第12話「海」
暦の上では夏が終わってもう何日も経ったが一向に夏が終わる気配はない。年中長袖のメアリーは四季の中では一番夏が嫌いだ。逆に冬は自然に厚着ができて好きである。
「メアリー! 水着を用意しなさい! 海に行くわよ!」
屋敷にそんな声が響いた。メアリーは座っていた椅子からすっと立ち上がり、まずキャビネットから自分の水着、それから薄手の、水に入れても大丈夫なパーカーを用意して、それから走ってクララの水着が仕舞ってある場所へ向かった。何着かあるクララの水着の中から適当に一着を選んで、鞄に詰める。二人分の荷物を持ってクララの部屋へ行く。
「お待たせしました」
「あら、以外と速かったわね。あ、そうそう、今日は突然じゃなくって、いやメアリーには言ってなかったけど、今年はロギオスさんとらのさんも誘ってるわ。あ、あとステラね」
「いつのまに……」
クララはすぐに馬車を用意させて、隣町の神社まで走らせた。そこでらのとヘルメスを拾い、五人でグラッツェル家のプライベートビーチへ向かう。ちなみにこのプライベートビーチはメアリーも気兼ねなく遊べるように、とエルマーが買ったものである。やはり金持ちは違う。
で、そのプライベートビーチに到着した一行は、小さな掘っ立て小屋のようなところで着替えをする。定期的に掃除がされており、いつきても綺麗になっている。
「うーん、あのさ、なんでみんなそんなに胸がでかいのよ? おかしいじゃない? だってさ、もうなんかさ、らのさんとかさ、うん、なんか、うん、報われないわ……。ていうかなんでさりげなくメアリーはちょっとサイズアップしてるのよ、おかしいじゃない? なんで? ああ、もうメアリーこっち向くんじゃないわよ、悲しくなるから。ステラはもっとこっち向くな! ああ! らのさんはもっとダメ!」
「あら、ロギオスさん、早いじゃない」
「まあ、あんまり着替えに時間がかかると俺的にはいろいろと問題があるもんで……」
「あれ、ロギオスさんってそんなキャラだったかしら?」
「え、ええ、そんな感じでしたよ」
メアリーが繕う。
「まあ、海に行きましょうよ」
「クララ、あんた泳げたっけ?」
「え? 泳げないわよ。メアリーに支えてもらうの」
沈黙。
「毎年そうなので、大丈夫ですよ……」
「大変だなァ、お前も……」
クララを押したり引いたり、背負ったりして海で遊ばせて疲れさせて、砂浜に立ててあるパラソルの下に、ステラと平行にクララを置いたメアリーは、一人海に入る。
顔を出して泳いで、らのとヘルメスがいるあたりまで泳ぐ。
見るにヘルメスはらのの胸部を凝視しており、後ろから近づくメアリーに気づいていない様子だったので、軽く結んである後ろ髪を引っ張ってみた。
「ほげ!?」
間抜けな声を上げてヘルメスが水の中に入った。
暫く沈んだままだったヘルメスは漸く浮き上がってきて、まずこう言った。
「なんというか、メアリー、その水着、エロいな」
「ッ!!!」
「いやだって、あのさ、なんか、パンツパーカーと同じようなもんじゃん?」
「ちょ、ヘルメスさん? メアリーさんに失礼なんじゃ……」
らのがそれとなくヘルメスを制止する。メアリーは耳まで真っ赤にしている。
「うん、まあ、なんか、いいものを見た気がするよ」
ヘルメスはそういって仰向けになり、メアリーの顔を見ながら流されていった。
「まったく、ヘルメスさんって結構スケベですからねぇ……」
立ち泳ぎをしながららのがメアリーに話しかけた。メアリーの顔はまだ赤いままになっている。
「メアリーさんってずっとメイドをやっているんですよね。ああいうスケベな人に耐性がないのかもしれませんね」
「…………なんか、少し、恥ずかしいというか…………その」
「わかりますよ。よく私もとある三十歳既婚男性からセクハラされたりしていますから」
