非日常 Episode1
第5話「怪盗ヘルメス颯爽……? 登場!!」
どこの世界にも泥棒という奴はいて、とりわけこの屋敷のある街周辺で有名なのはヘルメスという怪盗である。ヘルメスはかつては小さな仕事ばかりをしていたそうだが、最近では王城にしのびこんで重要機密の書かれた本を盗んだりと、大きな仕事もするようになっていた。そして街には指名手配犯として似顔絵が貼られ、人は皆その名を知った。
「大変よメアリー! 私の帽子がないわ! これはきっと最近話題の怪盗の仕業よ!」
メアリーがクララの部屋に入ると、部屋は綺麗なまま、クローゼットの中の帽子が一つだけ消えていた。
しかしその帽子は別に特別なものでも高価なものでもない、普通の帽子だったはずである。普通に考えればクララの管理不足なのだが、クララが怪盗の仕業といったら怪盗の仕業になってしまうのが困ったところで、メアリーがどう処理したものかとあたふたしているうちにクララは騒ぎ立て、かなりの大事となってしまった。
さて、その翌日、メアリーが買い物袋を持って街を歩いていると、掲示板の前に立ってなにやらぶつぶつ言っている男がいた。
「なーんだって俺の仕業になってやがんだ、俺ァ何にもしてねぇぞ……。絶対におかしいネ。ねえ、そう思わんかいお嬢さん」
「へっ?」
何故か絡まれてしまったメアリーだったが、話を聞くにどうやらこの男こそが件のヘルメスらしい。
「いやだってさァ、俺ァ何にもしてないのに……」
「あの、うちのお嬢様があの、大変ご迷惑を……」
「アラ~そこのメイドさんだったのね、また明日あたりに会うことになりますんでそんときゃヨロシク」
明日会うことになるというかなり不吉なことを言われたメアリーだったが、それよりも気になったのは掲示板の似顔絵の如何に似ていないことか。誰が似顔絵を描いたのか、誰が証言したのか、全く似ても似つかない。いっそ似ないように証言したようにも思えるその絵の中のヘルメスは不敵に笑っていた。
さてさらに翌日、ヘルメスは堂々と正面玄関から、スーツに眼鏡という姿で入ってきた。そのあまりに堂々とした態度に、メアリーが、
「ようこそおこし、ください、まし……た?」
とこんな反応をしたほどである。しかしやはり手配の似顔絵があそこまでズレていると堂々としていても大丈夫なのだろう。
メアリーは事前に探偵が来る、と伝えられていた。昨日のヘルメスの言葉と併せて、まさかとは思っていたが、そのまさかだった。
「どうも、探偵の、ロギオスです。よろしく。」
エルマーの前でそう挨拶をしたヘルメスは、案内を言いつけられてしまったメアリーと一緒に屋敷内を歩く。
「へぇ、これがその屋敷って奴かぁ。広いね」
「そうですね、この屋敷は他の屋敷と比べても広いと思います」
「ふーん、ちなみに君は住み込みかい?」
「ええ、家は火事で焼けてしまいましたので」
「その火事ってのは、いつあったんだい?」
「だいたい、十四年くらい前でしょうか」
「ああ、もしかして、あの大火事か。十四年前っていうとそれくらいしか思いうかばないんだが、たしか全焼して…娘だけが生き残ったと聞いたが、じゃあ君がその娘ってわけだ……」
「そうなります。火事をご存知なのですか?」
「ああ、こっちにもいろいろ事情があってな。あの火事は――いや、なんでもない。手袋は不便じゃないかい? 他のメイドや執事はしていなかったし、それは火傷か傷を隠すためのものだろう?」
ヘルメスはメアリーの手を指差してそう言った。メアリーは火傷の痕が見えるように手袋をずらした。
「十年以上付けていますから、もう慣れてしまいました。むしろ、お風呂のときなんかでしていないほうが落ち着かなくて」
「なるほどね」
メアリーはふと思い出したように、そこがお嬢様の部屋ですと言った。
ヘルメスはドアを眺めてから、
「少し話がある。君の部屋が丁度いい、連れて行ってくれないか」
と言った。
「かしこまりました」
さて、ところ変わってメアリーの部屋である。普段はまず使わない客用の椅子を用意して、テーブルに二つつける。
「さて、話なんだけんどもね、お嬢様、つまりクララは命を狙われている」
ヘルメスは開口一番にそう言った。どうもクララの狙われる理由が分からない。
「おっと、理由がわからねぇって顔だな。お前も知ってのとおり、クララはかなり人を振り回すような性格をしているだろう。それであるとき、そうだな、お前が丁度買い物なんかに行っているときなんだが、一人で屋敷を抜けだして、とある男を助けてしまった。本来そいつは殺されるはずだったんだが、生きてしまった。それでもって、殺すところを見られてしまった奴らは、クララを狙った、と」
「まあ、なんとなく昔から面倒ごとを起こすのは大抵クララ様でしたけど……」
「ああ、今回は過去最大だな」
メアリーはふっと思い出して紅茶を入れて、ヘルメスの前に置いた。メアリーは自分にも同じポットから紅茶を注いで、それをヘルメスが飲むより先に飲んだ。そして続けてヘルメスも紅茶を口にした。
「それでだ、ここからが本題だ。俺が今日ここにきたのは他でもない、そのクララを守る手伝いをしてもらいたいんだよ」
「それは全く構いませんが、ヘ……ロギオス様にそれをする義理というのはあるのでしょうか? 全く無関係なはずでは……?」
「まあ、いろいろあるのヨ。それでだ、おそらくこの屋敷の内部にも、鼠が居る。それを、見つける手伝いをしてほしい。表向きは勿論、怪盗ヘルメスを見つけるということだがな」
「はあ、分かりました」
丁度そこで、メアリーの紅茶が無くなった。ヘルメスのカップを見ると、まだ少し紅茶は残っていた。
――しかし、えらいことになってしまった。
メアリーはあんまり目立ったことをするのは好きではないし、運動神経もそこまでよくは無い。クララのおかげである程度嘘は上手くなったが、それもあくまでそれなりに単純なクララを騙す程度のものだ。それにクララの命を守るとなれば自分も危険にさらされることだろう。
しかし、あくまでメアリーはメイドで、本来主人のためならばなんでもしなければいけないような性質。だからこそ、メアリーはヘルメスに協力することにした。それは、恩返しでもある。
「そういえば、何か身を守るものがないとマズいよな。何か武器みたいなものはないのか?」
メアリーはふと思い出し、キャビネットのほうを見る。
「ん? それは、くないか?」
「えっと、この間買い物に行ったときにクララ様に渡されまして……」
「それがあるなら、いい人が居るぞ」
「いい人……?」
「ああ、忍者じゃないんだけどな、くノ一って言って、まあ女版忍者だ。アイツにはいろいろと世話になってるし、女なら君も安心だろう?」
そしてメアリーはヘルメスに連れられて、街を歩く。そして地理的には隣町になる場所に行き着き、さらに国立図書館を通り過ぎてその先、赤い門、というか鳥居をくぐりぬけ、境内へ。
境内には、一人の本を読んだ、けもみみの、黒い和服の女性が居る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます