第31話「真実」

 メアリーの前には、これまた豪華な朝食が並んでいた。高そうなパン、高そうなバター、高そうな野菜を使ったサラダやらなんやら、もうなんだかわけがわからなくなってきていた。

「さあ、好きなだけ食べるといい。こんな豪華な朝食なんぞめったにありつけるものでもあるまい」

 確かに、メアリーの朝食はかなり質素なほうではあったから、やたらめったら食べるような食事ではないだろう。ないのだろうが、メアリーが質素な朝食を食べていたのは半ば自分の意思だった。自分で他の人たちよりも少しだけ質素で量の少ないものを好んで食べていたから、別に喜ばしくはなかった。

 それに、メアリーは、自分が何もしていないのに、勝手に食事が出て下げられる、そんな変な感じが、たまらなく厭なのだった。

 豪華な食事をほんの少しだけ食べて手を合わせると、王がぽんぽんと手を叩く。するとわきからサササっと若いメイドと執事が出てきて、その食事をてきぱきと下げ始めた。その手際は勿論いいのだが、メアリーには、執事のささやきが聞こえた。

「――今日は生きれそうだな……」


 たぶん、十時くらい、メアリーは王城の、だだっ広い庭を散歩させられていた。木々は綺麗に切りそろえられ、季節の花がそこかしこに咲いている。この時期、木々は紅葉するため、遠くに見える椛もなかなか綺麗だが……。

「どうだね、綺麗な庭だろう? 国内トップレベルの庭師にやらせているのだ。ただ、デザインに関しては私がすべて指示を出しているがね」

 そう言って王はガハハと笑った。

「確かに、とても綺麗ですが……」

 どこか無機質で、生きた植物に囲まれているという心地がしない。どちらかと言うと、造花に囲まれているような、そんな心持ちになる。

「これでも満足ならんとは、全く欲張りな女よの。だが、私はそういう女は嫌いじゃない。明日までに、もっと綺麗な庭にさせようではないか」

 違う、そうじゃない。

 王が手を叩くと木陰のほうから庭師然としたなりの男が出てくる。

「よしてください、仰々しい」

「ふむ、まあ私は完璧主義者なのでな」

 そういうと王は庭師に目配せをした。去り際、庭師が深いため息をついたのを、メアリーは見逃さなかった。


 午後、王は仕事があるという。メアリーは昨夜寝た部屋でぼけーっとしていた。椅子を窓際に置いて、ぼーっと外を見ていた。

 コンコンコン、と扉が叩かれてからゆっくりと開いき、老メイドのエミリーが顔を出した。手には、ティーセットを持っている。

「紅茶でも、いかがですか?」

「いいですね、飲みましょうか」

 テーブルにティーセットを並べて、ちょっとしたお茶会の始まりである。

「お湯を持ってきますね」

 エミリーが立ち上がって部屋を出た。

「あ、エミリー、ここの部屋は使ってないはずじゃ? …………ああ、なるほど、また親父の悪い癖だな」

 部屋の外からはじめて聞く声が聞こえて、ひょっこりと、男が顔を出した。おそらく歳はメアリーと同じか少し上くらいだろう。

「それがケールス様、この、グラッツェル家のメイドで……」

「って、まさか……」

「はい、そのまさかなのでございます……」

「いや、でも、親父は知らないんだったな」

 どういうことだろうか。最初から、メアリーはずっと驚かれてばかりだ。王には何も言われなかったが、王妃やエミリー、そしてこのケールスと呼ばれた男、みんなが一様に驚く。

「あの、昨日からずっと驚かれてばかりなのですが……何かあるのですか?」

 メアリーが怪訝そうに聞くと、ケールスがメアリーの目をしっかりと見据えて、そして、深々と頭を下げた。王のことを親父と呼んでいるし、おそらく王子なのだろう。その王子ともあろうお方が、メアリーに深々と頭を下げたのだ。これではいっそうわけがわからなくなる。

「あ、あの、頭を上げてください…………」

「そうか、やはり君は知らないんだね……。僕はケールス。一応、第一王子だ。」

 メアリーは反射的に頭を下げた。メアリーが頭を上げたとき、ケールスは一瞬何かを躊躇うような表情をした。言うべきか言わぬべきか、はたして言ってもよいのか、それとも言ったらいけないのか、そんなことを考えて苦悶している、そんな変な顔。

 そして、何かを決心したような顔に変わったケールスは、ゆっくりと口を開いた。


「君の両親を殺したのは、僕の親父だ」


 少しだけ、気が遠くなった。眩暈がする。


 ――あれは、事故だったはずだ。そう、母親が、料理をしていたときだ。厨房から火が出たらしい。母親は何も言わずに、そのまま焼かれた。気が付いたときには、私と父のところにまで火が回っていた。逃げるとき、転んで手を突いてしまった。左腕、左手、右手を火傷した。玄関まではなんとかたどり着いたものの、もう火の手は回っていて、とても出られるような状態じゃなかった。父親は、私を外に投げた。父は最後、私に向かって、ふっと笑いかけた。何か、すべてがわかったような、そんな顔だったような気がする。そして、屋根が落ちて、父親はそれっきりだった。そう、あれは、事故だった。


「僕の親父は、きみのお母さんにこっぴどく振られたんだ。権力を使ってでも、親父は君のお母さんを振り向かせようとした。でもね、きみのお母さんは見向きもしなかった。それから、君のお母さんは結婚した。そして、僕の両親もまあそれとなく結婚したんだ。でも、親父は君のお母さんのことを忘れてなんかいなかった。ある日、買い物をしていたきみのお母さんと城下町でであった父は、きみのお母さんが結婚していることを知った。親父は、その夜…………兵士に、君の家に放火するように指示をした」


 眩暈が、増していく。メアリーはテーブルに手を突いた。


「本当に、申し訳ない。親父はあのあと、何事もなかったかのように普通の生活に戻った。放火を命ぜられた兵士はあれ以降一度も見なかったが、親父は君の両親が生きているのか、死んでいるのか、そんなことも知らない。…………腕の火傷を、見せてくれないか?」


 ケールスがメアリーの腕を見ながら言う。


「……わかりました」


 メアリーはさっと手袋を外して、火傷を二人に見せた。




 メアリーの目の前に紅茶が置かれた。左手で持って、飲む。

 紅茶の味がしない。

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