第11話「サプライズ」
最近クララの様子がおかしい。メアリーはふと思った。
普通なら、必ずと言っていいほどメアリーと一緒に出かけるのに、ここ数日クララはメアリーを連れて行かない。お風呂でも、少し口数が少なくなっている。
「ふーん、お嬢さんがねぇ」
「なんだか、様子がおかしいんです……」
買い物帰り、カフェで悠々と珈琲を飲んでいたヘルメスを捕まえてちょっとした愚痴のようなものをこぼした。
「ってもアレだろ、別に嫌悪感を抱いてそうってほどではないんだろ? 気にすることでもねえよ」
「そうでしょうか…………。でも、今まであんまりこういうことってなくって……」
「ま、もうちょっと様子を見ればいいんじゃないの? まだ暫くおんなじような反応されるようだったら神社にでも来てよ、ホラ、らのとか零奈とか俺とかよ、相談しにこいよ」
「は、はい。ありがとうございます……」
家に帰ると、クララが待ち構えていて、
「ねえメアリー、メアリーって万年筆使うわよね」
「え? ええ、使いますが……」
「ちょっと見せて?」
「はい」
メアリーがクララに自分の万年筆を手渡すと、クララはそれをじっくりと見たあと、メアリーに返した。
「ふーん、ありがと」
そして、すぐにどこかへ走っていってしまった。
メアリーが使っている万年筆はあまり高いものではないが、大切にしていて、もう何年も使っている。
エルマーに呼び出されてメアリーがエルマーの書斎へ赴くと、手紙の代筆を頼まれた。どうやら友人に手紙を書くらしいが、利き手を怪我してしまったらしい。
「文面はね――」
エルマーが言う文章を綺麗に便箋に書き記していく。なんとなく、万年筆もボロくなってきたな、と思う。
もともと中古だったし、手紙の代筆も行うから、かなりペン先も消耗している。しかし、新しいのを買う、というほどでもないし、かと言ってそこまで高くないものを職人に修理してもらう気にもなれない。
「うん、上出来だ」
書きあがった手紙を見てエルマーはそう言った。それから机の中から真っ白な封筒を取り出して、手紙を折って、それを封筒に入れた。そしてまたメアリーに渡して、宛先を読み上げ始める。
メアリーはそれを、本文以上に丁寧に書く。少し、インクの出が悪い。
「うん、それじゃあ、郵便屋に渡してきてくれ」
「はい、かしこまりました」
手紙を持って家を出たメアリーは、郵便屋のある建物を目指した。
その頃、クララの部屋では、クララと執事、メイド数名が集まって、いろいろな柄の紙を指差してみたり、いろいろな柄のリボンを指差したりだとかしていた。
「やっぱり、メアリーって白っぽくない?」
「でも、あまりシンプルすぎるのもどうかと思います」
メアリーが郵便屋に手紙を渡して、家に戻ると、妙に屋敷が静かだった。メイドや執事が誰もおらず、台所からローザが料理をする音だけが聞こえてくる。
気にしても仕方ないような気がして、とりあえずエルマーの部屋へ行って、報告を済ませた。
その途中にもやはり誰もおらず、自分の部屋まで行く間も誰とも会わなかった。
扉を開けて自室に入ると、目の前にクララが飛び出してきて、そのままメアリーに抱きついた。
「いつもありがとう!!!」
そう大きな声でクララが言うと、メアリーは解放された。クララは手に持っていた綺麗に包装された箱をメアリーに渡す。
「これは……?」
「まあまあ、明けてちょうだい」
メアリーは包装を丁寧にはがして、高級そうな箱を開けた。中には、一本のペンが入っていた。手にとって、見ると、それは万年筆だった。吸入式と少し古いタイプだったが、今まで使っていた万年筆と同じところが作っている高級なもの。前のものも吸入式だったから、同じインクが使える。どうやら、クララはそこまで考えて用意してくれたらしい。
メアリーの目元に涙が浮かぶ。
「な、泣くほど?」
「いえ、本当に嬉しくて……」
メアリーは左手で涙を拭うと、ボトルインクのキャップを開けて、万年筆にインクを入れた。
そして、近くにあったメモ用紙に試し書きする。書き始めだからか、少し引っかかりがあるけれど、万年筆はよく手に馴染んだ。
「クララ様、ありがとうございます……大切にします……」
クララはふふ、とだけ笑って部屋を出ていった。
「なんてことがあったんですよ」
神社でみんなが集まる中、メアリーは万年筆を胸の前に出してそう言った。
「は~、感動的な話じゃないか」
「この万年筆、すごいいい奴ですよね」
「万年筆か、中学の頃使ってる人いたな……」
などとそれぞれが感想を言ってから、ヘルメスが一言。
「嫌われたとかじゃなくってよかったな」
「はい!」
メアリーは嬉しそうに返事をした。
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