「やっぱり、耐性つけないとダメなんでしょうか……」
心配そうな声を上げるメアリーに、
「まあ、大丈夫ですよ。じきに上手くあしらえるようになりますから」
「そうでしょうか……。らのさんは経験豊富なんですね」
他意なくメアリーはそう言ったのだが、らのはそれを聞いて、
「なんだか、ビッチって言われてるみたいで嫌ですね……」
と独りごちた。
そのあとも海でずっと遊んでいたら帰らなければならない時間になっていた。
大体みんなは着替え終わって、狭いという理由から先に荷物をまとめていたメアリーも更衣室で着替えることにした。
「へへっ、せっかく怪盗なんていうのをやってるんだ……。ちょっと、覗いてみるか」
ヘルメスが男子更衣室で小声で言った。既に着替えは終えている。
洗面台に足をかけて、天上の板を外して天井裏に登る。そのままゆっくりと移動して、女子更衣室の天上をほんの少しだけずらす。
隙間に目をやったが、あまりよく見えない。少し踏ん張ってみたりだとか、試行錯誤していると――
ドンッ
なにやら大きな音が更衣室のほうからして、メアリーは最近眩暈も多いし心配になったクララ、ステラ、らのの三人が更衣室へ駆け込むと、頭を抱えて呻くヘルメスと、胸を隠すように両手を胸の前でクロスさせたメアリーがいた。床には板が一枚落ちていて、天井の板が外れている。
三人にものすごい形相で睨まれたヘルメスは、早口で
「違う、これは違う、別に覗いてたとか別にそういうんじゃない、絶対に違う」
と言ったが、信じてもらえるはずもなく、まずステラに羽交い絞めにされ、らのに小太刀を突きつけられ、クララに睨まれる。早く女子更衣室から引き摺りだせばよいものを、怒りが先行したのか三人はヘルメスに対する攻撃を優先していた。メアリーはさきほどよりも顔を真っ赤にして胸を押さえている。ヘルメスの顔は青ざめていて、精気がまるで感じられない。
馬車はかなり悲惨な状態になっていた。手で顔を覆ってしくしくと泣くメアリー、それを慰めるらの、土下座をするヘルメス、そしてそのヘルメスを殴るクララとステラ。
「まあ、ショックですよね……。男の人との海は、もう少しあとにしたほうがよかったかもしれませんね……」
らのが呟いた。
「別にいいんです……私も、何の警戒もしないで着替えてたんですから……」
メアリーの言葉には嗚咽が混ざっている。
「そ、そこまでか……?」
「メアリーはね、今までロギオス以外の男と遊んだことがないわ。話す程度だけ」
「だからって、なあ……」
「なんだか、いろいろと学習した海水浴でした……」
海へみんなで行った次の日の昼下がり、神社に訪れたメアリーはそう言った。ヘルメスは昨日のことを聞いた零奈に説教されているらしい。
「ちなみに、気持ちは変わらないんですか?」
「気持ちといいますと……?」
「ああ、そっか……。やっぱりなんでもないです」
「はあ」
「ほんっとありえないわ。マジで」
零奈がそう言いながら表に戻ってきた。
「まあ、別に見られたとか、そういうわけではないと思うので、大丈夫ですよ」
メアリーはそう言うが、
「違うの! そこが問題じゃないんですよ! 覗こうとしてること自体が問題なんです! ねえ、そう思うでしょう? らのさん!」
零奈はかなりご立腹のようだった。
「まあ……少し時間が違えば自分たちも覗かれてたわけですから……」
「メアリーさんはちょっとやさしすぎるんですよ。もう少し厳しくてもいいと思います」
「私、やさしいんですか……?」
「やさしすぎるくらいですよまったく…………」
メアリーは少し考えてから、うーん、と唸った。
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