日常
第8話「第三」
メアリーが時々ヘルメスやらのと親交を持つようになってから少しが経過した。
それからクララが命を狙われるなんてことはあるわけもなく、居たって平穏な日々が続いていた。強いて言うのであれば屋敷のトップともいえるメイドが指名手配された怪盗と遊んだりしているが。
とはいえ、相変わらず全く違った似顔絵のおかげで変装なしで街を歩けるような怪盗なので、三人で普通に歩いたりしている。クララもどうやらロギオスというのが偽名だとか、それがヘルメスだとか、そういうことには全く気づいていないようだ。
「メアリー! お風呂入るわよ!」
と、命を狙われたからといって別にクララの日課が変わることはなく、相変わらずメアリーはひたすらいろいろとされている。
「そういえば、メアリー、帽子、どこへ行ったのかしらね。ホラーよ、ホラー。だって、怪盗ヘルメスじゃないとしたら、どうして帽子がなくなるの?」
「それは、まあ、クララ様の管理の問題なのでは……?」
「私にはそうとは思えないわ! ちょっとホラーっぽいから、メアリー、グノシエンヌの第三番を弾きなさい!」
クララが居間の高いグランドピアノを指差してそう言う。グランドピアノは最高級品、低音の弦が何本か多いものである。
メアリーはため息をついて、グランドピアノの鍵盤のところの蓋を開けた。
「せっかくよ、天板も開けちゃいなさい、全開でね!」
クララはせっせと天板を開ける。
「それからピアノを弾くなら手袋も取りなさいな。どうせ今日は客人も居ないしね!」
クララはさらにメアリーの手から強引に手袋を剥ぎ取った。火傷の痕は、未だに残っている。
「さあ、弾きなさい!」
メアリーは仕方なくグノシエンヌの第三番を弾き始めた。何故三番なのかは分からないが、なんとなく、三番と言われては三番を弾くしかなかった。
ピアノはもともとクララがやっていたものである。しかしクララは一年ほどたったある日、
「私はどっちかっていうと弾くよりも聴くほうがいいわ。私の代わりにメアリーにでもやらせなさいよ」
などと言い出し、そして仕方なくメアリーがピアノを始めることとなった。そしてやめることは暫く許されず、結局ピアノ教室を卒業することができたのは最高難度の曲が普通に弾けるようになってからだった。
「と、グノシエンヌなんてふざけておいてなんだけど、本当、あの帽子どこへ行ったのかしらね」
「クリーニングにでも出したのではないですか?」
「いいえ、そんなことはないはずよ」
ピアノに向かって高さを変えられる椅子に座っているメアリーを見ながら、クララは探すそぶりをする。
「そうですか……。では、どうしたんでしょうね」
「本当、どうしたのかしらね。まあ、そんなにいい帽子でもなかったし、でも一応もう少し探しておきたいわ。もう一回、グノシエンヌじゃなくてもいいから……あ、そうだ、月光の第三楽章聞きながら探したら月明かりに照らされていい感じに見つかるかも!」
「全然上手くないですからね。あとあれは目が回るので嫌です」
「まあ、いいわ。なんでもいいから、何か弾いて頂戴」
少し不機嫌そうになるクララを気にしながら、メアリーはちょっとした曲を弾き始めた。
「ないわね。しょうがない、あきらめましょう」
そう言ったのでメアリーがピアノを弾くのをやめると、クララはものすごい形相でメアリーをにらみ始めた。
「ピアノは最後まで弾きなさい」
「は、はあ、わかりました」
そういってメアリーが再度ピアノを弾き始めるとクララは満足そうに目を閉じるのだった。
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