台形の魂

ノグチソウ

台形の魂

 遊園地でのデートの最後は観覧車に乗るべし、という根拠も不明なアドバイスをネットの記事で見た。実践しようと、夕の橙色に染まる彼女に声をかけようとすると、彼女が先に口を開いた。

「じゃあ、最後は観覧車ね」

 つまり、この流れは常識なのだろうか。どうやら常識というものは、いつも僕を避けて去る。大学生になっても、僕は常識に嫌われるのだ。


 秋の日曜日は、自由落下のように過ぎていく。観覧車は、5分程で一周回転するらしい。


「ええと、告白するのかな?」

 乗り込んでしばし経ち、沈黙が足元まで溜まった辺りで、彼女は尋ねてきた。笑顔。

「え」

「付き合うのかな……って思って」

 烏の如く聡明なる彼女が察したように、確かに『交際申請予定』と僕のスケジュール帳にはあかく書いてある。

 ただ、それを相手に正面から聞かれた場合、どう対処すればいい?

「頑張って」

 彼女からの応援があるのはつまり、告白しろということ。しかし彼女は好意を既に受け取っているため、僕はそれを超える何かを渡さねばならない。

 考えよう、告白の言葉を。

 しかし、口に出るもの全てが陳腐になる気がして、頂点へ達したゴンドラから、窓の外に台詞を求めてしまう。

 高い。この感覚は、年齢に比例するものかもしれない。

「最後に観覧車へ乗りたくなる理由って、何なんだろうね」

 彼女は唐突に、僕の脳内演算にノイズをかけるように話しかけてきた。咄嗟に、それらしき意見をでっち上げる。

「文字通りに、上から俯瞰するんじゃあないかな。その日の思い出とか」

「人生とか?」

 僕は笑った。簡単に笑うんじゃねえよ、と心中で自分に文句を言う。

 嗚呼、彼女の言葉は自由に満ちている。言語とは、元来鎖など無いものなのだ。

 それなら、彼女に釣り合うため僕は、さらに言葉に寄り添わねばならない。

「カラスマさん」

 呼びかけ、僕は彼女の目を見た。久々に見た人間の眼は、ビー玉のような輝きはなかったが、水底のように深かった。

 綺麗だ、とやっと思えた。

「僕は、歪んでるんだ。会話も奇妙な方向へ向かうし、友達もほぼいない。きっと、魂が台形をしているんだ。中途半端で、不安定に」

 観覧車は着実に、地に足をつけようとしている。僕は、静かに告げる。

「そんな僕を――支えてほしいんだ」

 綺麗な形の、貴女に。

 彼女は、晴れ空みたいに微笑んだ。

「好きだけど、意味不明ね」

 そして僕らは、現実味のある元の位置まで帰還した。観覧車の存在意義が、なんとなくわかる気がした。

 僕の人生で、最高のシーンがそこにある。


 遊園地の帰り道は、雑談に埋め尽くされた。ただし幸せな雑談の存在を、僕は知った訳だ。

「カラスマさんは、烏に似ているね」

 彼女が、きょとんと固まる。

「いやほら、賢くて格好いいから」

 僕のフォローを飲み込むのに更に数秒かけて、ははは、と彼女は快活に笑って、軽いジョークのように言う。

「何というか……君は基本的に、失礼よね」

 四角張った几帳面よりマシだよ、と僕は言った。

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