第3話「癖」

「あのー、ステラ様がいらっしゃいましたけど、どういたしますか?」

 メアリーはクララの部屋の戸をあけてそう言った。するとベッドの上に寝転がっていたクララがガバっと身体を起こし、少し顔をしかめた。ステラはクララの友人で、クララは正直あまり得意ではなかった。馬は合うのだが、胸がでかすぎる、という理由で。

「私が直々に出迎えるわ。行きましょう」

 クララはかなり低い声でそう言った。その顔には何か怨念のようなものが見え隠れしていたけれど、メアリーには全然何があったのかわからなかった。

 屋敷の玄関でメアリーが戸を開けて、クララが久しぶりね、とそっけなく言う。ステラはなにやら不敵な笑みを浮かべて、

「ああ、久しぶりだね、クララ。一年ぶりかな。相変わらずメアリーよりも胸が小さいね」

「ああこのクソー! 言うな! 言うなよ! 分かってるわよ! メアリーのがでかいわよ! ていうかでかいからって揉んでる所為で徐々に大きくなってるんだよクソ!」

「口が悪いですよって言うか初耳なのですが?」

「ハハ、クララはまだそんなことをしているのか、本当に変わらないね。先に言っておくけれど私の胸は触るなよ、メアリーで我慢して」

「えっ、いやあの私も触られたくないんですけ」

「そんなことより、何をしにきたの? あんまり用事があるとは思えないわ」

「ああ、偶々近くに寄ってね。一応顔を出しておこうと思って」

 ステラは鞄から大きなお菓子の箱を取り出してメアリーに渡した。

「お土産よ、みんなで食べて。」

「え、それだけのためにステラ来たの? 私が身構える必要なかったじゃないの」

「そこまで言うならお邪魔していくよ」

「そうこなくっちゃ。メアリー、お茶とそのお菓子も少し出してちょうだい」

 クララとステラはクララの部屋へ歩いていった。なんだかんだ親友なのだ。

 メアリーは紅茶を二杯、それから適当に先ほどのお菓子と元から屋敷に備えてあったお菓子を盛り付けて、それを持ってクララの部屋へ行く。

「お待たせしました、お茶とお菓子で…………?」

 クララがステラの服に手をかけていて、妙に艶かしいステラの肩が露わになっている。なんと言うか、地獄絵図だ。

「いえ! 違うの! 別に大きい胸を生で見たかったとか! そういうのじゃ!ないの!」

「あの、クララ様? いつになったらそういう癖というのは無くなるんですか……?」

「ああ、いいのよ、別に私は気にしないから」

「違うんです……私も被害者なんです……毎日毎日……」

「あんた、結構えげつないことするのね。なんていうか、メアリーが可愛そう」

 なんとなく二人でクララを責めるような形になってしまった。しかしこうでもしなければクララは絶対に変わらない。ただし、これによって変わるとも、思えない。可能性にかけた、二人の説教が今始まった。


 時間は暫く経過して、かなりクララはしょんぼりとしている。ステラは中途半端に肌蹴た服を直して、最後の最後にこんなことを。

「ていうか、メアリーが揉んで大きくなったならクララも揉めばいいんじゃないの?」

「あっ」


「そういえば、メアリーお茶二つしか持ってこなかったのね。あなたもステラの友達なんだから、一緒にお茶にしましょう?」

 気を取り直してお茶会を始めようとしたところでクララがそう言った。確かに、メアリーはお茶を二つしか用意していない。

「え、いいのですか?」

「いいに決まってるじゃないか。二人で待ってるから、早く煎れてくるといい」

 今度はステラ。メアリーは少しだけ泣きそうになりながら席を立ち、キッチンに戻った。


「ただいま戻りました。」

 メアリーもテーブルについて、漸くお茶会が始まった。

「そういえば、メアリーっていつからメイドやってるんだ? 前から気になってたんだけど、かなり小さいころからやってるよな」

「私は、四歳くらいのころからやらせていただいておりますね。エルマー様には頭が下がるばかりです」

「ちょっと! 私には頭は下がらないの?」

 一瞬の沈黙、そして、

「毎日胸を揉まなかったら、いいご主人様なのですが……」

 顔はステラに向けたまま、目だけをクララに向けた。クララはさりげなく目をそらし、クッキーを一枚食べて、お茶を飲んだ。

「いや、それにしてもよ、クララ、本当お嬢様っぽくなったよな。なんというか、前はものすごいじゃじゃ馬だったもんな」

「じゃじゃ馬とは失礼ね、私だってがんばってるのよ」

――がんばっている感じでは、なかったような。

 メアリーはそう思いつつも、お菓子を食べて、お茶を飲む。

 メアリー的には、甘いお菓子にはストレートの紅茶か緑茶だ。甘すぎるお菓子も、丁度良くしてくれる。対してクララの紅茶はミルクティーになっている。クララはとにかく甘いものが好きだった。

 お茶会が始まって暫くたって、ステラはそろそろ帰らなきゃ、と呟いた。二人的にはもう少し長く居てほしいところだったが、ステラの都合ならば仕方がない、ということでまたいつかお茶会をしよう、という話になった。

「それじゃあ、また会いましょう、ステラ」

「ああ、そうだな。メアリーも元気で」

「はい、ステラ様も」

「ステラ様、ねぇ」


 ステラが帰ったあと、問題の入浴の時間となった。

「それじゃあ、お風呂に入りましょ。メアリー、背中流しなさい」

 若干の戦慄。そして、着替えを持って浴場へ急ぐ。

 服を脱ぎ捨てて手袋を取って、浴室へ。

「お待たせしました」

「うん。そういえば、メアリーって肌真っ白よね、憧れるわ」

「あんまりじろじろ見ないでいただけると助かるのですが……」

 今まではそこまで身体をじろじろとは見られなかったため、少し恥ずかしくなる。今までは胸だけであった。

――もしかして、逆効果だったのでは?

 メアリーはクララの後ろに正座をして、クララの身体を洗い始めた。

 暫くは何事もなかった。しかし、クララはとうとうこんなことを言い出したのである。


「そうだ、今日はメアリーが私の胸を揉みなさい」


 絶句、水の音だけが浴室によく響いている。

「あの、流石にそれは……」

「そう? じゃあ、やっぱり私が揉むわ」


 結局、クララの癖が直ることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る