララに部屋からトイレ以外で出ないように言ったあと、ローザについて厨房へ移動した。

 クッキーを焼いて、お茶を用意して、お盆に載せてダイニングに持っていくと、エルマーと三十台後半に見える男が向かい合って座っていた。お皿と、カップをそれぞれの前に置く。先ほどから、男がまじまじとメアリーを見ているのは気のせいではないだろう。

 扉の前でお辞儀をして部屋から出ようとすると、

「ふむ、気に入った。君を連れていかせてもらうぞ」

なんて、男が宣言した。


 さて、メアリーがどうなったかといえば単純明快。男に連れ去られた。

 男が声色高らかに言った直後部屋の外から仰々しい黒い服に身を包んだ男たちが現れメアリーを拘束、そして男の乗り物に連れ込んだ。あとから男が乗り込み、メアリーの横に座った。

 よくわからない乗り物に揺られること約十分ほど、意外と近い場所で乗り物は止まった。男はメアリーの右手をとって、乗り物から降りた。

 まずメアリーの目に入ったのは、何度か見たことのあるでかい城だった。メアリーは王城だと記憶していたが、それはさておき…………。

「さあ、ようこそ我が城へ。歓迎の宴を開こうじゃないか」

 男はそういって、門番に門を開けさせた。メアリーが空を見上げると、既に日は傾き始めていた。


 なにやら応接室のような場所に通され、メアリーはそこで白髪の老メイドに派手なドレスに着替えさせられた。その際、手袋を外した老メイドは、驚いたような顔をして、一度メアリーの顔をしっかりと見てから、一言だけこう言った。

「大きくなられたのですね……」

 メアリーにはいったい何のことかはわからなかったが、老メイドはそう言ったきり手袋を戻して、また派手なドレスを着せる作業に戻ってしまった。

 暫くじっとしていると――というか、何もできないでいると、老メイドはいいですよ、と言ってメアリーをソファに座らせた。

「しかし、災難でございましたね……。またあの方が何をされるか分かったものではございません。何か、ご不便な点や、それこそあの方に何かされそうになりましたら、なんなりとお呼びくださいませ……」

 老メイドはそういってやに深くお辞儀をし、裏へ歩いていった。

 メアリーは、多少老メイドの言動や行動に違和感を覚えつつも、素直にその仕事ぶりに感動していた。メアリーなんかよりも数段てきぱきと仕事をこなし、一つ仕事が終われば、ひとまず別の仕事を探す。そんなメイドの鑑ともいえる老メイドに、ちょっとした憧れを抱いていた。


 部屋の扉が開いて、男が入ってきた。先ほどの、メアリーを連れ去った男だ。

「自己紹介がまだ済んでいなかったな。私はガーンス、この国で王をやっている」

 まさか、本当に王だとはメアリーも思っていなかったため、これは流石に顔に出た。

「おや、どうした、そんなに驚くことかね。まあよい、君にはこれから最高の暮らしをさせてやろうじゃないか。さあ、さっそく晩餐会だ、行くぞ」

 有無を言わさぬ王の態度に気おされたメアリーは、仕方なく王についてダイニングルームへと向かった。

 慣れぬドレスの裾を何度か踏みながらも、メアリーは無事ダイニングへとたどり着いた。

 屋敷も部屋が余ってしまうほどには広いのだが、王城はそれとは比べ物にならないくらい広かった。うかつに動いては確実に迷子になるだろう。これでは、自分の力で逃げ出すのはまず不可能に思われた。既に、先ほどの部屋に戻るのですら困難だろう。

 ダイニングの扉を開けると、まず目に入ったのはその大仰な飾りつけだった。そして次に大仰な食事たち。何をとっても仰々しい王城のものに、メアリーはもはや若干引いていた。第一、一介の屋敷付きメイドが訪れるような場所ではないのだし。

 指定された席について、メアリーがちまちまと肉を齧っていると、王が話しかけてきた。

「なんだ、あまり楽しそうではないな?」

 メアリーは横から顔を覗きこんでくる王の目を見据えて、こう言った。

「ええ、こういうものは、あまり性に合わないもので」

「――昔も、同じようなことを言われたな。そう、君は、あの人に似ている…………。そんなことはいい、せっかくこき使われ続ける生活から救いだしてやったのだ、楽しむといいさ」

「…………」


 窓の外を見ると、日は完全に暮れていた。大方食事も終わったメアリーの傍に、また王が寄ってくる。

「今日は少し疲れたろう。早く風呂に入って寝るといい。おい! エミリー! このを浴室に連れて行ってくれ!」

 王がそう叫ぶと、ダイニング扉がそっと開いて、先ほどの老メイドが顔を出した。どうやら、エミリーというらしい。

 エミリーと共に廊下を歩いて、階段を下りて、浴場へと向かう。他に人はおらず、エミリーはそっと脱衣所の扉を開いてメアリーを招いた。

「今はお客人です。ごゆっくりとどうぞ……」

 メアリーは言われるがままに脱衣所に入った。エミリーに手伝ってもらいながらドレスを脱いだメアリーは、裸のままエミリーにお辞儀をして、浴室に入った。

 そういえば、着替えはどうするのだろうか。ふとそんなことを思った。普段はクララの分と一緒に自分の分も持って浴室に入るが…………それも用意してくれているのだろうか。

 見たこともない風呂で、一人静かに湯船に浸かる。なんとなく、メアリーは寂しい気持ちになった。


 風呂から上がり、用意されていた着替えに着替えたメアリーは、またエミリーに連れられて、今度は用意したという寝室に移動していた。妙にサイズピッタリな寝間着は、まだ新しいものなのか若干硬い。

 すっとエミリーが止まり、とある一部屋の扉をそっと開いた。

「どうぞ、お入りください。茶葉などはここに用意しておりますのでご自由にお使いください」

 と、それからも幾つか説明をして、そしてエミリーはそっと出て行った。

 一人部屋に取り残されたメアリーは、とりあえず明かりを消して、これまた大仰なベッドに入ってみることにした。

 ベッドは、マットレスが柔らかすぎて、いまいち眠れそうもなかった。

 起き上がったメアリーは、窓を開けてバルコニーへ出た。空を見上げると、キラキラと星が煌いている。

「――クララ様や他のみんなも、この空を見ているのでしょうか……」


 一方その頃――

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