第2話「買い物」
「ちょっと買い物に出ましょう!」
クララが庭で植物の手入れをしていたメアリーのところへ寄っていく。メアリーは鋏を地面に置いて振り返る。
「お供いたしますか?」
「ええ、勿論。そうね、その格好ではなんだか私がメイドを引き連れて歩いてるみたいじゃない?」
事実クララはメイドを引き連れて歩いているのだが。
「だから、メアリーにも普通の服を着てもらうわ」
実のところメアリーはメイド服と寝間着以外の服を殆ど着たことがない。食料などを買うのにもメイド服のまま外に出ているし、外で遊ぶような友達もいない。
「そうね、それから、敬語もやめて、呼び方もクララにして」
流石に、無理があった。。十四年も一緒に過ごしていてずっと敬語で話していたのに急に敬語をやめろなどと言われるとは、無理難題もいいところである。呼び捨てにしても同じことである。幾ら長い付き合いとは言え、主人を呼び捨てには、とても出来なかった。
「敬語はやっぱり、敬語以外だとあんまり話せないので……」
「あら、そう? じゃあいつもどおりそこは敬語でいいわ」
案外あっさりと折れたクララに引っ張られ、クララの部屋へ入れられる。そして箪笥から何着か服を出してはメアリーの合わせて、
「うーん、この服はなんか胸が際立って気に食わないわ、これは没ね」
などとやってから、クララが気に入った一着を、メアリーは着せられた。
そしてクララは母親、つまりローザを呼びつけて、メアリーの私服姿を見せるのだった。
メイド服以外の服で人前に立つことに慣れないメアリーは終始顔を赤くしていた。
街へ出れば、二人ともかなりのルックスで目立つ。ただし実際にはメアリーのほうがかわいいので、メアリーのほうが少しだけ目立つ。
「……メアリーのほうがかわいいのは本当気に食わないわ。」
「そ、そんなことは……」
「そんなことがあるから困るのよ、本当。なんでそんなにかわいいのかしらね、メアリーって」
そんなことを言われてしまうとメアリーの顔は真っ赤になる。しかもクララはお世辞ではなく素でこんなことを口走るのである。メアリーのとってはかなり害悪である。
「そういえば、今日は何を買いに行くんですか?」
今更ながらにメアリーはそう聞いた。
「ああ、そういえば言ってなかったわね。今日は、『じゃぱにーずせんす』なるものを買うのよ!」
――普通に扇子って言えばいいでしょうに……。
「この街にあるかしらね。とりあえず探してみて、なかったらちょっと執事を一人旅に出すわ」
メアリーはなんとしてでも今日見つけなければならぬと思い目を左右にくばせながら歩く。
「ところで、扇子ってどういうものなのかしら?」
「えーっと、あれですよ、開くとこんな形の、」
メアリーは胸の高さに手を出して、扇形をなぞるように指を動かした。これでクララが理解したのかどうかはさておき、ふむと頷いてクララはすぐそこにあった雑貨屋に入っていった。
あとを追ってメアリーが雑貨屋に入ると、クララは店主となにやら話をしていた。当然それは扇子があるか否か、という会話であるのだが、それがまた声を潜めて闇の品の取引でもするかのような雰囲気であって、一瞬メアリーは戦慄した。
「残念、ここに扇子はないそうよ」
クララはそういってさっさと店から出てしまった。メアリーはとりあえず頭だけ下げて店を出る。そして、クララはそそくさと次の店へ入る。メアリーもそれに続く。
「残念ね、ここは同じ東洋の国でも、全然関係ない、忍者なるもののコスプレ専門店らしいわ。でも、なんかこのくないっていう奴、面白そうだから買ったわ。本物みたい。メアリーこれ懐に仕舞っておいたら? かわいいし、護身用に丁度いいんじゃない?」
一気にまくし立てられてなんだかよくわからないままくないを渡されたメアリーは、仕方なく腰に巻かれたリボン状の布に挟み込んだ。鉄が重たい。
「そういえば、何故扇子がほしいのですか?」
雑貨店を探して歩く途中、ふとメアリーは疑問に思った。だいたいこういう急に何かを買うなどと言い出したときはろくなことではないのは経験上分かっていた。きっとまた変な理由なのだろう。
「え、いや、なんか、扇子あったらセンスも上がりそうじゃない?」
案の定、といったところだろう。
「なんですかその理由……。東洋の国の演芸がどうの、みたいなそういう理由じゃないんですか……」
「演芸ってどういうのがあるのかしらね。あんまりお笑いって見たことがないから、いつか見てみたいわ」
――それはとりあえず後日に回すとして、どうしよう、早いところ扇子を見つけないと絶対に面倒なことになりますよね……。
とそこで、メアリーは発見した。如何にも扇子が売っていそうな店を。その店は傍目からは全然雑貨などを売っている店には見えない。扇子を売っているにしてもきっと高級品だろう。自分だけで行くのであれば絶対にあそこでは買わないだろうが、今日買い物をするのはクララ、だとしたら、ある程度高級なものでも買うことができるだろう。
「あの、クララ様、あのお店なんていかがでしょう? 少しお高い扇子なんかを売っていそうですが」
「えっ、本当? じゃあさっそく行ってみましょうか」
やっぱり、店には扇子が売っていた。決して安くはないもので、日本円に換算すると約一万五千円ほど。
「やっぱり少し高いものが多いですね」
「でも、買えなくはないわ。」
そして、ぽんとクララは財布から日本円換算一万五千円を取り出して店主に払い、気に入った扇子を買ったのだった。
が、なんとクララは数日で扇子に飽きてしまった。
メアリーが屋敷の掃除をしていると、その扇子は廊下に落ちていた。それを持ってクララのもとに訪れると、
「ああ、それね。あんまり使い勝手良くないからメアリーにあげるわ」
くないと扇子、どう使ったらいいのか決めあぐねていると、先日サムギョプサルを食べていた執事。記憶の捏造ではない。
「あれ、それなかなかにいい扇子じゃない? どうしたの? それ」
若干身の危険を感じつつもことの顛末を伝える。
「なるほどねぇ、くないはまあ、護身用で外に出るときには持てそうだけど、扇子はなあ、この屋敷に着物は無いし。」
「着物、ですか?」
「そう、着物。こいつらを作ってる国と同じ国の正装の一つらしい。それを着るときにはそれを一緒に持つのが普通らしいし、一応大切に仕舞っておいたら? もしかしたらまたお嬢様に必要になることもあるだろうし」
なるほど、メアリーはそれを自室の大切なものを仕舞うことに決めている箱に入れた。くないはとりあえず持ち歩くための何かが手に入るまでは、キャビネットにの上に飾っておくことにした。
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